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廃墟街

 人気が全くないことに油断していた。

 

 蒼汰の目の前に現れた2人。

 拳銃を腰に携行する非日常者が、蒼汰を魔法使いとして認識している。


(大天使の魔力周波を感知したのか)


 2033年に転移した際、『隠密術式』によって魔力周波を隠していても発見される事案が発生した。

 それを見越して、今回はヘスティアたち含め、術式を付与することはしなかった。


 だから大天使の魔力周波が垂れ流しになっている。


「まさか生き残りがこの街に来るとは思ってもみなかったよ」


 この世界の魔法使いは、蒼汰たちに敵対的だ。


 ヘスティアも幸奈もエーデルワイスもいない。

 蒼汰が1人で切り抜けなくてはいけない状況である。


 みんなが無茶してきた分、今回は蒼汰が無茶をする番だ。


「……大天使、僕が怪我をしたらよろしくたのむよ」


 蒼汰の決意のこもった言葉に、大天使は反応することがなかった。

 蒼汰を無視した彼女は、この後の展開を見守るように口を結んでいた。


 拳を握りしめ、蒼汰は相手の出方を伺う。


 拳銃に手をかける様子はない。

 であれば、魔法による攻撃を――


 蒼汰の様子の変化に眉をひそめる男たち。

 互いに目を見合わせ、何かを察したように目を見開く。


「――待て待て! 君は何か勘違いをしていないか!?」


「――その通りだ。俺たちは君と同じ魔法使いで、国際保安理事会の人間じゃないぞ!!」


 2人の弁明を前にし、蒼汰は自分の身の危険を再認識する。

 彼らは自分たちが魔法使いだと暴露した。

 

 だが蒼汰の思考は混迷している。

 相手の態度は一体何なのか。


 何らかの謀を秘めている可能性も含め、蒼汰は最大級の警戒を露わにする。


「も、もしかして、俺たちをレジスタンス日本支部の一味だと思っているのか!?」


「安心しろ! 俺たちは日本支部じゃなくてスラムレジスタンスの方だ!!」

 

 男2人の言葉を聞き、蒼汰の脳内に疑問符が浮かぶ。


「スラムレジスタンス……?」


 ぽつりと呟く蒼汰。

 彼が口に出した言葉の意味を理解するより早く、男たちが口を開く。


「そうだ、スラムレジスタンスだ」


「怖がらなくてもいいぞ、俺たちは穏健派だからな!」


 蒼汰とは正反対の、明るく馴れ馴れしい声が響き渡る。


「……」


 事情を全て察したわけではないが、目の前の2人に敵意がないことは分かった。


 そんな蒼汰の心境などお構いなしに、2人の男たちの言動は続く。


「日本支部の連中は同胞には優しく接する。だが過激派だから怖いって気持ちはよく分かるぜ」


「ああ、君は俺たちを日本支部だと勘違いして様子がおかしかったんだな?」


「悪かったな坊主、怖がらせちまって」


 和気あいあいとした雰囲気。

 彼らは2033年の魔法使いとは違う。

 

「いえ、僕の方こそ早とちりでした」


 互いに謝罪を述べ、和解が成立する。


 蒼汰の鬼気迫る表情は鳴りを潜め、柔らかくなった場の空気に安堵する。


 彼らは蒼汰に危害を加える人間ではない。

 話が通じる以上、麗の手掛かりを聞き出すこともできるかもしれない。


 聞き出したいことは山ほどある。

 その中で、蒼汰はあのことを知りたいと思った。


「あの、1つ伺いたいのですが」


 分かり切っているはずの質問。

 だがこの時、理解しがたい事柄の連鎖は蒼汰の理解をなし崩していた。


「ここって……東京なんですよね?」


「ああ、ここは東京だ」


 タイムマシンは基本的に指定座標へと到達する。

 2033年の時と同一地点に着陸したことは明白なのだ。


 だが――


「この東京で……一体何があったんです?」


 同一地点とは思えないほどに破壊尽くされ廃墟と化した街。

 それどころか、もはや日本と呼んでいいのかすら怪しいほどである。

 

 蒼汰の問いかけに、悲し気な表情を浮かべた男が語り出す。


「……以前、国際保安理事会との大規模戦闘で東京は壊滅したんだ」


 壊滅。

 たった1単語のその言葉が、一瞬にして蒼汰の背筋を凍らせる。


「現在東京に住んでいるのは生き残りの魔法使い、もしくは親魔法使い派の連中だ」


「……他の人たちはどうしているんです?」


「元々の東京都民は別の県に移り住んでいる」


 そういうことか。

 おそらく一般市民は大規戦闘前に疎開。

 東京壊滅後、灰燼と化したかつての首都に戻る者はおらず、今では生き残りが住み着いているのか。


「いずれ俺たちが全滅したら東京は復興されるだろうな、そうすれば都民も戻ってくるだろう」


 ――国民は東京に住み着く俺たちの駆除を望んでいる。今後も俺たちへの攻撃は続くだろうな。


 魔法使いである限り、この世界で憂いが消えることはない。

 そう思っているだろう彼らは灰色の空を眺め、そう呟いた。


「俺たちは浄化対象として狙われている。国際保安理事会の目的は俺たちの絶滅だ」


 突きつけられる魔法使いの境遇。

 これが、麗の住む世界の状況なのだ。


「というか、お前は東京のこと知らなかったのか?」


 蒼汰の反応に、男の1人が素朴な疑問をぶつける。


「お前は日本暮らしじゃないのか? こんなことは常識だぞ」


 もう1人も加わり、蒼汰の歴史観を疑いにかかる。


「……僕はずっと日本を離れて暮らしていて、テレビとかもあまり見ない生活だったので」


 思いついた言い訳を口に出した。

 

「そうか、この惨状を見てびっくりしただろうな」

  

 彼らは蒼汰の言い訳に疑いを持つわけでもなく、すんなりと受け入れた。


「これでも数年前までは、お前も知ってる大都会だったんだぞ」


 この世界における、数年前の東京。

 それはきっと蒼汰もよく知る姿であったのだろう。


 だが待ってほしい。


 この朽ち果てた東京の姿が、彼らの話の真相を裏付けていることは分かる。

  

 理解はした。

 だが納得がいかない。


 蒼汰はタイムマシンに残してきた本の内容を思い描いた。

 そこには、特に東京における活動について書かれていた。


 レジスタンス日本支部の記録が載った本の内容。

 そこに東京壊滅などという文言は、一切記されていなかったのである。


「――とりあえずスラムに案内するよ」


 このような場所での立ち話を切り上げ、男の1人が話題を変える。


「スラムは俺たちの生活場所だ。生き残った魔法使いや親魔法使いの人々が集まってる」


 ――この大通りを真っすぐ進んだ先に倒壊したビルがある。そこを抜けた先が俺たちのスラムだ。


 ここからでもよく見える、道を塞ぐ高層ビル。

 その先に形成されたスラムで、魔法使いたちが生活している。


(そこなら、藤ノ宮のことを聞けるかもしれない)


 かもしれない。

 あいまいな表現を思い浮かべる蒼汰だが、それには理由があった。


 先ほど男たち、自らをレジスタンス日本支部ではないと言っていた。

 穏健派のスラムレジスタンスと呼称していたが、何か理由があってその区別を用いているのだろう。


 麗の組織と別組織であるならば、彼女の居所に関する有益な情報を得られるかも怪しい。


(それに日本支部であることを強く否定して、スラムレジスタンスであることを懸命に主張してたよね……)


 あの態度を見る限り、麗の属するレジスタンス日本支部と確執があるのだろう。

 

 少なくともレジスタンス日本支部は良い目で見られてはいない。

 そう考えるのが自然だ。


「お前がどこから来たのか分からないが、俺たちは歓迎するよ」


 だが、とりあえずこの時間軸の拠点を確保することができた。

 一刻も早く麗を見つけるために長居はすることはできないが、それでも彼らの好意に甘えよう。


 男たちが先導し、蒼汰をスラムへ導き始める。


「あ、ちょっと待ってください!」


 蒼汰は彼らを呼び止める。


「どうした?」


「廃墟街の外にいる僕の仲間たちが重症なんです。彼女たちもスラムに連れて行きたいのですが」


 蒼汰の訴えを聞き、男たちの顔つきが変わる。


「――分かった、それならスラムにいる救護班を要請しよう」


 男の1人が通信機を取り出し、スラムへの連絡を入れる。


「仲間たちはどんな状態だ?」


 救護班との通話の繋がった通信機を蒼汰の前に差し出す。


『――こちらはスラム救護班です。お仲間さんの状況をお聞かせ願いますか?』


 通信機越しに救護班の問診が響く。

 

「外傷はありません、です体調不良でひどい衰弱です」


 スピーカーに仲間たちの状態を語り掛けた。


『――了解しました。すぐにそちらに向かいます』


 通信が途切れる。


「――救護班が来たら道案内を頼む。俺たちも手伝うぞ」


「ありがとうございます」


 彼女たちを安全な場所まで運べる段取りが付いた。

 スラムへ移動後に本格的に救護班の治療が行われるだろう。

 その間、蒼汰が1人で麗を探すこととなる。


 蒼汰はもう一度、廃墟街を見渡した。

 この世界のどこかにいるであろう麗を想い、物思いにふける。


 本に記述のない東京の荒廃。

 何らかの因果で過去が変わり、このような東京の姿になったのだろう。


 今はそのようにしか予想できない。

 しかし、もっと複雑で残酷な世界の仕組みが稼働している。

 蒼汰がそれを知るのは、もう少し先のことだ。

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