第一話 始まり
「――なんだか、山を越えてからずっとジメジメしっぱなしじゃない……?」
黒々としたスーツを身に纏う男と、白い帽子に灰色のワンピースを着た少女。共通点のなさそうな二人が、それぞれ手荷物を持って荒れた平地を歩き続けていた。
「そりゃあ、目的の街が近いからだろうさ。例の“雨の街”だ」
男が懐から手帳を取り出すと、少女が腕の内側に入るようにして中を覗き込む。まるで親子のような仕草なのだが、男は深海のような瑠璃色の内側で、嫌がるように眉を顰めていた。
「出た出た、アベルの“なんでも手帳”」
「リィン、勝手に覗くな。目を灼くぞ」
アベルが手帳をばっと手の届かない高さへと持ち上げた拍子に、リィンの長い金髪が揺れる。手帳に書かれていたのは、二人が目的地にしている場所について。
アベルとリィン。二人は“とある街”へと向かっていた。
「確か、決まった時期に大雨が降るんだっけー。私は雨好きだけどなぁ。涼しくなるし、地面に跳ねたり滝のように流れたり、いろんな音がして楽しいし」
「そんな能天気に受け止められるようなもんじゃない。“プランキス”の類だ」
――その地域では五十年に一度、記録的な大雨が降る。
決まった日。決まった時間。決まった降水量。
世界規模で日照りが続き水不足が起こったところで――
その時がくれば、この地域にだけは恵みが降り注ぐ。
異常に輪をかけた異常なのだが、この世界ではそれもまだ一部。
似たような規模で、全く異なる現象が起きていた。
それがいったい、どういう原理で起きているのか。それぞれの分野のエキスパートがいくら研究しするも、未だ答えは出ることがない。原因不明の異常現象のことを“神の悪戯”と人々は呼ぶのだった。
「前はどこだったっけ? ウェルダー?」
「“朝が来ない街”だったな。あれは目が痛くて仕方なかった」
そうした街を転々とする二人。もちろん観光などではなく、仕事として訪れていた。報酬も発生し、それが主な収入源だった。
「さて、少々問題なのは大雨の方じゃない。その街の規則だ」
「へー、規則。どんなの?」
手帳を再び開き、苦々しそうに言うアベル。そんな様子を見て、首をかしげてリィンが尋ねる。そんな彼女に対して、アベルが溜め息を吐きながら答えた内容は――更に彼女の頭にクエスチョンマークを増やすだけだった。
「――街でポイ捨てしただけで死罪になるそうだ」