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2022年5月

 砂地やアスファルトを蹂躙しながら停止したタイムマシン。

 タイムマシン船底によって擦られた地面は、摩擦によって熱気を上げていた。

 

 不時着の衝撃で航行機能が損壊。

 完全に時間移動どころか異世界転移も不可能となったタイムマシン。


 全員が衝撃に磨り潰されることなく生存できたことは幸運だ。

 それでも、時空間移動手段を失ってしまったことは最上級の不運である。


『――そうか、了解した』


 無事であった数少ない機能の1つ。

 ノイズまみれの言葉が、通信機越しに蒼汰に伝わる。


「やはり、後藤の手が回っていると考えるべきでしょうか?」


『――そうだな、時間軸を超えて君たちに干渉をしてきていると考えてもよいだろう』


 こうして蒼汰が連絡を取っている相手、それは諜報長官であった。


 図書館からの一連の動きの中、こうして通信を行う余裕がなどなかった。

 今ようやく通信機のスイッチを入れることのできる段階になり、蒼汰は諜報長官への連絡に踏み切ったのだ。


『――君たちは大丈夫か?』


「……大丈夫です」


 2033年の時間軸で、蒼汰たちは仲間の悲惨な過去を知り、死亡を知った。

 

『――辛いこともあるだろうが、引き続き頼んだぞ』


「はい」


『――タイムマシンの件についてもこちらに任せてくれ、急いで手配する』


「ありがとうございます……ですが」


 手配する――諜報長官の言葉に違和感を覚える蒼汰。

 

 正確な時間軸にタイムスリップができない以上、どのように2022年5月にタイムマシンを送り届けるのか。 


「手配するタイムマシンは、どのようにして僕たちの許へ来るのでしょうか?」


 タイムマシンが届かなければ、蒼汰たちはこの時間軸に幽閉される。

 それだけは避けねばならず、諜報長官の明言が必要であった。


『――君たちのタイムマシンのビーコンを辿るんだ』


 諜報長官の説明はこうだ。

 タイムマシンから発せられるビーコンを、常時リアルタイムでキャッチしている。

 記録したビーコンを辿っていけば、正確な時間軸の正確な地点へタイムマシンを送ることができる。


『――予備のタイムマシンは手続きをしているところだが、今すぐに送り込むことは難しい』


 おそらくそれも、ファルネスホルン最高評議会のごたごたに起因しているだろう。

 近いうちに始まるとされる、ファルネスホルン最高評議会への徹底攻勢。

 準戦時体制の中、たった1人の魔法少女奪還の支援など、後回しにされることは目に見えている。

 

「分かりました……ありがとうございます」


『――こちらもできるだけ急がせる、ではな』


 通信が途切れ、蒼汰はマイクから顔を離す。


「……とにかく、行かなくちゃな」


 蒼汰は席を立ち、後部座席の方へ振り返る。


 ボロボロに焼き焦げ、粉砕箇所も目立つ機内。

 そんな中で座席を倒し、横になっている女性たちがいた。


「みんな、そろそろ移動だけど……動ける?」


 時空間航行路は心身に悪影響を与える。

 人間では適応できない環境に晒され、蒼汰の仲間たちは揃って体力を削られていた。


「大丈夫……です」


 ヘスティアは青い顔をしながら、重い体に鞭打って起き上がる。


「うん、今行くから……」


 ヘスティア同様ダメージを受けている幸奈。

 力ない動作で体を起こす。


「エーデルワイスさん?」

 

 ただ1人、エーデルワイスからの反応がなかった。  

 荒い息を吐き、戦闘時の元気は見る影もない。

 全員が蓄積された悪影響によって蝕まれている。


「……いや、やっぱり僕が1人で行ってくるよ」


 そう言い残し、蒼汰は搭乗口へ向かう。


「ま、待って……吉野君」


 弱弱しい幸奈の声が届く。


「1人でなんて危ないよ……」


「……みんなは藤ノ宮のために無茶をしてきたでしょ?」


 蒼汰は幸奈に背を向けたまま、自分の心境を語る。


「だから今度は、僕が藤ノ宮のために無茶をするよ」


 蒼汰は幸奈の制止を聞かず、搭乗口から外へと飛び出した。


 まともな活動のできない彼女たちに、これ以上の無理はさせられない。 


 タイムマシンから降り、地面を踏んだ。

 ここは前回の転移の時に自然公園があった場所。

 だが今は、自然も存在しない瓦礫塗れの空間であった。


「ここが、2022年5月……」


 人どころか、野鳥や虫の気配さえ感じられない。


 蒼汰が降り立った世界は、まさに蹂躙され、破壊された文明の跡地だった。

 

 蒼汰が今いるこの時間軸、2022年5月以前に何かがあったのか。

 

 いや、蒼汰の頭の中の疑問はそれではなかった。


 ――たった10年ほどで、文明が再建されることは可能なのか。


 それこそが、蒼汰の抱いた疑問であった。


 今度は目の前に佇む街へ目を向ける。

 

 淘汰された自然。

 破壊され尽くした街。

 灰色の空、灰色の街――葬り去られた人間の世界。


 蒼汰たちが魔法使いとぶつかったのが、2033年の10月。

 あの時の街並みは、どこもかしこも整備され尽くされた東京の姿だった。


 蒼汰はタイムマシンから離れ、目の前に位置する廃墟街を目指す。


 しばらく歩いてみても、誰かとすれ違うこともない。

 瓦礫と車のなれの果てを見かけたとしても、人間の姿はどこにもなかった。


「……近くで見ると、本当にすごいな」


 廃墟街に入口に立った時、街の状況がよく見えた。

 道路を塞ぐ瓦礫。 

 倒壊したビル。

 蒼汰の行く手を阻む要素が、そこら中に転がっていた。


 蒼汰はそれらの障害を乗り越え、街の内部へと突き進んでいく。


(廃墟街を抜けて、その先にレジスタンスアジトがある……)


 幸い、レジスタンス日本支部のアジトの場所は割れている。

 蒼汰が持ち込んだ本によれば、廃墟街の向こう側にアジトがあったとされる。


 もちろん蒼汰1人でアジトに乗り込むわけではない。

 まずは様子を見るだけだ。


 だが彼の仲間たちが回復し合流した時、この時間軸でできることをやるつもりだ。

 

(だけど、何だろうな……)


 国際保安理事会もいない、これほどまでに破壊された街だ。

 アジトが存在しているのか、懐疑的な感情が浮かび上がる。


 代り映えしない景色の中、それまで沈黙を守ってた大天使が反応する。


『――蒼汰様、私はこの時間軸であなたがやろうとしていることに関して疑問があります』


 蒼汰の歩行がピタリと止まる。


『――2022年時点の藤ノ宮麗は、後藤によって連れ戻される前の彼女です。加えて――』


 ――あなたの補佐監査官として、あなたの世界に来る前の彼女です。


「分かってるよ、この時代の藤ノ宮は僕のことを知らない」


『――諜報長官に拾われる前の、あなたのことを知らない彼女を救ってしまったら――』


 蒼汰は口を結ぶ。


 未来が変わるかもしれないのだ。

 

『――ここで彼女を保護すれば、後藤の魔の手から救うことができます。ですが――』


「それが最良の未来の形――僕はそう思ってるよ」


 大天使は黙り込む。


「別にこの時代の藤ノ宮を連れ戻すわけじゃないよ。あの男から救い出す、それだけ」


 蒼汰の世界にやって来た麗は、2023年の彼女だ。

 トラウマを隠し持ちながら、無理して気丈に振舞っていた彼女だ。


 幸奈に聞いた話だが、麗は『ミコト研究機関』の中央エレベーター内でおかしな様子を見せていたそうだ。

 幸奈の気合投入に激しく動揺を見せた麗。

 普段冷静沈着に振舞う彼女が、敵地で気を抜くという行動をしてしまった。


 幸奈曰く、あの時すでに麗の押し留めていたネガティブが、徐々に徐々に噴出し始めていたのではないか、と。


「だから、彼女を保護して諜報長官の許に身を寄せてもらうんだ。たとえそれで未来が変わっても、藤ノ宮にとって安心な未来だったら僕も嬉しいんだよ」


『――そうですか』


 やはり、蒼汰は気が付いていないんだ。

 世界と時間軸に関わる秘密に。


「――だから、大天使も手伝ってくれる?」


 大天使は答えない。

 一文字に結んだ口がピクリとも動くことなく、ただ時が流れる。


 蒼汰も蒼汰で、彼女の返答を待ち、時を過ごす。


 だが、止まった2人の時間は思わぬ形で動き出す。

 

 蒼汰の背後で物音がした。

 続いて響く、砂利を踏む音。


 聴覚が異変に気付き、蒼汰は後ろを振り向いた。


 そこには、2人の男が立っていた。

 汚れた小汚い服装をし、ところどころ包帯で傷を隠す大人。

 明らかに一般人ではないと、腰の拳銃が物語っている。


「――おいお前」


 1人の男が蒼汰に話しかける。

  

 蒼汰は身構えた。

 だが彼とは反対に、その男は飄々とした雰囲気で続ける。


「お前、魔法使いだろう?」

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