やり直し
「こちらA-MI東京都市。アルベルト・シュタルホックスです」
強い風が吹き付ける高所。
夜の街並みを一望でき、眼下に広がるはナイトイルミネーション。
激しくなびく黒髪を押さえながら通信を試みる。
墨田区に位置するスカイツリー。
そこの頂上部に描かれた大型の魔法陣。
その中心に立つのは騎士服を着た大柄の男性。
「大天使の所有者が判明。名前は吉野蒼汰、都内の私立高校2年生」
ノイズのない無線。
術式を通して美麗な声音が届く。
『――あらあらお疲れアルベルト。で、彼は一人なのぉ?』
「いえ。何人かの異世界転移者と接触。どうやら協力関係にあるようです」
彼が確認したのは女騎士、魔女っ娘、女子高生の計3名。
『――襲撃はどう? うまくいった?』
「斥候を出しましたが壊滅。連中の一人が遠隔操作術式を逆探知しようとしたみたいですが、特定前に爆破機能が作動しました」
保険のためにセッティングした爆破機能。
これで足跡は残らない。完全に追跡不能となったわけだ。
「それでですね、この国には宇宙エレベーター『ヴァリアラスタン』というものがあります。そして」
『――詳細不明の『システム・ヴァリアラスタン』?』
彼女の即答に驚くアルベルト。
調べはついているのか。外国にいながら大した諜報能力だ。
「はい、ですが今回は『システム・ヴァリアラスタン』ではなく、静止軌道ステーションに加え、地球軌道上の人工衛星に目を向けます」
『――人工衛星?』
「はい。吉野蒼汰の大天使の詳細を調べるための軽い実験かつお遊びです。労働過多である私には、ちょっとした息抜きが必要なのですよ」
彼女の許可を請う。
具体的に何をするか話していないが、果たして彼女はどのような答えを返すのだろう。
『――そう、くれぐれも羽目を外しすぎないようにしなさい。こちらに無用な火の粉が降りかかるのはごめんよぉ』
「ご心配なく。守備は抜かりがありません」
計画に不備はない。
事前準備をすでに終わらせ、あとは実行するのみ。
『――ふぅん、まあいいわ。何か不測の事態が起こったら私を日本に呼びなさい』
「いえ、レディにそこまではさせません。大事なドレスに血がついてしまっては台無しです」
『――どうもありがとぅ。それじゃあ頼むわね。いい結果を期待してるわぁ』
交信終了。
術式が崩壊、ただの落書きと化した魔法陣にもう用はない。
美しく光を発する東京の街並み。
小汚い街を一掃し、今では煙草の吸殻一本落ちていることのない新たな東京の姿。
「この都市に炎が上がる――」
彼の言葉が本当であれば、強制的な平和が訪れたこの東京はパニックを起こす。
この世界の人間が何人死のうが構わない。
それも実験のためのピースの一つ、人的材料と考えればいいだけだ。
「そうですよレディ。これが私のやり方だ――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「吉野君。5周年記念式典のやり直し――開催してくれるって!!」
朝の昇降口。
下駄箱でばったり再会した狗神もえかの告白。
事務所とマネージャーへの電話から2日が経ち、彼女は願いを成就した。
「――そっか。よかったね狗神」
彼女がスマホ画面を見せつける。
画面に表示された受信メール。件名は『記念式典やり直しについて』
マネージャーと事務所がちゃんと宇宙エレベーター事務局に掛け合ってくれたそうだ。
そして事務局から式典開催委員会の許可を取り、開発主任の狗神正親の後押しもあり――
「1週間後の9月25日。この日にもう一度人工島で5周年記念のやり直しができるの」
もちろん警察官を増員、安全のために入場制限を設け、新たな避難マニュアルを作成したとか。
「それでね、前回はエレベーター前の広場での特設ステージでのイベントだったでしょ? でも今回はね――」
もえかはスマホを操作し、ホームページの再5周年記念式典スケジュールを表示する。
「――宇宙エレベーターに乗って、静止軌道ステーション『ヴィーナスタウン』の会場に登壇することになったんだ!」
地上ターミナルから静止軌道ステーションまで約3日、約36000キロメートル。
これは異例な特例措置である。
まさか。
「狗神……もしかして枕営ぎょ……」
殴られた。
ぐーで。
目の前には拳を振り切ったもえか。
めいいっぱいの握力で固められた拳。
ジンジンと痛む頬を押さえ、蒼汰は一歩後退する。
顔を赤くし、頬を膨らませるイメージヒロインの姿。
「よ……しの君。私すっごい怒ってるよ! これ以上ないくらい怒ってるよ!! 今すぐ平安時代に続く千年猛暑になるくらいカンカンだよ!!!」
蒼汰が後退するほどもえかは詰め寄ってくる。
失言であったことは理解している。
故に弁明。
「ご……ごめん狗神。口が滑った」
「誤解だって言いたいの?」
「そう誤解」
「あと5回殴ってほしいんだね!?」
「いや――再度の失言でした。あまりにも異例すぎる特例措置だったから、特殊な奉仕でも施したのかと――」
「そっか。あとキックもご所望なんだ!? ローファーはすごく痛いよ!!」
「――本当にごめん! きっとあれだ、狗神の熱意と意思が人々の心を動かしたんだよ!」
もえかの動きが止まる。
急に黙ったもえかは全身を痙攣させ、そしてその拳で蒼汰の胸を打つ。
「ちょ――狗神!?」
「うるさいうるさいバカぁ!」
終わりの見えない駄々っ子パンチ。
たくさんの生徒たちに見られながらも、それはもえかの息が切れるまで数分続く。
「――ということでね、私は『ヴィーナスタウン』でのトークイベントを受け持つことになりました!」
駄々っ子パンチが鳴りを潜め、ようやく平静を取り戻す。
前回の挽回のため、もえか自身を宇宙に上げてさらに大規模に行われるイベント。
今後の活動の告知など企画されている。
「う、うん。とりあえずおめでとう」
蒼汰の反応にいまいち納得のいかないもえか。
そんな彼から何としてでも納得のいく答えを出させるべく奮戦する。
「――私が宇宙に上がるとき、私のこと見送りに来てほしいんだけど……」
蒼汰は彼女の急激な態度変化に戸惑う。
彼女の上目遣いに心臓の鐘が早まる。
「わ……わかった」
絞り出した答え。
それを聞いたもえかが満足げに微笑む。
「その返事はもう変えられないよ?」
「変えるつもりなんてないから」
蒼汰の意思表示を確認したもえか。
床に落としたバッグを拾い上げ蒼汰に背を向け歩き出す。
教室に向かうべく蒼汰もバッグを肩にかける。
目の前にはその場で静止するもえかの姿がある。
「吉野君、当日はうまくいくようにがんばるよ」
顔だけ振り向くもえか。
「私に何かあれば、その時は私を救ってね」




