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時空間航行路へ

 魔法使いの追跡を振り切り、蒼汰たちはタイムマシンへと辿り着いた。

 蒼汰は扉のロックを解除し、機内へと入り込む。


 彼の搭乗を認識し、タイムマシンが自動で機関を起動させる。

 

 ヘスティアとユキナは外でエーデルワイスの到着を待つ。

 加えて追手の可能性も考慮し、歩哨として周囲の警戒も厳とする。


 タイムマシンがいつでも出航可能状態になったことを確認し、蒼汰は一度外に出た。


 この時、外に出た蒼汰をじっと見ていたヘスティアが、彼の傍まで歩み寄る。


「……心配をなさらなくても大丈夫ですよ?」


 蒼汰の表情の意図を察したヘスティア。

 エーデルワイスの身を案じていたことが表情に出ていたのだろう。


「ありがとうございます……」


 ヘスティアも蒼汰と同じでエーデルワイスを許す気はない人間の1人だ。

 だが、今は協力者として彼女が無事に帰ることを待っている人間の1人でもある。 


 自分と似た感情を抱く蒼汰に声をかけたヘスティアは、蒼汰の持つ本に注目する。


「蒼汰君、それは?」


 脇に抱える本を指摘された蒼汰。

 それは蒼汰が持ち出した、レジスタンス日本支部の記録を綴ったものだ。


「僕が図書館で見つけた、藤ノ宮のことが書かれた1冊の本です」


 蒼汰の言葉にヘスティアはもちろん、ユキナも反応を見せる。


「見てくださいヘスティアさん、胡桃沢も」


 ユキナが蒼汰の傍まで駆け寄り、3人がその場に集まる。


「――ここの記述です」


 問題のページを探り当て、蒼汰は彼女たちに内容を公開する。


 真剣にページに書かれていた文字を読み取っていく2人。

 そして徐々に変化していく彼女たちの表情。

 それは内容の驚愕さを写してのことだった。


「――2028年、藤ノ宮麗22歳……銃殺刑」


 ぽつりと呟くユキナ。

 ふるふると肩を震わせ、それは隣のヘスティアにまで伝染していく。


「僕たちは次のタイムトラベルで向かうのは、2023年から2028年4月の間……かな」


「……それが一応の目標、ということですね?」


 精密な時間移動を望めないからこそ、ヘスティアは一応と付け足した。


 蒼汰の示した5年の隔たりは、最大限譲歩した目標である。

 麗が生存していることを最低限の目標としているが、本命は2023年。


「そうですね。タイムマシンの性能が完全じゃない以上、祈る他ありませんが――」


 蒼汰のセリフの終了と同時――


 彼の羽織るブレザーの内ポケットの中で、スマートフォンが暴れ始めた。

 バイブレーションが作動し、蒼汰はすぐにそれを手に取った。


 画面上に表示されたのは、登録済み電話番号。

 エーデルワイス――殿を務めた魔法使いからの着信であった。

 

「エーデルワイスさん? 今どこですか!?」


 蒼汰は送話を待つ。

 傾聴する蒼汰が聞き取れるものは風切り音、そして空気を吸い込んだ彼女の息遣いであった。


『――自然公園の傍まで来ているわぁ! それよりも、タイムマシンの準備はできているわねぇ!?』


「あなたが乗り込めばすぐに発進できますよ」


『――それじゃあ遅いわぁ、私が来る前に発進をしちゃってぇ』


「……タイムマシンのことが知られているんですか?」


 彼女の口ぶりからするに、おそらくタイムマシンの存在がバレているのだろう。

 蒼汰たちは現在地特定を恐れ、細心の注意を払ってここまで来たのだが――


『――生き残りをぶっ殺す前に尋問して吐かせたわぁ、すでに別動隊が動いてるってぇ』


 ――別動隊!?


 図書館に集まった魔法使いが、エーデルワイスとの戦闘中に仲間に連絡をしたのか?

 

「……分かりました。エーデルワイスさんは追いつけますか?」


『――何とか追いつくわよぉ。間に合わなくても絶対に乗るからよろしくねぇ!』


 そう言い残し、エーデルワイスからの通話が途切れる。

 

 通話中の蒼汰の言葉を聞いていたヘスティアとユキナ。

 瞬時に迫り来る敵の魔力周波を察知。 

 2人が同時にその方向へ戦意を向ける。


「――ユキナ!」


「――うん!」


 ヘスティアのランスに、ユキナの魔法のステッキに魔力が収束する。


 蒼汰は再びタイムマシンの中へ戻り、操縦席のAIに語り掛ける。


「――発進して! 2023年11月に!!」

 

『――認証、離陸態勢に移行。設定、2023年11月』


 蒼汰の声で、AIが作業を開始。

 すでに起動していたエンジンが、動力に熱を注ぎ込む。


 機関が大きく唸り出し、時を巻き戻るために経由する空間――時空間航行路へのゲートを開く。


 こうしている間にも、外から聞こえる魔法少女たちの魔導砲撃音は開始される。

 その迫力は即座に苛烈を極め始め、それとほぼ同時に爆裂音がまでもが轟き回る。

 さらに、蒼汰の足元にまで響き渡る地響きさえ伝わってきた。


(敵の魔法使いからの反撃かな……)


 周囲から聞こえ始めた爆音が、一気に自然公園を戦場に塗り替える。


 操縦席の背もたれに掴まり、蒼汰はモニターの数値の上昇を見つめていた。


 ゲートの構築率65パーセント。

 比較はできないが、感覚的に構築速度はとても速い。


 こうして魔法使いに襲撃されている以上、それはありがたい速度であった。


(けど、今は……)


 未だエーデルワイスが姿を見せない。

 エーデルワイスは追いつくと明言した。

 だから必ず間に合う、そう思いたい。


「急いで……エーデルワイスさん……」


 徐々に上がる数値。

 激しさを増す戦闘。

 彼女の未帰還。


 どうか、全部が上手くいく運命を――


 ゲート形成率は90パーセントを超える。

 

 蒼汰は奥歯を噛み締め、タイムマシンの搭乗口から顔を出す。


 外で戦う2人の魔法少女。

 空と陸から迫る魔法使いに応戦する彼女たちに向かい、蒼汰は声を張った。


「ヘスティアさん、胡桃沢――戻って!!」


 大天使の力が発動される。

 蒼汰の瞳に宿った赤色は、彼女たちへ即刻帰還を要求。


 蒼汰の言葉に反応を見せたヘスティアとユキナ。

 最後の最後に魔導弾を敵魔法使いに叩きつけ、2人はタイムマシン搭乗口まで跳躍した。


 顔を出していた蒼汰を押しのける形で2人はなだれ込む。

 その直後、AIがスピーカーを通して声を発する。


『――伝達、ゲート構築完了。続いて伝達、これより時空間航行路へ転移開始』


 ヘスティアとユキナに押し倒された蒼汰が体を起こす。


 目の前で自動で閉じる搭乗口扉。

 

 タイムマシン全体がゲートに吸い込まれ、その先の別空間へと転送される。

 それまでの自然の風景は姿を消し、窓から7色の光が差し込み始める。


 蒼汰たちが麗の世界に転移する際にも通った時空間航行路。

 異世界転移時に経由する、世界と世界の狭間。

 そして、時間移動時にも経由される世界でもある。


 蒼汰、ヘスティア、ユキナ――


 たった3人だけを乗せたタイムマシンは2033年を後にし、こうして時空間航行路へ突入した。


 蒼汰が見渡す機内。

 そこには自分と同じく上半身を起こしたヘスティアとユキナがいた。

 エーデルワイスを除き、彼女たち2人がそこにいた。


 蒼汰の命令を遂行し、洗脳の解けた2人はいるはずのもう1人の姿を探していた。


 蒼汰はそっと立ち上がり、窓の外へ目を見遣る。

 外はこのタイムマシン以外、物体の存在しない異空間。

 無論、エーデルワイスの姿はどこにも――


 刹那、タイムマシンに衝撃が走る。


 足元がぐらつき、蒼汰は床に叩きつけられる。

 ヘスティアとユキナも同時に倒れ込んだ。


 タイムマシン全体を揺らす衝動は一旦の収まりを見せ、不気味な静けさを漂わせる。


 頭に響く鈍痛に耐えながら、蒼汰は近くの座席に手を伸ばす。


「――いきなり何で……どこか壊れたんじゃ……」


 最悪の瞬間が頭を過ぎる。

 こんな異空間でタイムマシンの故障など冗談ではない。

 

 この閉鎖空間から抜け出せなくなったら、麗の救出どころの話ではなくなるのだ。


 タイムマシンは自動操縦。

 操縦桿やその他操縦基盤が存在しており、やろうと思えば手動操縦もできなくもないだろう。


 だがその知識も経験もない3人では、この事態を切り抜けられない。


 蒼汰が立ち上がろうとしたところ、再び大きな揺れが巻き起こる。


 加えて深刻な事態に水を差す存在が、タイムマシン入り口扉に牙を立てる。


 吹き飛ばされた扉。

 ヘスティアとユキナに激突した扉は機内に転がり、見るも無残な変形を遂げる。


 そして蒼汰たちを追い詰める魔の手が、空間を超えてタイムマシンに伸ばされる。


「――ここまで追いかけてくるなんて」


 焼け焦げた衣装を身にまとい、剣を握る男。 

 

 別動隊として動いていた魔法使いが、タイムマシンの中に足を踏み入れた。


「――吉野君下がって!!」


 咄嗟にユキナが立ち上がり、魔法のステッキを全力で投擲。

 蒼汰の髪を掠めて、魔法使いの腕へと突き刺さる。


「さあ蒼汰君、こちらへ!!」


 ヘスティアが蒼汰の腕を鷲掴み、後部座席へと誘導する。


 彼女に手を引かれる時、遂に魔法使いとユキナの衝突が開始される。


 ユキナは2本目の魔法のステッキに魔導ブレードを形成。


 魔力と実体の刀身が撃ち合い、魔力閃光と火花が弾かれる。


 ユキナと鍔迫り合いをする魔法使いは、全身ズタボロ状態。

 2人が最後に放った魔導弾に巻き込まれたのだろう。


「まさか、タイムマシンに引っ付いてくるなんて……」


 おそらくこの空間に転移する直前に、タイムマシンの表面に掴まってきたのだろう。


 それでも、勝敗はすでに見えている。


 魔力や体力を消費しているとはいえ、無傷のユキナ。

 全身に重傷を負い、徐々に斬撃に陰りを見せ始める魔法使い。

 

 ユキナの横薙ぎが、相手の握る剣を吹き飛ばすのに時間はかからなかった。


 武器を無くし、退路さえない魔法使い。

 時空航行路に飛び降りることもできず、両手を挙げて投降を示す。


 形成されたブレードを消失させ、ユキナは魔法のステッキを下ろす。


「……ヘスティアちゃん、ちょっとこっちに――」


「――よそ見をしないで! ユキナ!!」


 ヘスティアに促され、ユキナが振り返った。

 そこには抜いた短剣を振りかぶる、魔法使いの姿があった。


 ユキナは即座に魔法のステッキを構え、防御姿勢に移行。

 それでも、短剣の刃先がユキナの顔に傷をつける方が早かった。


 彼女の顔に血が降りかかり、足元にも飛び散った。

 

 蒼汰とヘスティアが絶句する中、力を失った腕の筋肉が魔法のステッキを床に落とす。


 ユキナの頬を抉る短剣。

 魔法使いの胸部を貫く両手剣。

 

 背後から刺突は、一瞬にして魔法使いを絶命させた。


 あまりの出来事に魔法のステッキを落としたユキナは、失いかけていた意識を取り戻す。

 魔法使いの血液で汚れた顔の彼女は、ウェーブのかかったブロンドヘアを目撃した。


「エ、エーデルワイス……」


 魔法使いの胸から突き出た白銀の剣がずるりと抜ける。


「――遅くなったわぁ、ごめんなさぁい」


 刀身の血を振り払い、エーデルワイスは鞘に剣を納める。


「エーデルワイスさん……」


 転がる死体に顔色を悪くしながらも、蒼汰はエーデルワイスに安心したような表情を見せた。


「もう、私が乗る前に扉閉まっちゃってぇ、尾翼に掴まるのは大変だったわ――」


 その時。 

 エーデルワイスの声をかき消す、後部搭乗口の爆発音。


 後部座席の後ろに備え付けられた搭乗口扉が、爆発によって吹き飛ばされる。


 これまで以上の大きな揺れが蒼汰たちを襲う。


 遠慮のなく左右へと揺さぶられ、蒼汰の手が座席の背もたれから離れていく。


 身の支えになるものを失い、蒼汰は抗えぬ力によって壁に全身を叩きつけられる。

 

 脳を揺さぶった衝撃は、意識を奪うには十分過ぎるものであった。


 暗転していく蒼汰の視界に最後に映ったもの。

 それは後部搭乗口から侵入したもう1人の魔法使いであった。

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