この世界の魔法使い
正面入り口は敵意に埋め尽くされている。
かといって、裏口であっても人手が少ない逃げ道として通用するはずもない。
1階の出入り口の全てが固められていると考えるのが妥当である。
その他のあらゆる可能性も踏まえて、蒼汰たちは図書館2階へ駆け上がっていた。
ヘスティアが2階の関係者以外立ち入り禁止の扉を蹴り破る。
誰もいないスタッフ用休憩室に入り、扉の鍵を閉めた。
「――い、いっぱいいるよ!」
幸奈は窓の向こうの光景を前に慌てふためく。
窓の外には、図書館を包囲する国際保安理事会の姿が多数存在する。
加えて、図書館職員が通報したことによるさらなる増員も考えられる状況である。
すでに突入部隊は、図書館1階に到達済み。
2階へ上がられるのも時間の問題である。
蒼汰は階段を窓の外、いつしか上って来られる階段を交互に見渡し――
「――窓から! 窓から出よう!!」
蒼汰が声を張り、ヘスティアが即座に窓ガラスを叩き割った。
国際保安理事会が包囲していようとも、図書館には一般人が大勢いる。
加えて、外にも野次馬一般人が大勢ひしめき合っていた。
あちらから図書館2階の状況が分からない。
2階に職員がいた場合、窓への発砲は流れ弾の危険性が高い。
発砲が許可されるとは考えにくかった。
ヘスティアに続き、全員が窓から身を乗り出した。
「――タイムマシンまでひとっ飛び!!」
窓枠を蹴って外に出た幸奈が魔導開放する。
彼女の全身を覆っていた『隠密術式』が消滅し、内側から魔力が溢れ出す。
首から下げた霊装たるブローチが光りを発し、幸奈の固有魔法を現出させる。
全身が魔力光に包まれ、彼女の着る服がみるみるうちに変化を迎えた。
「――来て、空飛ぶほうき!!」
ミラクル☆ユキナが願う。
そして空飛ぶほうきは、彼女の願いによって召喚される。
ユキナが空飛ぶほうきに跨り、その後ろに蒼汰が着座。
ヘスティアとエーデルワイスも『隠密術式』を破り、OS『巡行』で空へ飛び立つ。
群がる群衆の真上を飛行し、蒼汰たちは急いで図書館から遠ざかろうとした。
「――胡桃沢! 相手がこっちを見失うように、出来るだけ速く、低く、大回りでタイムマシンに向かって!」
何もない空を飛び続ければ、目視による被発見率が高くなる。
だから街の中に逃げ込み、街並みの複雑さを利用して逃亡を図ろうと考えたのだ。
「え!? 一直線にタイムマシンまで行かなくていいの!!?」
蒼汰の要望の半分を聞き入れ、急激に加速するほうき。
蒼汰は必死にユキナにしがみつきながら、彼女の問いかけに返答する。
「連中にタイムマシンの在処を悟られたくない! だから――」
――僕たちの目的地予想を攪乱させる!!
そう言いかけた蒼汰の言葉を、上空より飛来した高熱源体がかき消した。
彼らの真横をすり抜ける高熱の光。
それは真っすぐに地上へと吸い込まれ、図書館敷地内に着弾した。
「熱っ!!?」
眼下より舞い上がる炎の熱が、上昇気流を引き起こしてユキナの髪を吹き散らす。
地上よりオレンジ色の爆炎が立ち昇り、爆発の衝撃は図書館の外壁を叩き壊すのに十分な威力であった。
巻き込まれた国際保安理事会や野次馬の安否。
それを確認するまでもない攻撃は、確か空から降り注いだ。
「上から――」
蒼汰は天空を見上げる。
思わず目を細めてしまうほどに明るい、快晴の空。
蒼汰以下全員が見上げた先に、彼らはいた。
青空を背景に、数人が空中で滞空していた。
ユキナと同じ空飛ぶほうきで滞空する男女。
蒼汰たちを訝しむ表情で見下ろす彼らが、何やら小声でコンタクトをとる様子が見て取れた。
数秒の会議が終わった時、魔法使いの表情が変わっていた。
彼らの顔には、明らかな敵意が浮かんでいたのだ。
無言で見つめ合う両グループ。
「あ…あの……」
不幸にも魔法使いの敵意を読み取れなかった蒼汰。
彼が謎の集団とのコミュニケーションを図ろうと口を開いた――
「――礼儀がなっていないようねぇ!? この駄犬!!!」
エーデルワイスが前衛にいた男の魔法使いに対して突進。
腰の鞘を掴み、甲高い音を立て再び剣を抜いた。
それと同時に、魔法使いの持つクロスボウの矢が蒼汰に向かって射出される。
剣が魔法使いを、矢が蒼汰を撃ち抜こうと肉薄した。
結果、エーデルワイスが魔法使いを斬断。
クロスボウの矢は、蒼汰の前に立ちはだかったヘスティアによってはじき返された。
エーデルワイスは剣を保持したまま、再び飛行を開始する。
ユキナは空飛ぶほうきの舵を切る。
蒼汰を振り落とさないように急反転し、戦闘空域からの脱出を図る。
「あ、あの人たち! 助けてくれたんじゃないの!!?」
加速するユキナを見て、血相を変えた集団が追撃を開始する。
ヘスティアも加速しユキナの隣を並走する。
今も後ろを飛ぶ魔法使いを尻目に見ながら、ヘスティアは蒼汰に言葉を飛ばす。
「蒼汰君、連中はそれなりの魔法使いです! 迂回してタイムマシンの位置特定の攪乱はできません!!」
――おそらく私たちの後をぴったりつけてくる。これでは迂回の意味を成しません!!
ヘスティアの言葉通り、例の魔法使いたちはユキナたちの軌道に翻弄されることなく追随している。
相手の力量が大したものだということは理解した。
(でも……どうして僕たちを……)
理解できないことは、相手の攻撃意志の理由である。
図書館を包囲した国際保安理事会職員を砲撃した理由は、容易に想像できる。
しかし、同じ立場の自分たちを攻撃する意図が掴めなかった。
「――吉野蒼汰!」
エーデルワイスが蒼汰の肩を叩く。
「あなたたちはタイムマシンまで一目散しなさぁい、私は肩慣らしにぃ、連中と遊んでくるからぁ」
殿を宣言するエーデルワイス。
「1人で残るんですか……?」
蒼汰が彼女の提案を渋る。
彼の態度にエーデルワイスは口をへの字に曲げる。
彼女のムッとした表情に若干の怯みを見せる蒼汰。
エーデルワイスはそんな彼に追撃をかける。
「いいからぁ、早く行きなさぁい――ぶっ殺すわよぉ!」
エーデルワイスはそれだけ言い捨て、ウェーブのある金髪をなびかせながら方向転換。
迫る魔法使いに正対し、鋭利な刀身に遠慮のない殺意を乗せる。
エーデルワイスの空中戦は、正直言って不利であった。
空飛ぶほうきは『戦闘』OSによるものであるため、空を飛びながらの攻撃魔法が可能である。
それに対し、エーデルワイスは『巡行』に設定して初めて空を飛ぶことができる。
相手の土俵に立つ限り、彼女は戦闘用の攻撃・防御魔法の類を一切使用できない。
となれば、エーデルワイスの攻撃手段は魔力に依存しない物理攻撃のみ。
召喚によって取り出したものとはいえ、あの実体剣だけが今の彼女の取柄である。
徐々に離れていくエーデルワイス。
蒼汰は彼女の後姿を見続けていたが、再び肩を叩かれる感触に意識を持っていかれた。
その行為を行った人物はヘスティアである。
「今は任せましょう、彼女であれば大丈夫です」
エーデルワイスと実際に戦ったヘスティアだからこそ説得力が持てる。
彼女には敗北が似合わないだけの性能が備わっているのだ。
ヘスティアに促され、蒼汰は目の前を向いた。
背中をエーデルワイスに預け、蒼汰たちは下降を始める。
そして街並みに沿って、自然公園を目指して駆け抜けていった。