プロローグ
そうして魔法少女は命を落とした。
手足を投げ出し、傷口から流れる血が床を濡らす。
その亡骸はピクリとも動かない。
彼女は物心ついて数年後には家族から引き離された。
彼女には魔法適正といったものはなかった。
だから『手術』をしたのだ。
少女は知らない場所に連れていかれ、集められた他の被験者と行動を共にさせられた。
繰り返される地獄のような実験の日々。
日を追うごとに仲間が死んでいく。
しかし彼女は生き残った。
そして科学者にとっての悲願であり、彼女にとっての望まない『魔法少女』になってしまった。
でも彼が殺してくれた。
あの人が彼女の体を殺してくれたのだ。
そんな彼が、動かない魔法少女の体を抱いてくれていた。
少女の体を抱く少年、吉野蒼汰は涙を堪える。
空の見えない天井を仰ぎ、歯を食いしばった。
蒼汰は一度大きく深呼吸をし、抱いていた遺体をそっと床に寝かせて立ち上がる。
遺体から視線を外し、ゆっくりとした速度で歩み、ある場所でピタリと止まる。
そこには少女と同じくピクリとも動かない、魔法少女の姿があった。
「――胡桃沢、お願い生き返って」
懇願であり、命令。
異質な死人への復活要請。
蒼汰は決しておかしくなっているわけではない。
彼にしか使えない言霊が、胡桃沢という魔法少女に降りかかる。
刹那。
息絶えていた魔法少女の瞼が開かれる。
真っ赤な瞳で蒼汰を見つめ、何事もなかったかのように血濡れの体を起き上がらせる。
普段の女の子らしい元気な様子は鳴りを潜め、ひたすら現出する狂気の狂人。
「――蒼汰様。私は大丈夫です」
出血は止まり、ぱっくりと空いていた傷口が塞がっていく。
彼女は頬を紅潮させ、蒼汰の視線が全身を焼くように体を火照らせる。
主を慕って指示を待つその姿、まるで尻尾を振る犬のようだ。
大天使による洗脳。
吉野蒼汰に与えられた、魔法少女に絶対的な主従関係を強いる特異な存在。
大天使の洗脳にかかってしまえば反抗は絶対不可能。
蒼汰の要望、命令を確実に遂行させることができる。
たとえ魂の抜けた屍であろうとも、その絶対遵守権に逆らうことは不可能である。
故に、生き返ってでも順守義務に従うのである。
「この先、最奥に答えがある」
蒼汰は視線を流す。
目に入るのは機械仕掛けの頑丈な扉。
蒼汰は歯を食いしばった。
研究所の最奥を確かめなくてはいけない、だが確かめたくなんてない。真実を知りたくなんてない。
知らない方がいいこともあるのだから。
だが蒼汰の気持ちなど関係がないのだ。
運命が蒼汰を縛り付けるのだから。
(前に進んで、進み続けて、みんなが平和に暮らせる世界を――)
創る。
それが創造主となった蒼汰の運命だった。
乱立し、崩壊していく数億の異世界の人間たちをフロンティアに迎え入れる。
その開拓段階の世界をさらに発展させ、完成にまで導く。
それこそが異世界創造から始まる異世界移民。
言葉で言えば簡単だ、だがそれは苦難を極める所業なのであった。
「絶対に――救いだしてあげるから」
決意を胸に秘め、蒼汰は隷属する魔法少女を連れて一歩踏み出す。
『――警告。ケース43を確認、非常事態に移行。敵脅威を排除します。非戦闘員は退避してください。ハンターを投入します』
機械音声と共に鳴り響くアラート。
研究所内部のセキュリティシステムが作動し、敵魔法少女が順次投入される。
まただ――
自由を奪われて人間としての尊厳を奪われた被害者が来る。
彼らはもう人には戻れない。
苦悩の海を生涯漂ってしまう運命を強制されるのなら――
蒼汰はそんな彼らの運命を否定する――
「蒼汰様――」
名前を呼ばれた。
振り返った先、先ほどまで死体の状態であった魔法少女こと胡桃沢幸奈が蒼汰の手を握っていた。
「私も共に参ります。私は――蒼汰様の言いなりですよ?」
簡単な事実確認。
蒼汰の腕を胸に抱き、すり寄るように肢体を蒼汰にくっつける。
敬愛、信頼、服従心、性欲――強制的に植え付けられた呪いで胡桃沢は蒼汰に身を寄せる。
「胡桃沢は迎撃に当たって」
「殺せばいいんですね?」
蒼汰は躊躇いがちに肯定する。
だが条件付きだ。殺さざるを得ない場合にだけ手をかけろ。
幸奈は頷く。
完全服従奴隷となった今の幸奈は誠心誠意蒼汰に尽くすだろう。
だから命令を下せば確実に守ってくれる。
「僕一人で行くよ。胡桃沢は僕の邪魔をする奴を足止めして。それと――彼女の近くにいてあげて」
オーダー承諾。
幸奈は嫌気も見せずに命令に従う。
幸奈をこの場に置いていく蒼汰。
彼は最後に、床に伏せる魔法少女に目を向ける。
大好きで大切な女の子。
その子が死体となり、魂を失った虚ろな瞳でこちらを見つめていた。
「君をそんなにしてしまったのは僕の責任だ」
蒼汰に宿った大天使。
その存在が、世界の歯車を狂わせた。
蒼汰の大天使を利用する者、殺害しようとする者、そして人類の運命を託した者。
ありとあらゆる思想や感情が、蒼汰にとり憑き、複雑に絡み合っている。
だが蒼汰はその中で、ある一つの組織の提唱する思惑を胸に秘め歩んでいる。
「幸せな世界を創るから――もう誰も不幸になんてさせないからな」
神の力が宿った文書。
それは世界を創り出すことのできるほどの強大な魔力を宿したものだった。
その文書がバラバラに崩され、世界各地に点在している。
それを回収し、文書を完成形態にまで導く。
あの日、蒼汰は異世界を創る創造主となった。