タイムトラベル
「すごいね、本当に自動操縦だね!」
自動の操縦系に興味を示す幸奈。
明らかな空元気であることは見え見えであり、蒼汰たちは幸奈を諫めることはしなかった。
空間と時を超えて麗を助けに行くこととなった一行。
彼女のことが頭から離れず、不安定な雰囲気に包まれている。
空元気でもして気分を入れ替えたい気持ちもよく分かる。
シートに座り、シートベルトを着用する以外、全てが自動化されたタイムマシン。
窓際に座り、突入した7色の光が混在した世界の狭間の光景を眺める蒼汰。
彼は神秘的な風景を見ながら、時折諜報長官から手渡されたUSBメモリを確認していた。
座席に備え付けられたパソコンに挿入されたメモリが、画面上にその中身を公開している。
――藤ノ宮麗が連れて行かれた時間軸について。
麗が連れて行かれたのは、西暦2023年11月。
それは麗がファルネスホルン最高評議会日本支部に入るため、その世界を去った時間軸だ。
よって、西暦2023年11月に向けてタイムマシンが航行したわけだが、到着時期にどれほどの開きがあるかは不明。
少なく見積もって数か月、大きく見積もって数十年。
それだけの誤差が生じるには理由がある。
それは神が異世界転移を容易に行えようとも、高度な時間移動の技術を持っていないからである。
たとえ自分の世界であろうとも、自由に指定した時代に行くことはできない。
今回はいつも以上に、完璧を求め辛い展開である。
それでも与えられた手段を活用し、最善を尽くさねばならない。
蒼汰は続く項目に目を転ずる。
――タイムマシン機能の使用限界回数。
そう記された項目に続き詳細な情報が記載されていた。
それによると、このタイムマシンは一度のエネルギー充填で最大4回のタイムトラベルが可能であるようだ。
そのエネルギー充填ができるのはファルネスホルンの専用施設のみ。
今、こうして過去の麗の世界に行くのに1回目のタイムスリップを行っている。
彼女を救出し、元の世界のランダムな時間に還るのに1回を要する。
つまり、やり直しは2回だけとなる。
だが指定した時間に正確に着くことができない以上、やり直しがたった2回というのは酷な話であった。
加えて蒼汰の世界に還る時にも、正確な時間に戻ることはできない。
もしも大天使が目覚める前の時間軸に戻ったら、彼女はどうなるのか?
さらにヘスティアや幸奈との出会いもなかったことになり、こうして一緒にいる彼女たちが突然消失するかもしれない。
もえかだって、再び人工魔法少女の実験を繰り返す日々に戻るかもしれない。
今までに回収した文書は、一体どうなるのだろう。
未完成とはいえ形成された『ゼネラルメビウス』は構成されなかったことになるのか。
時間移動に関する知識も経験もない蒼汰。
気がかりなことに頭をよぎる。
それに加えて――
蒼汰は後ろの座席へ視線を移す。
一番後ろの座席に座り、外の景色を眺めているのはエーデルワイスだった。
かつて蒼汰を殺害しようとした反体制派の人物。
彼女の本質を知っているからこそ、信用の置けない厄介な協力者という印象が強かった。
諜報長官は、エーデルワイスが危害を加えることはないと言っていた。
その理由は、彼女の胸元で光る宝石。
それに関する諜報長官の説明を思い起こす――
「エーデルワイスさん……」
あの時、フランスでの記憶が蘇る。
蒼汰にしか回収できない『ワルプルギス文書』を奪い去るために暗躍したオルレアンの戦姫。
反体制派に利用され、蒼汰たちに牙を剥いた美女。
「――ふふ。こうして再び顔を合わせて気づいたのだけれどぉ、あなた前より成長した顔つきになっているわねぇ?」
切れの悪い口調が蒼汰の鼓膜を撫でる。
反体制派としてフランスで猛威を振るい、その後ファルネスホルンによって身柄を拘束されていた。
「――今のエーデルワイスは首輪付きだ。君たちに敵意を向けようとも、決して手を出すことは許されない」
敵意を向けようとも――
諜報長官のその言葉が、ヘスティアと幸奈の肩を震わせる。
「――ふふ、よろしくぅ」
エーデルワイスは笑顔である。
だが彼女の笑顔の奥底にあるドス黒い闇を、彼女たちは実際に経験している。
首輪付きであろうとも、ヘスティアたちはエーデルワイスの動向に懐疑的であった。
「……首輪が付けられているということは承知しました。ですが、その首輪は十分に効力を発揮できるものなのでしょうか?」
蒼汰はエーデルワイスを尻目に見ながら、諜報長官に疑問をぶつける。
エーデルワイスに対して敵意を露わにしない蒼汰。
だが彼は、心の中で彼女に対する不信感を拭えないでいた。
「彼女の素行に関しては十分理解しているつもりだ。だからこそ、それに対抗できるだけの首輪を用意したつもりだ」
そう説明しつつ、諜報長官はエーデルワイスの胸に指を指す。
「あれが所謂、首輪というものだ」
彼が指し示す先。
エーデルワイスの胸元に埋め込まれた、緑色の光を発する煌びやかな宝石。
「万が一彼女が君たちに危害を加えようとする予備動作に入った瞬間、あの宝石が爆発する」
反旗を翻した時に作動する処刑装置。
「――彼女は処刑を免れる代わりに、ファルネスホルンとして剣を持つことを許可された囚人だ」
エーデルワイスの現状を聞き、ヘスティアと幸奈の強張った表情が和らいでいく。
彼女への不信はあるが、反逆の可能性という潜在的脅威がなくなった。
そんな中、蒼汰は複雑な心証を抱いていた。
エーデルワイスを許す気など毛頭ない。
それでも自分の命を人質にされ、駒として使われるエーデルワイスに――
ほんの少しだけ、憐みのようなものを感じていた。
「……たくん……うたくん」
意識の所在が曖昧であった。
そんな中、蒼汰を揺り動かす呼び声と感触が、脳に覚醒を促していた。
「――蒼汰君」
耳元で呼ばれる自分の名前。
蒼汰の意識は回想から引き剥がされ、現実に回帰する。
「……ヘスティアさん」
すぐ近くにある端麗な顔。
垂れた赤髪が蒼汰の足をくすぐるほど近い距離にいたヘスティアは、戦闘時に身を固める騎士服を脱いでいた。
ニットとロングスカートという、蒼汰の世界での普段着のヘスティア。
ショルダーバッグを持ち外に出る準備の整った彼女の背後から、エーデルワイスが顔を覗かせる。
「早くなさいなぁ、もう藤ノ宮麗の世界に到着したわよぉ」
ヘスティアの鋭い視線を受け流しながら、純白のドレスからニットとロングスカートに衣装変更したエーデルワイスは平然と唄う。
ヘスティアはドレスしかないエーデルワイスに自分の服を貸すしかなかったことに対し、口をへの字に曲げている。
蒼汰はシートベルトを外し、席を立つ。
そして操縦席の方へ向かっていき、計器類を確認し始める。
複雑に配置されたボタンやレバーの間にモニターを見つけた。
覗きこんだモニターに表示された文字は、蒼汰を落胆させるのには十分であった。
「……西暦2033年、10月……」
麗が連れ去らわれたのは2023年。
それから10年が経過した時代に到着していたのだ。
2033という文字を凝視したまま固まる蒼汰。
その時、ヘスティアが彼の肩をポンと叩く。
「蒼汰君、どうします?」
ヘスティアはモニターの2033年という文字を眺め、蒼汰に問う。
――すぐに時間移動をし直すか、この時代でできることをやってから時間移動するか。
「……まずはこの時代で色々と探ってみよう」
資料か何かの情報を探ろう。
1回目のタイムスリップは、正直言って失敗である。
だが、やれることはある。
蒼汰とヘスティアは操縦席を離れる。
入口付近ではエーデルワイスとセーラー服姿の幸奈が待機していた。
幸奈が扉の開閉スイッチを押し込み、扉が口を開けていく。
外界の空気が機内に流れ込み、蒼汰の鼻腔を抜けていく。
強い草木の香りを感じ、外が自然に囲まれた空間であることを認識する。
「……自然公園だよ、ここ」
一足先に幸奈が外に出る。
時間移動時の異空間を抜け、直接木々の狭間に降り立ったタイムマシン。
幸奈は異世界の草を踏みながら、辺りの様子を見渡した。
「向こうの方にうっすらビルとか見えるね」
幸奈が指を指す。
目を凝らしてよく見れば、確かにビルのシルエットが視認できる。
「向こう側に街があるのか、行ってみよう」
草木をかき分け、蒼汰たちはビルの方向へ真っすぐ進む。
進むにつれて鬱陶しいほどの草の臭いが減少していく。
代わりに、人工物や排気ガスの香りが強くなっていった。
人々の喧騒が響く中、蒼汰一行は自然公園を抜けた。
アスファルトの地面に足を付け、街並みを一望する。
公園の中から見えたビルが目の前に佇んでおり、その周囲には比較的大きな建造物が整然と建立されている。
その光景は、まさしく蒼汰の見てきた東京の姿そのものだった。
別世界のため比較は難しいが、蒼汰の住む世界よりも14年ほど時の進んだ景色だが、近未来と言えるほどの発展は遂げていないように見えた。
「……吉野蒼汰、あれを見なさいな」
蒼汰の肩を叩くエーデルワイスが、怪訝な表情で何かを見ている。
その何かを見た瞬間、蒼汰は自分の目を疑った。
そこには警察でも自衛隊でもない集団が、自動小銃を下げて道行く人を監視していた。
彼らの近くには円柱状の謎の機械が設置されており、グリーン光が点滅を繰り返している。
今気が付いたが、辺りの電柱や信号機などに監視カメラが点在している。
「……確証はないのだけれどぉ、あの連中に目を付けられたら面倒そうねぇ」
「僕も同感です。得体の知れない以上、不用意に近づくのはやめましょう」
そう言いつつ、蒼汰は銃を持った集団を迂回するルートで街の中に入って行く。
西暦2033年を迎えたこの世界。
麗がこの世界に連れ戻されたのは10年前。
彼女は今では27歳になっているはずである。
それでも、全てが解決すればそれはなかったことにできる。
もっと早い段階の時間軸で麗を保護できれば、10年に渡る囚われの現実はなかったことになる。
蒼汰はそう信じ込み、資料を求めて図書館へと足を運んだ。