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奥村真広

 タイムマシンから飛び降り、2体の魔導兵器を葬ったファルネスホルン所属の青年。

 奥村真広という青年は、かつては日本の国立大学に通っていた単なる一般人だった。


 その時はまだ、大天使が存在していない時代である。

 しかし裏では、大天使発現の分析結果を基に、神たちは蒼汰のいる世界の時間を遡っていた。

 蒼汰の住む時代から何百年も前から、様々な準備が成されていた。


 まあそれも、真広にとっては関係のない別次元の話だった――

 

 ――あの時までは。


 今ではファルネスホルン最高評議会本部付きとなっている真広。

 真広の人生が大きく変革されるようになったのには、大きなきっかけがあった。


 同じく大天使が発現する以前。

 ファルネスホルン聖域の時間軸で、体制派(システマイザー)反体制派(ファントムフューリー)も存在していなかった時代。

 彼はとある女神の謀略により、異世界転移を経験した。

 

 そして今も、頭から離れない記憶が疼いていた。

 






 ――彼女と過ごした大学生活は、どんな時よりも心が晴れやかになる最高の日和だった。


 ――彼女を殺そうとした時、自分はそんなもの忘れかけていた。


 ――それでも自分の心が支配され切っていなかったから、彼女を殺せなかった。


 近代、と言えば正しいだろうか。

 ある世界のヨーロッパという地域に酷似した地理。

 そこに、ある世界のフランスという国にそっくりな国家が存在した。


 流血と銃声溢れる戦争中だったその国の首都。

 そこに門を構える国立大学の学園駅より機関車が発車したそうな。


 石炭を燃やして黒煙を上げる車両。

 その最後部車両で、2人の男女が睨み合っていた。


「奥村君、その銃はどういうつもり?」


 透き通る声音が、奥村真広の真意を問いただす。

 彼は今、彼女に銃を向けていた。


 銃口の先、白と黒を基調にしたワンピ―スタイプの制服が映えていた。

 機関車の風切りによって、長い茶髪を梳かれる彼女。

 一目見た時からずっと、彼は彼女を気にするようになっていたのだ。

 それほどまでに魅力的な女性と、こうして見つめ合っている。


 そんな彼女は、肘から先を消失した腕を押さえて瞳を揺らしていた。

 

 血とオイルがまき散らされた床。

 パイプやコードが露出し、生来の筋骨がズタズタに破壊されていた。


 彼が撃ったのだ。

 慕情を寄せる相手に、真広は容赦なく引き金を引いた。


 人体の一部が欠損した激痛に襲われながらも、懸命に発狂しそうになる気持ちを抑え込んでいる。

 だが暴走してしまえば、真広との対話は果たせない。

 

 強い意志で苦境を耐え凌ぎ、端麗な顔を彼に向け続ける。

 

 そんな彼女は、常人には想像もできない強い心で彼を想い続けていた。

 たとえ離れ離れになろうと、彼との再会を望み続けていたのだ。


 そしてようやく、その想いが届いたのだ。


 ――敵同士として。


 対立し合う2つの国の、姫君と兵士として邂逅した2人。


「私に……それを使うの?」


 上目遣い気味に問いかける彼女の声音は弱々しかった。

 再会の喜びは至上のものだった

 だがそれでも、銃という圧倒的な恐怖を体現する凶器が感動を奥底に追いやっていた。


「俺たちの目的はお前の殺害、大学の占拠はついでだ」 


 真広は恐怖によって喜びが侵食されている彼女の心に寄り添わない。

 軍隊という組織の特務部隊としての役割が与えられ、『洗脳』という加護を受けた彼。

 彼女に対する良心は薄れ、躊躇いもなく引き金を引けるのだ。


 彼女は真広が自分を本気で殺そうとしていると思っていた。

 抵抗しようにも、完全武装の相手に飛び掛かる勇気も技量もない。


 それは真広も理解している。

 彼女には成す術がない。

 

 彼女を終わらせるため、引き金に指がかかる。


 だが引き金に力が加わった刹那――


「――!!?」


 視界の中心から女が動いた。

 真広の温かみのない瞳から、冷徹な銃口から逃れるように横へ跳んだのだ。


 その先は崖。

 ()()()()()()()()()即死を免れないほどに高く、険しい奈落である。


 ――逃がすものか!


 突飛な行動に出た彼女を拳銃が追いかける。

 銃口が彼女の脇腹に交わり、そして手に大きな衝撃が走る。


 発砲された銃弾は目論見通り、彼女の脇腹を粉砕。

 苛烈な血潮をまき散らしながら、床を踏む足取りが大きく崩れた。


 床に倒れ込み、激痛が全身を痙攣させている。

 しかし、鋼の意志は彼女を止まらせなかった。


 1本の腕と2本の足を懸命に動かし、解放された乗車口の扉に手をかける。


 そしてそのまま、機関車から転げ落ちるように全身を投げ出した。


 高速で運行する機関車から飛び出した彼女の体は、とてつもない衝撃を伴って地面に落下する。

 ゴロゴロと転がり、全身を泥で彩りながら崖下へと落ちていく彼女。

 

 真広は崖から転げ落ちる彼女を眺めていた。

 銃は彼女が落ちて行った方向に向けたままで制止している。


 真広も常人ではない。

 彼女を追いかけ、止めを刺して死体を持ち帰らなければならなかった。


 それでも、足が動こうとしなかった。

 銃を撃とうともしなかった。


「……」


 いや、できなかったのだ。

 洗脳の影響を受けていようが、彼女を殺したくないという深層心理が働いていた。

 彼女の笑顔が頭に張り付き、無意識に洗脳を拒んでいた。


 その出来事を経て、作戦は失敗したように見えた。

 だが真広たちの裏で動いていた者たちの目論見は完遂されていたのだ。


 姫様の殺害には失敗したが、裏の者は戦果を叩き出していた。


 一部では敗北したが、全体では勝利することができた。

 結果としては上々だった。


 その後は部隊と合流して陸路を爆走。

 そして味方の援護を受けながら国境を超えたのだった。



 ――それが、彼の記憶の一端である。


 あの頃、真広の異世界転移先は地獄だった。

 人体のあらゆる箇所を機械化する技術の蔓延るその世界は、戦火の絶えない時代にあった。

 彼はその世界で、ラインハルト帝国という国家の軍人として転移した。


 共に転移した彼女は、ラインハルト帝国の敵国――ポリテーヌ共和国の代表の一人娘という役割が与えられた。


 2人の運命を左右した女神の謀は、その後も彼らを引き裂き続けた。

 

 最終的に、真広は異世界から解放された。


 だがそれからすぐに、今度は数多の異世界を巻き込む騒乱に揺さぶられたのだった。






 

 搭乗口のロックが解除され、重い扉が開かれる。

 既知感のある空気が機内に流れ込む。

 

 1度目の時間移動の時と同じ、緑の香り。

 2度目の時のような廃墟溢れる錆びれた空気感ではなかった。


 蒼汰はタイムマシンを降り、舞い降りた2023年12月の景色を脳裏に刻む。

 

 ここが、諜報長官の管理する分岐世界の最後の1つ。

 そして後藤によって麗が連れ去られた世界線である。


 前回の時のように、蒼汰を知らない麗ではない。

 蒼汰と共にここ数か月を駆け抜けてきた、あの藤ノ宮麗が存在している世界線である。


 諜報長官に続き、奥村真広も搭乗口をくぐった。


 タイムマシンに乗っている間、どこか思案顔だった彼。 

 何を思っていたのかは分からないが、少しだけ寂しげな表情をしていたのは気のせいだろうか。


 全員が機体を降りたことを確認し、諜報長官が口を開く。


「――すぐにでも向かってくれ。藤ノ宮の存在は観測されてはいたが――」


 ――今は分からない、こちらも派手に動き過ぎた。


 2度の時間移動に際し、蒼汰たちは後藤を刺激するような大胆な行動を取ってきた。

 こちらのタイムマシンと同様、あの男も異世界転移の手段を持っている。


 他の世界に逃げ込まれてしまっては、探すことさえ困難である。


「私はとりあえずタイムマシンのお守りをしておく」


 すでに蒼汰たちがタイムマシンでこの世界に乗り込んだことは、後藤に知られている。

 敵性魔法使いや国際保安理事会の襲撃が考えられる中、タイムマシンの警備は必要であった。


 それに――


「こちらでも君たちのバックアップは可能だ……それに付いて行っても足手まといになるだけだからな……」


 諜報長官は自身の現状を恨めしく思いながら、現場入りを断念する。


 先ほど彼が言っていたように、この世界は崩壊を始めている。

 神と管理する世界は一心同体であり、世界の崩壊は即ち神である諜報長官の崩壊に直結する。

 

 いつ死んでもおかしくない諜報長官は、すこぶる悪い体調の中、さらに言葉を繋げた。


「もしもこの世界の崩壊が完了してしまいそうな時、こちらから迎えに行く。だからそれまでに――」


 ――あの娘を頼むぞ。


 1人の神が、1人の人間の少女の救出に強く乗り出す。

 いくら神にとって人間は子供のようなものだとしても、ここまでの入れ込みようは大層珍しいものだった。


 未だ蒼汰たちは知らない、諜報長官と麗の出会い。

 彼女との一騎打ちから、諜報課として活躍する日々を頭の中に思い描いた。

 

 諜報長官は自分が死ぬ前にもう一度麗と顔を合わせることができることを期待し、蒼汰の背中を押した。

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