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到達

「――最終防衛ラインを突破されました! 魔導兵器の魔導砲撃発射シーケンス停止を確認!!」


 アジト防衛部隊が固唾を飲み干す。

 前方の街と郊外の境界、そこがアジトを守るための突撃破砕線のはずだった。


「――絶対に連中を取りつかせるな!」


 再三にわたる部隊長の檄が飛ばされる。

 だがすでに防衛部隊の半数以上は魔力が枯渇寸前。

 どれだけ喝を入れようとも士気向上は望めない。


 再び上空に向けて迎撃が開始されるが、最初の勢いはどこにもない。


「――おい、そこの貴様!!」


 イラつきを露わにする防衛部隊長が、近くに控えていた通信員の肩を掴む。


「外部派遣組の帰還までどれくらいだ!?」


「ら、楽観的に見積もって1時間ほどであります!」


「それでは間に合わん! 敵はもうアジトから300メートル圏内に来ているのだぞ!!」


 敵は迎撃部隊の猛攻に晒されているとはいえ、アジトに取りついてくるのは時間の問題である。

 そして残存魔力の乏しいこちらは、連中の攻撃に太刀打ちできる希望も見いだせない。


「それならば今すぐ非戦闘員に武装指示を出せ!」

 

 部隊長の怒号に翻弄され、通信員は無線機に声を飛ばし始める。

 

「絶対にここは通さん……」


 絞り出された部隊長の呟きには、類まれない正義感と焦燥感が含まれていた。

 

「――繰り返す!」


 部隊長の隣では、通信員が館内放送を終え、復唱を開始する。


「非戦闘員は完全武装の上、防衛隊の指揮下に入れ!! 藤ノ宮嬢を死守し――」


 断ち切られる言葉。

 それまで必死にマイクに向かって声を張っていた通信員が、一転して沈黙した。


「――おい貴様! なぜ黙っている!?」


 部隊長は通信員の肩を鷲掴み、強引に引き寄せる。


「放送は最期まで続けろ! 途中で――」


 ――止めるな。

 そう締めくくるはずだった部隊長の言葉が断絶する。


 喉元に走った閃光。

 通信員と同じく、部隊長の喉を掠めた光は鮮血を伴って宙へと抜ける。


 通信員に重なるように、部隊長の体がずるりと倒れこむ。

 2人分の流血が小さな水溜まりを作り、アスファルトに赤い染みを広げていく。

 

「ぶ、部隊長!!?」


 空中の蒼汰たちの迎撃を担当していた1人の魔法使いが、地に伏せる2人を目撃した。

 両方首から血を流し、光を失った瞳は何かを見ているようで何も見ていないし、何も見えないだろう。


「し、侵入者だ!!」


 気が付いた時にはもう遅かった。

 

 黒色のマントを翻し、美麗なサーベルを振るう黒色の軍服を着る青年。

 

 奥村真広――彼は蒼汰たちに気を取られた防衛隊を真横から撃ち滅ぼす。


 真広は魔法使いをなぎ倒し、流れるような動作でサーベルを振るい続ける。

 次々と繰り出される斬撃は無防備な防衛部隊を穿ち、驚異的なスピードで制圧領域を広げていく。


 迎撃部隊はすでに7割が全滅。

 迎撃の矛先を真広に向けようとすれば、空中のヘスティアとユキナが攻撃を開始。

 

 数では勝るものの、完全に敵の戦域支配に呑み込まれた魔法使いたち。


「そ、その男から先に始末しろ!!」


 指揮権を受け継いだであろう男の1人が、真広を指さす。

 真広が最優先撃滅対象だと脅威判定した魔法使いたちは、魔導攻撃の照準を真広に向ける。


 自らに向けられた攻撃術式に意を介すこともなく、真広はブーツを踏み込み、鋭利な刀身を撃ち込んだ。







 真広の防衛部隊蹂躙とほぼ同刻。


 抜き放った剣を携え、アジト内部のランダムな扉から飛び出したエーデルワイス。


 アジト内部の詳細な経路が分からないため、直接司令部の扉を蹴破ることはできなかった。

 そのため手ごろな非戦闘員を捕縛、尋問して司令部の場所を吐かせた直後である。


 脳を揺らして非戦闘員を気絶させた後、彼女は司令部に続く階段を上がっていた。


 このアジトの最上階である7階に司令部は存在する。

 エレベーターもエスカレーターも破損したこの建物では、上階下階の行き来は己の体力に頼るほかない。


 盛大にハイヒールを打ち鳴らし、純白ドレスのスカートを摘まみながら駆け上がるエーデルワイス。


 何度も踊り場を経由し、最後の踊り場をターンした先。

 小銃を携え、司令部を守る護衛が2人。


 敵の襲撃によってアジト要員が慌ただしく動き回る中、彼らは動かず、大将の根城を固めていた。


 そんな彼らはエーデルワイスの顔を見るや否や、血相を変えて銃口を突き出した。


「あらぁ、見つかっちゃった」


「――貴様、止まれ!!」 


 警告が降り注いでも、彼女は止まらない。

 

「――アジト陥落の危機を前にぃ、その場で直立を強いられる御身分を大層同情するわぁ」


 止まる気などないエーデルワイスが剣を持ち上げ、それに反応した護衛が引き金に指をかける。


 だがもう遅い。


 階段を蹴ったエーデルワイスは、ロケットのような速度で突進。

 真横に振りかぶった剣はエーデルワイスの細腕の腕力により、爆発的な加速を伴って横薙ぎを敢行。


 司令部護衛の2人の小銃が火を噴くよりも早く、その役目を中断させる。

 

 銃身を斬り落とし、護衛の内臓にまで到達した剣先が振り切られる。


 刃によって抉られた内臓は機能停止。

 全身に血を循環させるポンプを破壊され、2人の護衛が同時に落命する。

 

 エーデルワイスは2人を斬り捨てた剣を翻す。

 剣先の軌道は弧を描き、今度は司令部の扉に向かって刀身を叩きつける。


 僅かな抵抗を手の内に感じながら、エーデルワイスはそこから2閃、3閃と連撃を放った。


 もはや扉が扉の形を失うまでに切断され、彼女はその残骸を踏み越えて司令部内部へ足を踏み入れる。

 

「――う、動くな!!」


 一斉に突きつけられる拳銃。


「……へぇ」


 己を見つめる銃口に意を介すこともなく、エーデルワイスは暢気に司令部内部に視線を走らせていた。


「後藤の姿がないわぁ――ねぇ、そこのあなたぁ!」


 エーデルワイスは、たまたま視線の合った男に語りかける。


「後藤はどちらぁ?」


「――っ!!」


 エーデルワイスの優し気な問いかけに対する応答は、1発の銃声だった。

 そしてそれに続くように、その他の銃口からも苛烈な発破音が鳴り響く。


 会話のできない男の放った銃弾は、無慈悲にもエーデルワイスの剣によって翻弄される。

 その後の銃撃も刀身によって弾かれ、跳ね返され、もしくは刃で両断される。


 銃弾だけを相手にしていた剣は、その矛先を変えて人体へと魔の手を伸ばす。


 容赦のない斬撃は司令部を赤く染め上げ、殺した人数に比例して金髪と白ドレスへの血飛沫が増大する。


「――ねぇ、あなたぁ?」


 この場で傷一つない綺麗な体をした人間は、たったの2人。

 血潮に塗れながらも妖艶な微笑みを拭わないエーデルワイスは、尋問用に生かした生き残りに語りかける。


「後藤はどちらぁ?」


 先ほどと同じ質問。

 剣先を男の喉元にべったりと張り付け、息がかかるほどに顔を近づけ詰問する。


「し、支部長は先ほど司令部を出ていかれた……行き先は聞いていない……」


「……ふーん、そう。ありがとう」


 エーデルワイスは懇切丁寧なお礼を述べ、男の喉に刃を立てる。


 刀身を伝って手に流れる鮮血を舐め、ゾクゾクと身を震わせる。

 久しぶりの戦闘、蹂躙を謳歌でき、満足そうに微笑みを浮かべた。


「……はぁ、私のお仕事は終わっちゃったわねぇ」


 彼女の任務はヘスティア、ユキナ、蒼汰を囮に動く真広を囮にして司令部を壊滅させること。

 そしてついでに後藤の姿を発見した場合、麗の居場所を聞き出そうとしたのだが――


「……でもぉ、あの男の行き先は気になっちゃうわぁ」


 剣に付いた血を払い、遺体の服で残った血を拭きとる。


 外では未だに戦闘が続いている。

 自由に時間移動、異世界転移のできる後藤がこの混乱に乗じてアジトを脱出してしまう懸念があった。


「……」


 万が一後藤がこの世界を離れるのなら、麗も一緒だろう。

 それならば麗の監禁場所を見つけ出せば、芋づる式に後藤の姿も発見できるであろう。


「はぁ。この世界の連中は魔力周波も常時隠してるしぃ、自分の足で探すしかないわねぇ」


 踵を返し、司令部を出ようとするエーデルワイス。

 その時、チカチカと明るみを帯びるモニター群の中の一角に目を付けた。


「……これは」


 おもむろに近寄り、その画面に顔を近づける。

 そこには白黒で表示された、地上を真上から見下ろした映像が流れていた。


「衛星からのリアルタイム映像、このアジト周辺を監視しているものかしらねぇ」


 高性能望遠カメラで映し出された映像は、とても鮮明にアジトを中心に郊外の様子を一望できるものだった。


 衛星軌道上から蒼汰たちを監視していたのか。

 確かにこれなら、アジトにいる観測員よりも容易に敵を発見できる。


「……」


 だが腑に落ちない。

 空からの監視であれば、航空機や魔法使いが空を飛べば済む話だ。

 わざわざ衛星を使うメリットが思いつかない。


 じわじわと沸き起こる嫌な予感に苛まれ、エーデルワイスは麗を探すことも忘れ、完全に足を止める。


 注意深くモニターを眺め、今度は隣のモニターに視線を転ずる。

 

 そこには衛星映像から打って変わり、赤色の文字で表示された数字の羅列が映し出されていた。

 その数字は徐々に数を減らしていき、何かのカウントダウンが働いていることを示唆している。


「――っ!?」


 その数字の羅列の下。

 同じく赤色の文字で表示された、彼女もよく知る兵器の名前を発見した。


「――これってぇ……」


 思わず嫌な汗が流れる。


「まずわねぇ……」


 エーデルワイスは知っている。

 かつて彼女の配下にいた男が使用したことのある兵器。


 エーデルワイスはすぐにスマートフォンを取り出し、蒼汰に通話をかける。


 何度か轟くコール音にイラつきを覚えながら、蒼汰が通話をとった瞬間にマイクに向かって声を挙げる。


「――吉野蒼汰! 囮を中断してすぐに身を隠しなさい!!」


『――エーデルワイスさん!? わ、分かりました!!』


 察しの良い蒼汰が、エーデルワイスの剣幕から何かを悟った。


 順調に進んでいた計画に、予想だにしない事態が起こった。

 それが何かを知らない蒼汰に、エーデルワイスはさらなる指示を出す。


「すぐにアジトの内部に入りこんで、空の目が届かないように!!」


 蒼汰たちのいる射線上に、アジトがある時点で魔導兵器は砲撃を中止する。

 だがそれと同時に、別の兵器の射線上に蒼汰たちはいた。


 以前、アルベルト・シュタルホックスが同じ組織にいた狗神もえかにとある兵器のスイッチ役を任せたことがあった。

 まさかアルフレッドは、後藤にまであの兵器を貸与していたのか。


「早くなさいなぁ! 以前アルベルト・シュタルホックスが使用した『ヤマタノオロチ』が――」


 ――発射される!!


 そう彼女が言い終わるよりも前に、司令部を貫く爆発的な衝撃と轟音が走り回った。

 

 建物が大きく揺らぎ、机や棚などが根こそぎ吹き飛ばされる。

 エーデルワイスはモニターやPCの雪崩に巻き込まれながら転倒し、その場で思い切り尻もちをついた。


 この時、衛星搭載レールガンである『ヤマタノオロチ』が牙を地表に突き立てたのだ。


 無残にも埃と瓦礫まみれになった司令部。

 

 機械類に全身を強打されたエーデルワイスは頭を擦りながら、片方の手のひらを床に這わせていた。

 どこかに転がり落ちたスマートフォンを探し、床を撫で続ける。


 アジト近くに降り注いだ砲弾。

 エーデルワイスは視線を外していたが、発射直前にモニターに照準線が表示されていた。

 蒼汰たちに向けられた照準線に沿って、宇宙空間よりレールガンが発射されたのだ。

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