情報収集
武装集団の警戒を避け、蒼汰たちは足早に街の中へと入りこんだ。
道路を走る車。
歩道を歩く秋服の男女。
至る所から漂う食欲を掻き立てる香り。
蒼汰のいた世界と瓜二つの世界で、街の案内表示を頼りに図書館に入館した。
街中の喧騒が響かない館内では、誰もが無言で本と向き合っていた。
蒼汰たちは麗――レジスタンスに関する資料を探すために本棚を目指す。
政治、国家、社会、歴史など関係しそうなジャンルに絞って手分けして作業にかかる。
タイトルを目印に舐めるように本棚を見渡し、蒼汰はその中の1つに目を付けた。
それを手に取り、もう一度タイトルに目を通す。
『魔法使い~悪夢の生んだ落とし子』
表紙に続いて目次を開く。
――第14章 魔法使い狩りの果て~魔法使い擁護論派の半数が武装レジスタンスを結成~
蒼汰は第14章の始まるページをめくった。
世話しなく文字に視線を這わせ、情報を読み取っていく。
それと共に、蒼汰は得も言われぬ感情に浸っていった。
(この世界で……こんなことが……)
古より魔法使いは、普通でない力を操る者として恐怖されてきた。
忌み人として認識されてきた魔法使いは孤独を感じ、自分たちを迫害する常人に対して牙を剥いた。
世界大戦の最中、彼らは戦闘に乗じて一般市民への無差別攻撃を開始。
戦争終結後にそれが明るみとなり、それがきっかけで世界は反魔法使い論へと傾向。
人々の怒りや恨みを向けられた魔法使いたちは、居場所を追われて孤立。
それでも辛抱強く生きていた彼らに追い打ちをかけるように、魔法使い狩りなる国際組織を発足させた。
そして彼らは、魔法使いたちに天罰を与え始める。
(天罰……問題の魔法使いとは関係のない人まで同類扱いか……)
蒼汰は痛感した。
これが麗の過ごした世界の価値観だということを。
少なくと蒼汰の世界では、こんなことをすれば大問題に発展する。
(その理由が、これか……)
普通の人間として生まれず、周りの人間と違うということが孤独を生んだ。
普通ではない人間は孤立する。
幼少期からの孤独は、その魔法使いの心を蝕んでいった。
この本に書いてあることが全部真実だとは思っていない。
世界が反魔法使いの潮流である以上、魔法使いを悪く扱うプロパガンダも含まれているだろう。
蒼汰は本を棚に戻した。
今読んだ本は、魔法使いに関する大まかな説明。
蒼汰が求めるものは、日本でここ数十年に起きた情報。
主にレジスタンス日本支部の情報である。
いくつかの本棚を通り過ぎ、周りが見えないほど集中して本を探す。
先ほどよりも人が多くなった図書館の中、蒼汰は暖房に負けないくらいの熱を持って蔵書に注視していた。
何人かの男が通信機で会話をしていることなど気にも留めず、蒼汰はそれらしい本を見つけ出した。
『レジスタンス日本支部~烈火の抵抗を見せた彼らが目指したもの~』
――日本支部。
蒼汰が最も知りたかった情報。
刊行日時は2033年6月、つい最近である。
最新の情報が載った中身を開く。
この本には、主にレジスタンス日本支部の設立から活動内容までが取り上げられている。
蒼汰はその中でも、2023年以降の出来事に関する項目を開く。
何度かページをめくっているうちに、蒼汰の目に留まる文章が姿を現す。
(――2028年4月、レジスタンス日本支部による国際反魔法使い組織こと、国際保安理事会日本支部への襲撃)
今から5年前の出来事である。
その襲撃によって、両者含めて約3000人超の犠牲者を出した。
それは17人もの一般市民の犠牲を経て、遂に鎮圧された。
蒼汰はさらに文字に目を走らせる。
首謀者と目される、後藤信一は逃走。
だが生き残った襲撃メンバーは全て捕縛された。
捕縛されたメンバーの中でも、中心人物は極刑が下された。
(極刑とされた犯罪人は女性、高度な魔術であらゆる武器を生成して攻撃する……)
――高度な魔術であらゆる武器を生成して攻撃。
その文章が、蒼汰の頭の中で何度も反芻する。
蒼汰の顎先を汗が流れる。
それは図書館の暖房のせいではない発汗である。
蒼汰の心臓をバクバクと跳ね上げる。
その先を読んではいけない。
心臓の鼓動が警告を発していた。
それでも蒼汰は知らなくてはいけない。
指の汗がページを歪ませる中、蒼汰は続く文章に目を転ずる。
――藤ノ宮麗(22)、捕縛から2日後に銃殺刑。
その文章を読破した瞬間、蒼汰の息が止まる。
銃殺刑――銃弾による死を伴う制裁。
少年が救い出したかった少女は、今はもう――
蒼汰の時間停止は、その後も数秒間続いた。
図書館利用者が彼の後ろを通り過ぎようとも、足音一つ拾わない蒼汰の耳。
あらゆる音を遮断し、何が何でも蒼汰の意識を拘束し続ける。
彼女はこの世界に連れ戻されてから5年後、テロリストとして処刑されていた。
ファルネスホルンの人間として、蒼汰を補佐してきた少女。
道から外れたり、蒼汰が裏切ったりしないかを監査してきた仕事人。
彼女は人々を救うために、『ゼネラルメビウス』完成のために蒼汰と共にしてきた。
そんな麗がテロリストとして、日本の、世界の敵として処刑された。
(いや……感傷に浸るのは早い……)
この世界での蒼汰の目的は、彼女の行方に関わる情報を探ること。
麗の死も、単なる足取りを追うための情報の1つである。
無事に彼女を救えれば、この時代における彼女の死という事実は消滅する。
蒼汰は衝動を抑え込み、再度本を読み始める。
藤ノ宮麗は数年の間危険視され続けた、最高ランクのA級討伐対象。
他の者を差し置いても、彼女だけは優先して処理する必要に迫られた。
そして2028年の、レジスタンスによる大規模攻撃。
その時、遂に軍隊並みの戦闘力を持つ藤ノ宮麗を捕縛した時、反魔法使いは歓喜した。
他のレジスタンスによると、藤ノ宮は一度姿をくらませていたようだ。
だがそれも数週間だけであった。
2023年から2028年まで、日本における残虐なレジスタンス活動に従事していた。
(2023年から、2028年までは日本での活動をしていた……)
それならば、今度は最低でもその5年間の時間軸に時間移動をしなくてはならない。
彼女の生存期間を知ることができたのは大きい。
次は麗の詳細な活動記録を探ろう。
そうすれば、彼女がいつどこで何をしていたのかを掴むことができる。
「――失礼」
不意に声をかけられた。
ヘスティアや幸奈、ましてやエーデルワイスでもない第3者の声。
蒼汰が振り向いた時、そこにはスーツを着た男性が立っていた。
「えっと……」
言葉が見つからず、蒼汰はテンプレートな3文字で沈黙を埋める。
「――急に声をかけてすまない、我々は国際保安理事会の人間だ」
本に記載されていた単語。
蒼汰は何やら不穏な影が付きまとっていることを瞬時に察知した。
その不穏さを重厚化するように、蒼汰の周りを複数人の男が取り囲んでいた。
「今我々は保安任務に従事中でね、人々の安全と安心を転覆させる不穏分子の調査をしているところなんだ」
まるでその不穏分子を目の前に捉えた、とでも言いたげな瞳。
囲まれている以上、蒼汰に逃げ道はない。
蒼汰は考えた。
なぜ自分は疑われているのか、どのような経緯でそうなったのか。
(大天使の魔力周波が捉えられた……そうでもしない限り、魔法使いの発見なんてできないよね……)
厳密に言えば蒼汰は魔法使いではない。
だが大天使が魔力周波を発している以上、それを探知される可能性はあった。
(魔力周波は魔力使用時に多く放出されるものだけど、通常時もほんの少しだけまき散らしてるんだったかな……)
だが今回限りは魔力周波を探知されたなど、あり得ない話だった。
「君にも協力してほしい、任意同行をお願いできるかな?」
魔力周波を発見されないよう、蒼汰たち全員の体には『隠密術式』が付与されている。
効果時間内である以上、こうして魔法使いだと疑われるのには理由があるはずだ。
スーツの男たちは、徐々に蒼汰を囲む輪を狭くしていく。
口では任意同行を唄っているが、腹の中では強制連行でもするつもりであろう。
「時間をかけてしまったな。さあ早く――」
「――あらぁ、随分と優秀な探知犬をお持ちですねぇ?」
セリフを遮る誰か。
色のある声音に全員が振り向いた時、その場の空間が真っ赤に染まる。
蒼汰は思わず目を瞑った。
暖かな液体を被ったことを告げる感触。
静寂に包まれていたはずの図書館に響き渡る阿鼻叫喚。
いつの間にか聞こえなくなった国際保安理事会職員の言葉。
うっすらと目を開けた蒼汰の視界に入ったものは、まさしく処刑場であった。
「――逃げましょう吉野蒼汰。私たちの存在はとっくにバレバレみたいだしぃ」
血濡れの両手剣を払い、エーデルワイスは蒼汰の手を掴む。
「――な、何てことしてるんですか!? エーデルワイスさん!!」
抜き身の剣の1振りで、周囲に群がっていた国家保安理事会職員を惨殺したエーデルワイス。
「あなたは連行されそうになったのよぉ? 連中に捕まったらどうなるか、もう自明のことでしょう?」
「それは十分に理解しています。でも、いくら何でも殺すこと――」
言い争う2人。
そうしているうちに、どんどんと大勢の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「あそこだ! 総員、図書館内での発砲は禁止!! 警戒棒での無力化に努めろ!!!」
街中で見た銃を持った集団――
おそらく蒼汰を囲った斥候が捕縛に失敗した時、即座に突入するように待機していたに違いない。
「――蒼汰君! エーデルワイス!!」
ヘスティアと幸奈の姿が視界に入る。
彼女たちとエーデルワイス、そして迫り来る国際保安理事会を交互に見渡し――
「――分かりました! 逃げればいいんですね!?」
蒼汰はエーデルワイスの手を振り払う。
読んでいた本を抱え、蒼汰はヘスティア幸奈の背中を追って走り出す。
「――こ、こちら2丁目市民図書館です。魔法使いが国家保安理事会職員を殺害――」
図書館職員が受話器に向かって唾を飛ばす。
ヘスティアを先頭にした魔法少女たちに恐れをなし、図書館利用者が道を開けていく。
ちらりと覗いた窓の外。
そこにはすでに、複数の国家保安理事会が図書館を取り囲んでいた。
逃げ道などない。
タイムマシンまで辿り着くためには、この包囲網を突破しなくてはならなかった。
だがこの時、この図書館に向かうもう一派が急速に距離を詰めていた。
科学技術ではない異質な力で加速するその集団は、あらゆる障害を問答無用で吹き飛ばす獰猛な瞳を湛えていた。