アジトへ
「――熱っ!?」
そう叫ぶユキナのすぐ隣を、高熱の熱線が通り抜ける。
12月の寒空の中、蒼汰たちの周囲は高温の大気に覆われていた。
タイムマシンを降り、諜報長官を除いて全員がアジトを目指した。
そんな蒼汰たちを出迎えたのは、苛烈で執拗な魔導砲撃であった。
当初、陸路でアジトに向かうつもりだった。
目の前の街を抜け、しばらく飛んでさらに向こうの街へ着いた。
その街を抜けた先に日本支部アジトがある。
建物の死角から接近しようと試みたが、街並みの中に入ってから突如攻撃が降り注いだのだ。
蒼汰たちは自分たちの存在と位置がバレていることに気が付き、一般市民の多い道路から空へ飛んだ。
その結果は今の有様だ。
射線の開けた空中では、アジトからの幾閃もの魔導砲撃に晒される。
「――大丈夫だよ胡桃沢」
ユキナの空飛ぶほうきに跨った蒼汰が耳打ちする。
背後から聞こえる蒼汰の励ましを受けるが、ユキナに冷静が舞い戻るのにはまだ時間がかかりそうだ。
「まずは砲撃を何とかしなくちゃな――奥村さん!」
蒼汰は手にしていたスマホを耳に当て、大声で名前を叫ぶ。
『――聞こえているよ。こちらはもうすぐアジトが見えてくる頃だ』
ただ1人、陸路を走る真広。
メンバーの中で最も常人離れした脚力と体力を持つ彼は、逃げ惑う市民の間を掻い潜ってアジトに接近していた。
空中の蒼汰たちが敵の注意を引き付けている間に、真広がアジトに潜入。
そして内部から迎撃に当たっている魔法使いを叩く。
真広との通話が切れ、蒼汰は再び目の前を見据える。
閃光が走る度にユキナが回避運動をとり、単独で飛ぶヘスティアとお互いをフォローしながら攻撃を引き付ける。
(エーデルワイスさんが司令部に突入するまで、もう少し……)
真広が陸路でアジトに向かうのと同時に、エーデルワイスは霊装によって創り出したゲートを通っているはずである。
空では蒼汰、ヘスティア、ユキナが注意を引き付ける。
敵が蒼汰たちにつられている間に、真広が内部から魔法使いを叩く。
そしてそれらを陽動として、エーデルワイスが司令部に攻撃を仕掛ける算段だ。
蒼汰たちの奮戦は、真広が迎撃に当たる魔法使いを潰してくれるまでの辛抱である。
(そうすればすぐにでもアジトに乗り込める……)
気合を入れ、ユキナの腰に回す腕の力を強める蒼汰。
そこでふと、違和感を覚える。
「……胡桃沢?」
それまで緊張して体を硬くしていたユキナだが、今この瞬間、その硬直がさらに硬化していく感触を蒼汰は味わっていた。
彼女の首筋にじんわりと汗がにじみ出す。
それに加えて、目の前のユキナが息を呑む音が聞こえた。
「よ、吉野君! 舌を噛まないように気を付けてね!!」
ユキナが焦り散らかした声音を飛ばしたかと思うと、蒼汰の視点が突然回転した。
遅れて全身が地面に向かって吸い込まれるような感覚に陥っていく。
「く、胡桃沢!?」
舌を噛まないよう慎重に言葉を絞り出す。
天地が逆転して地表に向かって速度を上げるユキナ。
この速度で地面に激突すれば、全身が割れた水風船になるのは明らかだった。
「――蒼汰君、ユキナ! 衝撃波に備えてください!!」
ヘスティアの檄が飛ぶ。
(何が起きたんだ!?)
蒼汰は荒れ狂うユキナのツイテールに邪魔されながらも、必死に上空に顔を向ける。
視線の先は、先ほどまで蒼汰たちが滞空していた空域である。
そこを、昼間をさらに明るく照らし出すほどの光量を持った数閃の光が通り過ぎた。
遅れて蒼汰に届く爆音と高熱の衝撃波。
それは魔導砲撃だった。
魔力をレーザーのように照射する、魔法使いであれば誰でも再現できるであろう、単純な攻撃方法。
だが今のエネルギーは、魔法使いが1人2人集まったところで、実現など不可能なほどの規模であった。
「あ、あれって……」
彼方へ飛んでいく魔導砲撃の後を目で追うユキナ。
何かを思い出したように呟いた。
「フランスで見た大規模術式……」
ラスコー洞窟からマルセイユ宮殿に向かう途中、彼女たちが立ち向かった大規模砲撃術式。
『ワルプルギス文書』の爆発的な魔力を用いて発動させたものを連想させるような、圧倒的な存在感。
「あんなものを撃ち出すなんて……」
当たれば単なる死亡だけでは済まない。
その体は分子レベルで破壊され、遺体は細胞の1つさえ残らずに完全消滅してしまうだろう。
しばらく唖然と砲撃を見送っていたユキナの視線が戻る。
彼女は見た。
あれを撃ち出した張本人の姿を。
「あの時の魔導兵器……」
日本支部アジトの後方に位置する平地。
そこに前足を折って巨大な砲身を突き出す魔導兵器が鎮座していたのだ。
数は7体。
前回の時間軸で見せることがなかった最大照射を、7体が同時に発射したのである。
こうして建物の影に隠れても、あの砲撃は建物を貫通してここまで届くのではないかという不安は拭えない。
「街にはまだ人がいるから、このまま隠れ続けるなんてできやしない……」
あんなものを街並みに撃ち込まれでもしたら、想像を絶する犠牲を出すことになる。
蒼汰たちが建物の影に隠れる限り、魔導兵器も魔法使いも地上へ攻撃を開始する。
それを回避する方法は1つしかない。
「……もう一度上昇して、一点突破しよう」
自分たちが上空に上昇していけば、自然と敵の照準も蒼汰のいる上空に昇る。
「それにアジトのある郊外まで接近できれば、あの魔導兵器だって下手に砲撃なんてできない」
一見すれば単純な作戦、ほぼ無策に近い。
それでも蒼汰にはある考えが2つあった。
「僕たちはエーデルワイスや奥村さんが動きやすいように陽動をしないといけない」
――魔法使いや魔導兵器の攻撃を一点突破で潜り抜けさえすれば、相手は慌てふためく。
真剣に話す蒼汰の横顔を見つめていたヘスティアが、パッと思いついたように口を挟む。
「――そうすれば、レジスタンスは接近を阻止しようと全力で注意と攻撃を差し向けてくる、そういうことですよね? 蒼汰君」
ヘスティアの補足を聞き、ユキナが納得をしながらも不安な色を浮かべる。
先ほどまで執拗な敵の攻撃に振り回されていたばかりだ。
今度は囮を演じながら、その迎撃網を抜けるという計画である。
(だけどそれだけじゃない……)
2つ目の考え。
蒼汰は大天使に意識を向ける。
蒼汰の無言の問いかけに反応し、大天使は声を発した。
『――タイミングは蒼汰様に任せます』
大天使は蒼汰の要請に同意の意を示した。
「――胡桃沢、上昇をしてもらえる? ヘスティアさんもついて来て」
蒼汰とユキナを乗せた空飛ぶほうきが、ヘスティアが一気に加速して建物上空にまで飛び出した。
敵はそれを見逃さない。
郊外から次々に魔導砲撃が撃ち上げられ、後方の魔導兵器にも凝縮された魔力の光が見えている。
――このタイミングだ。
魔導兵器が大出力窓砲撃を開始する前に、ゲートを作り出す。
『――了解、『ゼネラルメビウス』のゲートを解放します』
大天使の言葉に続き、蒼汰たちの前に7色に輝く光が現れた。
それが徐々に口を開けていき、別の世界に繋がるゲートを完成させる。
『ゼネラルメビウス』の出入り口であるそのゲートに、魔法使いによる数発の魔導砲撃が突入。
その瞬間、蒼汰の頭の中にけただましい警報音が鳴り響く。
『――警告、『ゼネラルメビウス』が外部からの攻撃を受けました。レッドアラート発令』
大天使がマニュアルに沿って警告を発する。
『――積極的|自衛措置を発動、脅威の排除を開始します。対外自動イージスシステム『ミツミネ』が起動しました』
空中に表れる魔法陣。
数えきれないほどに展開された魔法陣の中から、多数の黒色の修道女が身を乗り出す。
青色の空を無数の黒服が彩り、彼女たちを召喚した魔法陣が消失。
無表情でアジトの方角を見つめる彼女たちは、それぞれが各々の武器を召喚する。
「――アジトに接近するから、みんなは僕たちを守って!!」
大声で滞空する『ミツミネ』に指令を出し、空飛ぶほうきが加速する。
それに続くように修道女も滑空を始め、一気に加速して蒼汰たちの前へ。
展開した防御術式のリフレクターで魔導砲撃を受け止め、蒼汰を狙う火の粉をはねのける。
回避から意識を外し、ユキナとヘスティアは一点突破だけを念頭に飛行する。
さらなる加速で、ユキナもヘスティアも苦し気な表情を浮かべる。
「――ヘスティアさん、OS『身体保護』に切り替えて加速度Gへの対処を3人に付与してください!」
――胡桃沢はヘスティアさんの飛行をフォローしてあげて!!
蒼汰の言葉の直後、2人の魔法少女が彼の言葉通りの行動を実行する。
これによって体への負担が減少し、3人の表情に余裕が戻る。
まともにできるようになった呼吸で空気を吸い込み、蒼汰は十分な酸素を脳に取り込む。
アジトからの熱烈な歓迎は、蒼汰たちの特攻と『ミツミネ』の出現によって焦りを見せている。
狙いも曖昧になり、手数だけが増えた乱雑な砲撃。
酸素を得た脳が活性化し、蒼汰は次なる思考に勤しむ。
次に突破すべき課題、それは――
「――吉野君! また魔導兵器が!!」
7体の巨体である。
「大丈夫! 何とかできるよ!!」
発射される大規模魔導砲撃。
数体の『ミツミネ』を焼き殺しながら突き進む砲撃は、空間を焼き払う。
だが――
「――手の空いた『ミツミネ』はリフレクターを斜めに展開! 安全な上空に砲撃を反らして!!」
7発もの魔導砲撃を前にし、数百の修道女が1つの大型リフレクターを展開。
その直後、リフレクター表面に大規模魔導砲撃が着弾した。
その衝撃でリフレクターの表面が大きく抉られるが、それでも破壊も貫通も許さない。
刹那。
魔導砲撃とリフレクターによる攻防は、その規模の割にはすぐに決着がついた。
斜めに構えられたリフレクターが魔導砲撃の軌道を変え、砲撃は斜め上へと方向を変えて空へと飛んで行ったのだ。
一瞬の激突に多大な魔力を投入し、息絶えた数十人の修道女。
犠牲を払いながらも命令を遂行した彼女たちの隣を抜け、蒼汰、ヘスティア、ユキナが街と郊外の境界を突破した。
蒼汰は後ろを振り向いた。
自分たちを見送る『ミツミネ』に礼を言い、再び前を向く。
そこには、レジスタンス日本支部アジトが佇んでいた。
高速を維持する空飛ぶほうきに翻弄されながら、彼は少女の顔を思い浮かべる。
何度も繰り返した時間移動、訃報や過去の少女との邂逅を果たし、そして今再び逢い見える。
藤ノ宮麗――紛れもなく蒼汰と共にいた世界線の、時間を共有した時間軸の少女が、そこにいる。