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連鎖する非常事態

 自分たちを襲撃したサイボーグとの戦闘から数日。 

 さらにもえかが静止軌道ステーション『ヴィーナスタウン』に旅立って数日が過ぎた。

 宇宙エレベーターでは第5回記念式典のやり直しのため、夜通し準備が進められていた。

 来場者抽選をインターネットで行ったところ、現段階で倍率が38倍。

 特別事態避難マニュアルを急ピッチで作成。

 緊急時の円滑な避難活動のための訓練が繰り返されているそうだ。


 授業が終わり、蒼汰はもえかから受け取ったラインの画面を眺めていた。

 彼女はこの宇宙へと上昇中、3日間はエレベーター内部での生活となる。

 収容人数総勢400名。人数分のカプセルホテルを設置している。

 レストランや入浴場、さらには小型のライブ会場も揃えている。


 生活に困ることはない。

 彼女の書く文章からは、爆破事件のときのような悲痛の気持ちは読み取れない。

 もえかを見送ったときもそうだったが、やる気に満ち、もう一度式典を開催できることを喜ぶ彼女の笑顔。

 

 『私に何かあれば、そのときは私を救ってね』

 

 それは彼女の言葉だった。

 それの意味するところは今でも分からない。

 

 スマホの画面を落として窓の外を見る。

 教室の窓から見える、天へと上る巨大な塔。

 現在の東京のシンボルであり、日本という国を代表するシンボルでもある。


 頬杖をつきながら、その神々しい姿に見惚れる蒼汰。

 数十年前まではありえない光景だ。

 10年前の東京大改造によって、この東京は科学進歩の速度を急激に加速させた。

 あと数十年は実現できないであろう宇宙エレベーターを僅か5年で完成させた。


 そして、そこに導入した『システム・ヴァリアラスタン』は東京に住む市民たちの人間の本質を根本から滅却することになった。

 暴力と呼べるものは解消し、近年話題となったいじめ問題やハラスメント問題の認知数0件。それは驚異的な数値である。

 人間の負を強制的に滅する。


 詳細不明の謎のシステムがこの都市を幸せにした。

 誰もがそのシステムの委細を知らず、その力の謎を知ろうとするものは現れなかった。


 市民が情報を欲しない、あるがままを疑念無く受け入れる――積み重なる異例な事態が今日の東京の姿なのだ。


 光を落としたスマホに振動が走る。

 着信あり――藤ノ宮麗と表示された着信画面。


 スワイプして通話。


「藤ノ宮? これから授業が――」


『――吉野君、すぐに来て欲しいの。場所は人工島正面ゲート前』


「ゲート前?」


『――わけは後で話すわ。とりあえずすぐに、今すぐに来なさい。これはあなたにとっても重要なことよ』


 一方的に切られる通話。

 いつもの日常であれば無視していた。

 だが蒼汰の周りを取り巻く状況は常に非日常、さらにあの冷静沈着な藤ノ宮麗の慌てようから考え、無視できない事態が起こっているのではないかという考えにも行き着く。


「――何で集合場所が人工島のゲート前なんだ?」


 蒼汰はすでに実感し、理解している。

 異世界転移から始まるこの騒動。彼にとって無関係ではいられない切り離すことのできない事象。

 藤ノ宮は人工島の正面ゲート前に来いと言った。

 人工島にそびえ立つは宇宙エレベーター『ヴァリアラスタン』

 狗神もえかのいる場所だ。


 脳裏をよぎる最悪の予感。

 彼女の言葉を思い出す。


『私に何かあれば、そのときは私を守ってね』

 

 彼女の声が反芻し、それが原動力となって蒼汰を掻き立てる。


「あれ? おい蒼汰どこ行くんだ?」


 蒼汰の様子を不審に思った赤城が問いかける。


「熱が出た。39度だ」


 適当な嘘をついて教室を出る。

 勢いよく開けた教室の出入り口をすり抜けて階段を駆け下りる。

 下駄箱で靴を履き替えて昇降口を飛び出す。

 

 スマホで電話帳を開く。

 胡桃沢に通話する。


「――胡桃沢、藤ノ宮から話は聞いた?」


『――うん。今吉野君を迎えに行ってるところ、もう着くから』

 

 蒼汰は校門を出て、見晴らしのいい通りに出る。

 空を見上げ、ほうきに乗った人影を発見した。


「――吉野君、すぐに乗って!!」


 セーラー服姿の幸奈がツインテールをなびかせながら降下する。

 蒼汰は自分の腰の位置に滞空するほうきにまたがる。


 蒼汰の両腕が自分の体を巻いたことを確認した幸奈が上昇。


「ごめんね吉野君、ちょっと飛ばすよ」


 彼女の一言でほうきが一気に加速する。

 我慢できないほどの風が顔を撫で、二人の頭皮が千切れそうになるほど髪がなびく。


「胡桃沢、藤ノ宮から何か詳しいことは聞いたの?」


「ただ来いとしか言われてないよ――でも何らかの怪物がことを起こそうとしてるのは予想できる」


 蒼汰はここ数日の出来事を思い出す。

 宇宙エレベーターでのヘスティア、ガロンとの戦闘。

 駅前から始まる襲撃事件。


「胡桃沢の悪い予感が当たれば、これで3回目の波乱になる」


 ここ数日から始まり、そして度重なる動乱。

 それはここ数日で一挙に吉野蒼汰を襲った非日常である。

 それに加えて彼に課されたワルプルギス文書の回収、そこから続く異世界移民計画。

 あらゆる勢力のあらゆる思惑が絡み合い、吉野蒼汰を異常という名の監獄に閉じ込めている。


「――麗ちゃん!!」


 二人を乗せたほうきが人工島に続く橋の主面ゲートに到着。

 ゲート前で佇んでいた麗が二人に近づく。


「――お、おい何だ君たちは!?」


 守衛所から飛び出した警備員が蒼汰と胡桃沢に駆け寄る。


「何か知らんが空から飛んできたように見えたけど――現在人工島へは立ち入り禁止だ」


 そう言って立ち入り禁止の看板を指さす。


「申し訳ありません警備員さん」


 横から近づく麗。

 彼女の声に反応し、振り返った警備員の股間を膝で撃つ。

 骨盤の砕ける音と感触が伝わり、警備員はその場に崩れ落ちる。


「さあ行くわよ」


 遮断機を蹴り壊し、麗を先頭に蒼汰と幸奈が続く。

 直線距離100メートルの橋を走り切り、人工島へと足を踏み入れる。


「――そろそろ事情を話してくれないか?」

 

 蒼汰が息の整え、幸奈も抱く疑問を麗にぶつける。


「以前排除したサイボーグ集団の遺骸を回収したのよ、データを解析して差し向けてきた人間を特定するためにね」


 解体作業中、フードの下にすでに機能停止した魔法陣を発見。

 その痕跡を調査し、使われた魔力の性質を解析。


「魔法使いの魔力の性質には個体差があるのよ。まったく同じ性質の魔力を二人が持つことはあり得ないわ」


 その解析された魔力の性質をもとに、今現在同じ性質を持つ術式展開の有無を確認。


「それでこの宇宙エレベーターに反応があったってことだよね」


 幸奈の事実確認に麗は首を縦に振る。


「それで、その術式の場所は――」

 

 蒼汰の問い。

 それに答えるように麗は真上を指さす。

 天空を指さす麗の真意には蒼汰も幸奈も気が付いている。


「宇宙エレベーター『ヴァリアラスタン』ってことだよな……」


「ええ。それだけなら別に問題はないわ――でもね、あなたには辛い現実かもしれないわね」


 麗の言葉の矛先は蒼汰に向けられていた。

 彼女のトーンの変化。

 蒼汰に覚悟を決めさせるように、慰めるように言葉を続ける。


「術式を埋め込まれた()()、宇宙エレベーター公認のイメージヒロイン、狗神もえかよ」

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