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平行世界理論

「我々が真相にたどり着いたのは遅過ぎた」


 新たな発見は状況の深刻さを表面化させた。

 人の行動によってあらゆる分岐世界が創造されるなど、一体誰が止められようか。


「だが世界に存在する全ての人間が、みな同様に世界を分岐させているかどうかは不明だ」


 考えたくもない可能性。

 神の数に比例して存在する数の世界。

 世界1つにつき、数多の人間が暮らしている。

 その数多の人間1人1人が幾重もの平行世界を創り出していたとすれば、今頃世界の総数は観測不能の領域にまで拡大している。


 対処のしようがない。

 だがしかし、例外的な存在に釘を刺すことはできる。


「大天使の能力――」


 その言葉は蒼汰に向けられものだ。

 唯一大天使を宿す存在であり、平行世界理論において最も世界崩壊を加速させてしまう蒼汰に。


「その中でも、誰かの生命を左右しようと能力を発動した際の負荷は尋常ではない」


 ぼかした説明を加える諜報長官。

 それでも、幸奈以外のこの場の全員がその真意を理解していた。


 魔法少女が死亡した時に、洗脳によって彼女たちを蘇らせる行動。

 それこそが最悪を一層推し進める最大懸念要因だと。


 返す言葉も見つからなかった。

 その話が本当であれば、死亡した魔法少女の蘇生などするべきではない。


 しかし、洗脳による生き返りが必要な場面はいくらでもある。


 今まで幾度も、異世界創造の妨害をしてくる連中を相手にした。

 その時、彼を取り巻く魔法少女たちは一体何度死亡したのだろうか。

 

 諜報長官はそれ以上を言わなかった。

 洗脳という能力の取り扱いについて、それ以上蒼汰に何も言わない。


「……だが反体制派(ファントムフューリー)はそのことに気が付いていた」


 話題をずらして再び話し始める諜報長官。

 エーデルワイスが一心不乱に注目する中、諜報長官は口を動かし続ける。


「将来的に大天使が自分たちに牙を剥くような存在に発展する可能性を危惧すること、それが反体制派(ファントムフューリー)思想の根底にある」


 長らく考えられてきた、反体制派(ファントムフューリー)の動機の全て。


「そして大天使の存在、行動が世界の崩壊を深刻化させてしまうという危険も、おそらく知っていたのだろう」


 新たに明らかとなった、吉野蒼汰への殺意の理由。

 だからこそ、連中は蒼汰の殺害に拘るのだろう。


 エーデルワイスにとって、その話は初耳だ。

 彼女はあくまで反体制派(ファントムフューリー)の構成員の1人。


 反体制派(ファントムフューリー)指導者に、大天使を討てば家族を取り戻すことができる。

 それを聞いて参加した一兵卒である。


 ファルネスホルンに来て、家族を取り戻すことができるという洗脳じみた謳い文句からは開放されつつあるエーデルワイス。


 それでも、彼女はかつてファルネスホルンがパトロンとして改造した『ラスコー洞窟』を奪い、『ヴィクトーリア資金』を得て強大な戦乙女を目指した女性だ。

 まだ完全に反体制派(ファントムフューリー)としての心が死んだわけではない。


 エーデルワイスは瞼を下ろし、2人の会話に介入するように口を開けた。


「まあ、吉野蒼汰を討つという考えが出るのは不思議なことじゃないわねぇ」


 その時、ヘスティアと幸奈が殺気めいたオーラを放出した。

 それを全身に受けながらも、エーデルワイスは意に介さない。


 エーデルワイスという女性は、かつて蒼汰を殺そうと剣を握ったオルレアンの戦乙女。

 飼い主に躾けられているとはいえ、その本能は拭えない。 


「私は首輪を着けられた奴隷に過ぎないわぁ、ファルネスホルンに従っているとはいえ、心まで許したつもりなんてないのよぉ」


 蒼汰たちがエーデルワイスに気を許していないのと同じだ。

 エーデルワイス自身も協力には賛成するが、心の内では密かな敵意を滲ませている。


 彼女の心を聞き、ヘスティアと幸奈は湧き出した警戒心を隠すことはなかった。

 その反面、当の蒼汰は柔らかな表情を浮かべていた。


「……僕も、反体制派(ファントムフューリー)の考え方はおかしなことではないと思っています」


 思いがけない蒼汰の告白。

 ヘスティアと幸奈が、蒼汰の自分という存在の否定に目を丸くする中、彼は言葉を紡ぐ。


「世界の崩壊に大きく加担する存在を抹消するべき、そういう考えに行きつくのは不思議ではありません」


 ヘスティアと幸奈は口元を抑え、蒼汰の次の言葉を恐れていた。

 彼女たちの様子を見た蒼汰が、安心させるように口角を上げた。


「――だからといって、僕は自ら首を吊るつもりなんてありません」


 蒼汰が降りれば、『ワルプルギス文書』の収集は打ち切られる。

 すでに崩壊した世界から、未完成の『ゼネラルメビウス』に人々が移動していることは事実である。

 だが未完成の状態で全ての人間を収容できるかどうかは不明。

 

 だからこそ、蒼汰はここで死ぬわけにはいかないのだ。


 それ以上その話題が展開することがないと判断した諜報長官は、ちらりと操縦席へ目を転ずる。

 

「……もうそろそろだな」


 モニターを気にしてた諜報長官が、みんなに聞こえる音量で呟いた。

 

 タイムマシンはもうすぐ到着する。

 『2023年11月』と目的地設定されたタイムマシンであるが、果たして今回はどの時代に着くことやら……。


 ――いや、そんな簡単に言い捨てていいほど安定した状況ではない。

 世界の崩壊が徐々に拡大している中、タイムマシンの時間移動制限いっぱいまで飛べる保証はない。


 それをみんなが分かっている。

 世界崩壊、即ち世界を管理する神の死が間近に迫る中、諜報長官は続けて言葉を発する。


「……ここで言っておきたいことがある」


 ピリっとした空気の張り。

 

「私の寿命はもうそこまで来ている、まだ崩壊が始まっていない世界線はたった1つだけだ」


 ――安全を考え、時間移動のチャンスは今回のみ、それで打ち止めだ。

 

 その言葉を聞き、本当に状況が不安定であると再確認できた。

 諜報長官の世界崩壊が予想よりも早く進んでいる。


 今回麗を救出できなければ、おそらく『ゼネラルメビウス』に転送される、後藤も含め。


 それでは問題が解決できない。


 蒼汰が動揺で視線を泳がす。

 彼に追撃を加えるように、諜報長官は続ける。


「無事なのは、後藤が藤ノ宮を連れて行った世界線だ」


 ――あの巨大兵器を倒すのに時間がかかっていれば、この場の全員が世界崩壊に巻き込まれていただろうな。


 その言葉が放たれた瞬間、蒼汰の思考の処理速度が瞬時に低下した。


「――ま、待ってください」


 蒼汰は思わず諜報長官の言葉を遮る。


「世界の崩壊に巻き込まれていたかもしれないって、それはつまり……」


「――ああその通りだ。東京が壊滅した世界線は先ほど崩壊が始まった」


 要するに、あのスラムの住民たちを巻き込んで終焉に向かって突き進んでいると。


「いいか、タイムマシンが到着するのは数多に存在する平行世界の内の1つだ」


 ――到着する時代を設定できても、到着する平行世界は選べない。


「まあ、あの壊滅した東京を見てから初めて気が付いたことだがな」


「それじゃあ、あのスラムは……」


 追い縋るような蒼汰の声音。 


「あれは、過去に起きた何らかの出来事の末に分岐した世界の1つだ」


 言い方を和らげるでもなく、淡々と真実を言葉に出す。


「オリジナルの私の世界は、東京壊滅などという歴史をたどっていない」


 蒼汰をスラムまで案内した2人のスラムレジスタンス。

 スラムで話を聞かせてくれた藤ノ宮玄。

 玄との会話に群がってきたスラム住民。 

 そして、蒼汰を殴打した16歳の頃の藤ノ宮麗。


 あの時蒼汰と関わった人々は、全てオリジナルの世界から分岐した世界の人間。

 そして、世界崩壊という抵抗不能な作用によって葬られた人々である。

 

 その時、蒼汰の頭に電流が走る。


(いや、それなら……)


 あることを思い立ち、蒼汰は大天使に意識を向ける。


「大天使、最近『ゼネラルメビウス』に入ってきた人の中で、諜報長官の世界の人々は混ざってる?」


 望みを胸に、彼女の言葉を待つ。


『――いいえ、そのような反応はありません』


「ということは?」


『――現在収容されている人々の中に、分岐世界の人間は1人もいません」


 10秒にも満たない会話が、蒼汰の望みを打ち消した瞬間だった。

 世界の崩壊に際し、自動的に『ゼネラルメビウス』に人々が転送される故、もしかしたらと思って大天使に問いかけた。


 望みは失せた。

 だが今のやり取りで分かったことがある。

 

 『ゼネラルメビウス』に行けるのは、あくまで1つの世界に存在する人々だけ。

 その他の分岐世界に生きる人間は、移民対象外として崩壊する世界と運命を共にすることとなる。


「……」


 蒼汰が自らの思考に押し潰される中、空気を読まない機内スピーカーにノイズが走る。

 AIの無機質な声音が、スピーカー越しに機内に響き渡る。


『――到着しました、現在時刻、2023年12月3日』

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