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彼女の始まり②

 悲劇の夜から僅か後。

 麗は悲痛の面持ちでしばらく自動車に揺られ、知らない建物の前で降ろされた。

 

 それから建物に入り、数時間に渡る身体検査を終え、麗は清潔ではない灰色の部屋に入れられていた。

 長方形の机を間にして、向か合うように2つの椅子が置かれている。


 麗は片方の椅子に腰かけ、ただ息を吸って吐くだけの時間を1時間は過ごしただろう。

 

 そして不意に、部屋の扉が開けられた。


「――初めまして、藤ノ宮麗」


 高身長の中年の男性。

 黒スーツに身を包んだ彼は、麗と向かい合うようにして椅子に腰かけた。


「レジスタンス日本支部長、後藤信一だ」


 日本支部長直々の面会。

 なぜその立場の人間が、わざわざ自分の顔を見に来たのか理解できなかった麗。 

 だがその理由は、次なる後藤のセリフで明らかとなる。


「――君こそは我々が保護すべき逸材だ。それほどの価値ある絶大なの才能が、君に宿っているのだよ」

 

 ――国際保安理事会が君を狙う中、こちらも裏で動いていたんだ。

 

「君の幼少期の頃のデータと、先ほど身体検査のデータを見て驚いたよ」

 

 幼少期に病院で受けた検査結果と、レジスタンスが独自に収集したデータから判明した事実。

 それは藤ノ宮麗の魔法能力は観測史上稀に見ないほどの数値を叩き出していたのだ。

 さらに特筆すべきことに、彼女には固有魔法が3つ潜在しているということだろう。


「君だったら、いつか世界を変えられるかもしれない」


 後藤は持っていたアタッシュケースを机の上に置き、麗に中身が見えるようにそれを開けた。


「これは入隊の証のようなものだ」


 そこに納められていたのは小型の自動拳銃だった。


 目の前の凶器を見て、麗は喉を鳴らした。

 だがすぐにそれを手に取り、自分の意志を後藤に見せつける。


 麗の態度を見て、後藤は満足そうに微笑む。


「――レジスタンス日本支部へようこそ、世界と戦う決意をした君を歓迎しよう」




 レジスタンスに身を寄せてからも、麗は学休みがちとはいえ学校に通わせてもらえることになった。

 もちろん、24時間、学校でもプライベートでも監視体制が取られてはいるが。


 麗は国際保安理事会にとって最大級の獲物である。

 麗をアジトに拘束せず学校に行かせ、囮のように敵を誘い出すという思惑もあったのであろう。


 小学校を経て中学校へ。

 表向きはごく普通の女子中学生。

 部活には入っていないが、成績は良好で教師たちのお気に入りでもあった。


 それでも、爪を向いた彼女は獰猛な肉食獣である。


 来る日も来る日も銃を握り、引き金を引いた回数は千を超える。

 後藤から渡された霊装である小型拳銃を駆使し、幾多の武器兵器を召喚して敵を血祭りにあげる。

 

 主敵は国際保安理事会。 

 武力で魔法使いを始末しようとする連中を、麗は武力で薙ぎ払ってきた。

 

 そしてそれ以外にも、レジスタンスの活動の障害となる一般市民。

 彼らは反魔法使いという世界の潮流に乗っている以上、武器を持っていなくとも、敵も同然だった。


 市民団体の主催する反魔法使いデモの襲撃はもちろんのこと、レジスタンス活動の障壁となる存在は問答無用で墓に落とした。


 自分がやらなければいけない。

 自分がやるべきことは、後藤の指示に従うことだ。


 常に自分の責任と義務を意識しながら、麗は後藤の犬として鮮血を生み出し続けた。


 全ては麗奈のため。

 職務に忠実であり続け、レジスタンスとして敵と戦い続けた。

 そうすれば、この狂った争乱に麗奈を巻きこまないように善処し、再び麗が彼女と逢えるように全力を尽くしてくれる――


 そう後藤が言ったのだ。

 それは麗の望みも同然。

 

 だから麗は、あらゆる感情を押し殺してひたむきに死体の山を積み上げていった。


 それでも限界は来るものだ。

 義務感に縛られて人を殺し続けてきた彼女の心に、徐々に歪みができ始めていた。


 そして運命の夜。

 麗はその他の魔法使いたちと共に、アジト地下収容所にいた。


 彼女たちの目の前には両手を縛られ、目隠しをされた老若男女が並べられていた。


 今から行われようとしているのは、反魔法使い派への復讐、手段は銃殺。

 

 反魔法使いの激化する潮流への見せしめとしてこの頃始められたのが、反魔法使い思想の市民の処刑である。


 これまで直接的、間接的な妨害活動を行う一般市民への攻撃は行われていた。

 しかしその流れは過激さを増し、見せしめという形で反魔法使い活動に加担しない、中立的な立場の市民へ魔の手が伸び始めたのだ。


 彼らの姿は映像として記録され、リアルタイムでネット中継されている。


 執行人となった魔法使いたちが次々と敵を葬っていく。

 1列目が処理されれば、次は2列目へ。


 そんなペースで削られていく命に、レジスタンス隊員にも限界が来ていた。


 それは麗も同様だった。

 止まない動悸が次々と汗を流させ、精神を侵食させていく。


 麗奈のために死ぬ気で感情を殺し続け、無抵抗の人間を撃ち殺した。


 そんな彼女の様子を見ていた後藤。

 何かを思いついたと言わんばかりの表情で、麗に話しかける。


「――藤ノ宮、残る2人だが、君が裁断を下し給え」


 これで終わり。

 麗は麻痺させた感情をさらに麻痺させ、その時を待つ。


 その他の執行人が収容所から退出し、その場には麗と後藤、そして最後の2人だけが残った。

 後藤が1人の腕を掴み、強引に麗の前へと引きずり出した。


 連れてこられた人間の顔を見て、麗は息を呑んだ。

 

 後藤から最終審判の開始合図を告げられるも、麗はピクリとも動かなかった。

 だがこの時、後藤の言葉は麗の耳に入るものの、彼女が理解するよりも前に風化していった。


 麗は今、後藤の言葉に意識を向けることもできず、目の前の光景に身を固まらせていた。


 麗は唇を噛み締め、自分を見上げる女性が声をかけるまで呼吸さえ忘れていた。


 それは母親であった。


 麗を産み落とし、彼女に愛情も与えず手放したかつての母親。

 目隠しをされた麗の母親が、恐る恐る娘の名前を呟くのだった。


 麗は撃てなかった。

 あれだけ邪険にされ、恨みも憎みも覚える相手を撃つことができなかった。


 その時、後藤は麗の様子に失望したように肩を落としていた。

 そして麗から拳銃を奪い取ると、躊躇なく彼女の母親を射殺した。


 母親が死にゆく光景を目の前で見させられ、麗は心に穴が開いたかのような感覚に陥った。


 言葉も思考も姿を現さず、ただ無心に目の前の出来事が夢物語であるかのように錯覚した。


 そんな麗を尻目に、後藤は残った1人を連れてきた。


 後藤に首根っこを掴まれた少女が、麗の前に投げ出される。

 青色のリボンで結んだポニーテールが麗の頬を撫で、体に遅れて地面にはらりと舞った。


「――さあ、最後の1人だ」


 後藤の言葉で、麗は我に返る。

 そして自分の足元に崩れ落ちた少女の顔を見て、心臓が壊れそうなほどに跳ね上がった。


「――う……嘘……何で……」

 

 いつものように思い描いた少女。

 毎晩枕を濡らすほどに想っていた少女。

 

 藤ノ宮麗奈。

 数年前に生き別れとなり、隔たれた世界に住む妹がそこにいた。

 

 麗奈は、震えるような麗の呟きに反応して声を挙げる。


「お姉ちゃん? ……お姉ちゃん!!」


 懐かしさの溢れる妹の声。

 久しぶりに見る妹は別れた時よりも成長しており、セーラー服を着た年頃の少女へと変わっていた。


「ご……後藤支部長……」


 縋り付くような声音。


「……私には――」


「――できないとは言わせない」


 麗の言葉を遮る後藤。


「私が気が付かないとでも思ったのか? 君は最近私の命令に疑問を抱き、引き金を引くことを躊躇っている」


 そう言いつつ、後藤は麗の頬を殴りつける。


「職務に忠実であり続ければ、君の望みを叶えてやるつもりだった」


 不意の打撃でふらついた麗を支え、後藤は銃を握る麗の手をとった。


「君は強くなるべきだ。戦闘技術も何もかも叩き込んだつもりだが、まだ心に脆さがある」


 後藤に握った麗の手を麗奈の砲口に突き出した。

 力任せに銃口を麗奈に向かせ、後藤の指が麗の指を引き金にかけさせる。


「――義務を果たせ、責務を果たせ。私は君にそう教えたはずだが?」


 レジスタンスに入隊してから、毎日のように繰り返された洗脳。


「い、嫌です――」


 それでも麗は拒否した。 

 誰にでも銃弾を叩き込めるように調教された麗の頭脳でも、妹を撃ちたくないという心の叫びによって覆されたのである。


 麗の意志は麗奈を殺すことを拒絶している。

 だが外部からの物理的な力が、それを許さなかった。


 後藤の腕力に抗えない華奢な麗の腕力。

 握力も到底及ばず、麗の人差し指は後藤の人差し指によって上から押さえつけられる。


 麗の必死の抵抗はいずれ打ち砕かれる。

 最後には力負けし、引き金を引き絞った拳銃が熱を帯びた。


 取り返しのつかない戦いに負け、麗の自然に流れ出ていた涙が増水する。

 

 その時だった。

 銃弾が吐き出される直前、麗の耳に届く言葉が、麗奈の口から吐き出されたのだ。


「――どんな形であれ、お姉ちゃんとまた逢えて嬉しかったよ」

 

 麗奈の最期の表情。

 目隠しをされ、細かな表情は伺えない。

 それでも、彼女は麗の銃弾を笑顔で受け入れたのだった。

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