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第十三話 戻らぬ使者

 王太子アラン・ウェルセックの戴冠式たいかんしきの準備が行われているなか、一つの問題がヘンリー・ウェルセックの耳に入った。彼は文官として兄であるアランの戴冠式が滞りなく行われることを願う一人である。その彼にとってこの問題はやや荷が重かった。


「ヘンリー様、北部に向かわせた使者のうちセティーがまだ戻りません」


 使者はアルフレッド王の死去とアランの戴冠式の日程を知らせるため諸侯のもとに派遣した文官のひとりで王国北部のバーナード男爵領、ランスヒル男爵領、そして最北端のウェイク子爵領をまわって海路で王都にもどる手はずになっていた。だが、彼は予定から七日を過ぎても戻らない。王都では雪を見なくなったとはいえ、北部ではまだ雪の影響があるのかもしれない、と帰参の遅れを見過ごしてきたがどうにも遅い。


 ましてや彼が面会したバーナード女男爵バーバラやランスヒル男爵トマスが既に王都に入ってきていることを思うと彼に何かがあったことは明らかのように思えた。


「ちなみにウェイク子爵エドワードは王都に現れましたか?」


 ヘンリーは部下に訊ねた。部下である男は首を左右に振った。


「まだ現れておりません。一応、エクセクの代官にも急使を送りましたが、子爵はまだ現れていないとのことです」


 エクセクは交通の要衝で、北部と西部からの街道はすべてこの町に集まる。

 戻らない使者に戴冠式の直前になっても姿を見せないエドワード。この二つから想像できる最悪は反乱である。ヘンリーは自分の考えが間違いであってほしい、と願った。使者とエドワードは天候のせいで出立が遅れている。そんななんてことのない出来事であればいい。


「エドワード殿がどういう人物か知っていますか?」

「先代のウェイク子爵は王国継承戦争の際に早くから王家の争いには加担しない、として中立を守り。アルフレッド王のもとでもどの貴族派閥にも交わろうとしない風変わりな人物でした。ですが、二年前の流行病で亡くなられて、跡目を継いだ息子とのことはあまり……。爵位の継承の際に王宮にあがられたのを見たくらいです」


 話を聞いてヘンリーはようやく彼の顔を思い出した。爵位の継承を国王に求めて王宮に来たことのある青年だ。貴族とは思えない貧相な身なりで、一部の文官たちが田舎領主と言ってもあれほどみすぼらしいのはほかにいない、と噂していた。


 ヘンリーもエドワードとアルフレッド王の会見を末席から見ていたが、貴族というよりも騎士や戦士と呼ばれるのが似合う印象を受けた。武人としての精悍せいかんさはヘンリーにはない。武器も馬もそこそこ扱えるだけで他人に誇れるようなものではない。反対に兄であるアランは武芸を好み、近侍にも武勇の優れた者を集めていた。そのため、ヘンリーはアランがエドワードを気に入るかと思っていたが、そうはならなかった。


「どうして彼を麾下きかに収めなかったのですか」とヘンリーが訊ねるとアランは「腕は立つかもしれないが身なりがな」と苦笑いをした。


「他には? 彼の情報は?」


 田舎の貧乏貴族がこの時期に反乱を起こすというのはいささかありえない。だが、現実には使者は戻らず。エドワードも王都に現れない。


「……ランスヒル男爵の家臣からの報告なのですが、ウェイク子爵は昨年の秋に大量の武具と大麦を買い付けていたそうです」

「それは事実ですか。もしそれらの物資を反乱のために子爵が購入したのだとすれば、いまごろ王国の北端に完全武装の一段が兵糧を蓄えていることになる」


 馬や羊の越冬に大麦を買い付けるのはまだわかる。だが、武具は不要なものだ。

 エドワードがアルフレッドの崩御に合わせて兵をあげようとしているとすれば、見逃せないことである。だが、ヘンリーには分からないことがある。辺境の貴族であるエドワードが反乱を起こす理由である。彼がなにか政治的に不満を持っていたという話は聞いたことがない。それどころか彼は政治的に無名である。そんな人物が反乱をおこしても誰もそれに付き合わない。結局のところ、反乱には政治的な主張や特定の人物と言ったお飾りが必要なのだ。だが、彼にはそれがない。


 まったくなにもないのに反乱をおこす。そんな間尺に合わないことがあるのか。

 例えば、エドワードがアランの弟であるヘンリーを担いで反乱をおこすのならばまだ理解できた。だが、ヘンリー自身は王都にあってアランの即位を後押ししているいま、彼が何を求めているのかヘンリーには分からない。


 むしろ、なんらかの別の理由で使者もエドワードも動けない、という話のほうが納得できる。


「アラン殿下にお伝えしますか?」


 部下の一人が青い顔を向ける。文官であるヘンリーの部下たちには反乱は一方的な暴力であり、自分たちの持つ能力の外にある出来事である。武力には武力しか抵抗はできない。彼らはそう思っている。


「待て、まだ分からぬことが多い。ちなみにウェイク子爵と領地を接しているバーナード女男爵とランスヒル男爵は彼と問題を抱えていないか? 彼らが何らかの妨害をしているのではないか?」

「バーナード女男爵は自身の領地経営だけ精一杯で他の領地に手を出すことはない、と思われます」


 文官の一人が口を開いた。彼は文官の中でも年配で貴族について詳しい。白髪交じりの髪をかきあげると彼は少し言いにくそうに「ランスヒル男爵は税の取立てが厳しく、ウェイク子爵領に逃げる農民が少なからずいると聞いています」と付け加えた。


 ランスヒル男爵トマスはアランと親しい貴族である。

 彼は大金をはたいて名馬や名剣を購入してはそれを誇るところがある。だが、王家への忠誠はあつく無用な争いを起こすような人物ではない。ヘンリーはより分からなくなった状況をどうするべきかと頭を抱えた。


「ヘンリー様。ここはもう一度、使者を送ってはいかがでしょう?」


 年配の文官が言うと他の者は渋い顔で視線をそらした。もし、エドワードが反乱を考えているのだとすれば使者には命の危険がある。もし、自分がその使者に選ばれでもしたら堪らない、そういう思いが彼らの顔に現れていた。


「それはあまりに危険ではないか」

「反乱が事実であれば使者の命は保証できぬでしょう。しかし、このまま放置するのもまた危険です。ただでさえ貴族は王都に集まっている状況です。ウェイク子爵が反乱をおこせば近隣の貴族領は主がおらず、あっというまに陥落することもありましょう」

「確かにそうだ。いま地方は領主がおらず攻略は容易い。だが、誰を使者とする。あまりに危険が多い」


 ヘンリーは部下たちを見渡すが誰も床を眺めるばかりであった。ただ一人、年配の文官のみが前に進み出ると不敵に微笑んだ。


「言い出した私が行くべきでしょうな」

「良いのか?」

「ええ、幸いにも私は息子も娘も立派に成長しておりますし、少なからずウェイク子爵に縁もあります。使者としては適任と言えるはずです」


 ヘンリーは文官を値踏みするように見つめたあと「分かった。頼む」と短く命じた。

 文官はそれを満足そうに受けるとにっと笑った。

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