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第六話 【二度目】

 トーマス自身は既に今日の仕事は終えていたらしいが、わざわざ詐欺師を連行しに行ってくれるという。

 その言葉に甘え、彼に別れを告げたラウネン達は自宅へと戻る。


 二度目となるラウネン宅に入ると、ラウネンは圭哉に向かって、


「申し訳ないが、私は客室を設けていなくてね。君の寝泊まりする部屋を考えたいのだが……書斎、地下室、居間、私の寝室のどこがいいかな」


 と問うた。

 圭哉は自分の寝室候補を考えるより先に、四つの選択肢の内に一つ怪しげなものがあったことの方が気になる。


「ああ、地下室と言ってもそんな大したものは置いていないよ。少なくとも君に見られて困る物は無いさ」


 俺以外に見られたら困る物があるのか……?と圭哉は疑問に思うが、聞くのはやめておくことにする。


「で、どうする?」


「そうですね……居間でいいですか?」


「ふむふむ、わかった。申し訳ないが客人用の寝具もないもので、ソファに掛布団で我慢してもらえるかな」


 ってことはラウネンの部屋を選んでいたら一緒の布団に…?

 そこまで考えて益体の無いことだと気づいた圭哉はすぐさま考えを切り替え、ラウネンの言葉に頷く。


「ではでは、私は召喚についての文献を漁ってみるから、君は好きにしていてくれ。分からないことがあったら聞くがいい」


「あ、はい、お願いします」


 ラウネンはそういうと、家の奥の方へと入っていく。

 向こうが書斎かな、と圭哉が考えていると、足元に犬が擦り寄ってくる。


「ああ、お前か」


「わん」


「何だっけ、確か……ゾイマー?」


 詐欺師が呼称していた名前を思い出す。

 しかしどうもこの犬にゾイマーというのは合わない気がする。


「っつっても新しく考えるのも何か違うしな……ゾイでいいか?」


「わふん」


 圭哉のその言葉にゾイマー、改めゾイは返事をするように鳴く。


 ―――この日は、これ以降特に印象的な出来事は無かった。



 * * * * *


 翌日、ソファで目覚めた圭哉に、茶を入れていた圭哉が話しかける。


「やあおはよう。ケーヤ」


「…おはぁざいます」


 圭哉は朝が弱い。

 昨日までは起きなければいけないという使命感がどこかにあったので何とか起きる事が出来たが、ラウネンの家につき、幾許か安心したのか、今日は深く眠ってしまったようだ。


 そんな圭哉を見て、ラウネンは茶を啜りながら話を続ける。


「よく眠れたようで何よりだ。私は一睡もしていないが……ああ、気にすることは無い。君を戻すための資料を調べていたらいつの間にか朝になっていた、というだけであって、君は責任や罪悪感を感じる必要は一切無い」


「……」


 起き抜けの嫌味はキツい。

 何か言い返して会話を繋げたいのはやまやまだが、そんな元気がない。

 なので無視をして、起きた気配を察して寄って来たゾイの頭を撫でてやる。


「ふむふむ。やはり懐かれているようだ。何故なのだろうね」


「さあ…ラウネンさんの服着てるのに、変わらず寄ってくるから、匂いとかじゃあ無いんでしょうけど」


「……ああ、そうだ、服だ」


「え?」


 何か気付いたようにラウネンはこちらを見ている。


「君に服を買ってやろう。ただ、私はこれからまた他に文献がないか調べに王城へ向かう。買い物に付き合う暇はない」


 そう言うとラウネンは紙と羽ペンとインクを取り出し、


「なので、服屋の位置を地図に記し、金と一緒にここに置いておくから、好きな服を買ってくるといい」


 と言った。

 王城やらなにやらと気になることを言ってきたり、ゾイが顔を舐めてきたので反応できなかったが、ラウネンは既に出かける準備を始めていた。


「では、行ってくるよ」


「え、はい、行ってらっしゃい……」


 全く口を挟む暇もなくラウネンは外へ出て行く。

 暫く血が巡りきるまで圭哉はぼーっとしていたが、ラウネンの言う通り服の調達をしに、街へ繰り出すことにする。


「……あ、ゾイ、ついてくるか?」


「わん」


 昨日と違い、特に誰と会うというわけでもないので、この街に慣れるためにもゆっくり探検しながら服屋へ向かおうと圭哉は考える。

 地図と金を片手に、圭哉はドアを開ける―――



 * * * * *



「やあ!君は確かケーヤ君だったね!」


「あ、どうも……えっと、フランチェスカさん」


「覚えていてくれるとは光栄だね」


 街を散策していると、フランチェスカに出会った。

 聞くに彼女の営む薬屋は基本閑古鳥が鳴いており、暇を持て余しているのでこうして街に出歩くことが多いという。


「昨日初めて会ったばかりだというのに、君には何故か強い親しみを覚えるよ。一目惚れってやつかな」


「は、はあ…それはどうも」


 相も変わらずフランチェスカはぐいぐい来る。

 好意を前面に出されるのは嬉しいといえば嬉しいが、しかしなぜ好かれているかが分からない以上、素直に喜ぶ事が出来ない。


 圭哉は自分自身を格好いいとは思っていない。

 誰か他人に(親を含め)容姿を誉められた覚えも無ければ、鏡を見ても特に誉める所が思いつかない。そんな程度の顔立ちだと自負している。


「なんだい随分冷めてるね。お姉さん悲しいよ」


「あ、別に嫌ってことじゃ……」


「おや、思わせぶりな態度をとるじゃあないか。まあいいや。ところで君は何をしているのかな?」


「服を買いに行くついでに、街の構造を覚えようと思って歩いてました」


 圭哉の答えに、フランチェスカはニヤリと口端を持ち上げ、


「それなら、アタシがこの街を案内してあげようか?服も一緒に選んであげる」


 と言ってきた。

 ラウネンの知り合いである彼女と友好的な関係を気付くのは悪いことではないだろう。そう思い立った圭哉はフランチェスカの言葉に頷き、彼女について行くことを決める。


「ところで、その犬は?かなり仲が良いみたいだけれど」


 フランチェスカはゾイを見ながら聞いてきた。

 圭哉は昨日起こった出来事を軽く説明する。ゾイが詐欺師に利用されて見世物にされていたこと、見物していたらゾイが自分にいきなり懐いてきたこと、帰ろうとしたら勝手についてきたことを。


 説明を終えるとフランチェスカは顎に手を当てながら、


「君はそういう賦才持ちなのかな?」


「ああ、ラウネンさんにもそれ聞かれたんですけど……よくわからなくって」


 ふうん。とフランチェスカは生返事をして、まあいいやと歩行を開始する。圭哉はそれについて行く。

 ―――なんだか昨日からずっと誰かの後をついて行ってる気がする。


 その後も圭哉はフランチェスカから質問攻めを受けた。

 出身国はどこか、歳はいくつか、好みの女性のタイプは、職業は何か、お付き合いしている女性はいるのか、ラウネンとの関係はどういったものなのか、と―――何だか答える必要の無さそうなのがいくつか混じっている気がするが―――

 取り敢えず、異世界からやってきたとばれないように、出身は東の小国、歳は18、職業はある技術職の見習い、と答えていった。そして―――


「すいません、ラウネンさんのことについては僕の方から言っていいことなのか分からないので、ちょっと」


「君はラウネンの被害者だって聞いたけれど、そんなに気を遣う必要もないんじゃないかな」


「いや…まあ、そうかもしれないんですけど」


 ラウネンとの関係は、簡潔に言うと召喚士と被召喚者だ。

 しかしそれを正直に言うと、圭哉が異世界人だということは簡単にばれるだろう。

 フランチェスカは今のところ友好的だが、圭哉が異世界人だと知ったら得体のしれないものだと関わり合いになろうとしなくなるかもしれない。

 それだけならまだしも、先日ラウネンが言っていた、フェードリ教とやらに告げ口をされてしまうとも限らない。そもそもフランチェスカがフェードリ教の信者の可能性もある。


 だから―――


「一応、ラウネンさんから喋っていいと言われるまでは口は閉ざしておきます」


「なんだい、被害を受けたという割に随分信頼しているようだね」


「……確かに、何で俺あの人信頼出来てるんだろ」


 あの厭味ったらしい召喚士を思い浮かべる。

 一応悪い印象ばかりではない。しっかり帰るための方法を探してくれたり、ゾイを飼う許可をくれたり(別に飼いたいと言った覚えはないが)、衣服を買う金をくれたり……


「―――何かしょうもないことで好感度稼がれてる気がする」


「気を付けなよ、ラウネンは決していい奴ではないから」


「は、はあ……」


 獣耳をぴょこぴょこ動かしながらフランチェスカは忠告する。

 ―――長い付き合いなのにこう言われるって相当だよなあ。


 ふと手持ちの地図を眺めると、圭哉たちはもう既に目的の服屋のすぐ近くまで来ていた。


「フランチェスカさん、そこの服屋です」


 圭哉が言うと、フランチェスカは驚いた表情をする。


「ここ、かなり高い店だよ。お金足りる?」


「え、そうなんですか、これしかもらってないですけど…」


 圭哉はラウネンから預けられた金貨を三枚取り出すと、更にフランチェスカは驚いた表情をする。


「ちょっ…!そんなあったら馬買えるよ!?」


「えっ」


「とりあえず隠して!こんな往来で出す金額じゃないから!」


 フランチェスカの言う通りに金貨をポケットにしまう。

 何でまたそんな金額を預けてきたんだ、あの人は…と圭哉が心中謎に思っていると―――


―――街中に悲鳴が轟く。


 何事かと音のする方を向くと、どうやらこの都の入口である門の方からそれは発せられたものらしく、フランチェスカと圭哉は様子を見に行くことにする。


 * * * * *


「くそっ!何でこんなところに魔物が……!?」


 門に到着すると、そこには怪我を負った女性と門兵と思しき男性、そして開かれたもんの向こうには猿のような獣―――いや、魔物が佇み、更に遠巻きに野次馬が散見できる、そんな状況になっていた。

 先程の悲鳴は女性が魔物に襲われた時のものの様だ。

 魔物は右手に軽く血を滴らせながら、自らへ武器を向ける兵をじっと睨んでいる。


「こんなに人が密集した地域に魔物が来るなんて!おかしいぞ!」


 槍を構えた兵士が狼狽している。

 実戦経験が少ないのか単純に気が弱いのか、槍を持つ手が震えている。


「確かに。ここ数年、王都に魔物が出たなんて話聞かないのに」


 フランチェスカがぼそりと言う。

 圭哉にはよくわからないが、只事ではないらしい。

 するとフランチェスカは、腰につけていたポーチから一つ瓶を取り出し、それを片手に女性へと駆け寄った。


「大丈夫?」


「っ……い、痛ぃ……!」


「まあそうだよね。ちょっと我慢しててね」


 フランチェスカはそう言うと瓶のふたを開け、中身を女性の傷に振りかける。

 沁みたのだろう。女性は痛みに顔を顰める。しかしその直後、傷口は煙を立てながら塞がっていく。


「えっ……も、もう痛くない……」


「うん、それは良かった」


 数秒もすると傷は完全に塞がり、痛みも消えたようだ。

 女性はフランチェスカに向き直り、礼を言う。


「あ、ありがとうございます……!」


「いーえ。これからはトェルバー薬店をよろしく!」


 フランチェスカはそう言うと女性を魔物が居る門の方から引き連れ、安全な場所へと移動を促す。

 ―――カッコいいな。と、圭哉はただ感心した。


 女性を移動させた後、フランチェスカは圭哉の元へと戻ってくる。

 そして圭哉に対し、


「あの魔物、強いよ。彼女の傷痕を見るに、相当攻撃速度が早い。恐らく、あの兵士達では倒しきれない」


 と教える。


「アタシは獣人だけど身体能力にそこまで自信は無い。むしろ戦えないと思ってくれた方がいい。君は?」


「……俺も無理です……すいません」


「……どうして謝る?アタシだって戦えないと言ったばかりでしょ」


 苦笑いするフランチェスカは、続けて圭哉に尋ねる。


「君はどうしたらいいと思う?」


「えー……っと、他の兵士を呼ぶくらいしか思い浮かばないですね」


「うん、まあそうだね。アタシもそう思ってた」


 会話の最中も、兵と魔物の睨み合いが続く。


「膠着状態が続いてくれればいいんだけど…君はまだどこに詰所があるか分からないよね」


「はい……すいません」


「……そう何度も謝罪を口に出すものではないよ。謝罪の意味そのものが薄れてしまう」


 フランチェスカはそう言うと、辺りを見渡す。


「アタシが詰所に向かう。もしかしたら既に呼びに行った人が居るかもしれないけれど、一応向かう。君は何かあったら大声を出して知らせてくれ。それを聞いたら……どうにかするから」


「は、はい。分かりました」


 かなり曖昧な作戦を伝えた後、フランチェスカは無駄な刺激にならないよう、そっと場を離れる。


 相も変わらず魔物も兵士も動けないままでいる。

 圭哉には黙って見守ることしかできない。というかこの場にいる意味が段々分からなくなってきた。

 悲鳴を聞いて何も考えずここへ来てしまったけど、そもそも何も出来ないのに何のためにここに来たのか、少し前の自分に問いたい。


 と、そんな今更感あふれる考えを展開していると―――


「わんわん!わん!」


 なんと、ゾイが吠え出してしまった。

 すると兵士は意識外からの刺激に反射的にこちらを向いてしまい、加えて魔物も鳴き声に反応して動き出してしまう。


 ―――あ、不味い。

 圭哉はほぼ無意識的に走り出す。兵士の方へ向けて。


 魔物は移動自体は遅いようで、圭哉の方が遠くにいたものの兵士の傍まで辿り着くのは圭哉の方が早かった。


 走ったままの勢いで圭哉は兵士を押し倒し、魔物の長い腕から繰り出されるひっかき攻撃をすんでのところで回避する。


 もしかしたら躱せないかもと思っていたので一瞬ほっとするが、すぐさま立ち上がり、次を避けようと魔物へ向き直るが―――


「―――ぁ」


 魔物は既に、圭哉の前に立ちはだかり、腕を振りかぶっていた。

 やけに緩慢に見えるその動きを、圭哉は避ける事が出来ない。体が動かない。

 いや、これは恐らく死を直感した時になるというあれであって、実際はゆっくりではなくて―――

 否そんなことを考えている暇は無くて―――

 この世界に来てから何回こんな目に遭っているんだ俺は―――


 ―――なんて考えていると、魔物の腕は圭哉の襟首をつかんで―――


「えっ」


 持ち上げられた。

 魔物に。


 緩慢に見えた動きはそう錯覚したのではなくて、実際に緩慢だったのだ。

 魔物は圭哉の顔をじっと見つめ、頭を垂れた。


 今まで出会って来た四足歩行の魔物、馬車馬、ゾイ、そんな連中と同じように、圭哉に敬意すら持っている風に。


「な、何なんだ―――」


「わん!わん!」


 混乱し始めた圭哉をよそに、ゾイが魔物へ吠える。

 主人を返せと言わんばかりに、懸命に。


 ―――思えばゾイもなぜここまで俺に懐いているのか―――

 圭哉は疑問が絶えず、行動することも思考することも停滞し始める。


 すると魔物は、襟首をつかんでいた手を放し、圭哉をその場へ落とす。

 そしてゾイへと向き合い、戦闘態勢を取る。


 ゾイもゾイで、魔物に比べ小さな体を目一杯に使い、すぐにでも飛び掛かれる体勢になっている。


 二体の獣がついに、激突する―――と、思った次の瞬間、


「―――そこまで……だ……(けだもの)


 いやに気だるげな声が聞こえたと思ったら、魔物の脳天には剣が刺さっていた。

 その声の主は圭哉の背後から魔物を突き刺していた。圭哉をまたいだまま剣は魔物から抜かれ、剣をつたって魔物の血が圭哉にかかる。


 魔物は断末魔を上げる暇さえなく、その場に倒れる。そして、そのままに度と動き出すことはなくなった。


 圭哉は振り向き、剣の持ち主の顔を見る。―――実際は髪の毛で隠れていてあまりよく見えなかったが―――その顔には見覚えがあった。


「と、トーマス……さん」


「……ラウネンとこの……少年……か」


 ぼそぼそと話すその男はトーマス・シュトラウスだった。


「……お前はあれか……厄介事に巻き込まれ続ける……手合いか」


「いや、そんなことは……」


 無いとは言い切れなかった。少なくともこの世界に来てからは気の休まる時間は、今朝ラウネン宅で微睡んでいた時くらいだったから。


「シュ、シュトラウス中佐……!」


 圭哉がダイビングで助けた兵士がトーマスに向け敬礼をする。

 ―――あれ、昨日ラウネンは対人関係下手で出世できてないとか言ってたのに。

 なんて、意外な立場に驚いていると、トーマスは兵士に向けて、


「……子供に助けられて……どうする」


 と、厳しい言葉を投げかける。


「は、はっ!も、申し訳ありません!」


「……俺への謝罪が……兵士の務めか……?」


「……ッ、いえ……」


 意外な使命感を持っていることに驚く圭哉だが、トーマスはそのまま兵士に言葉を投げかける。


「……ならば……礼を言うべき相手が…いるだろう」


「……はっ」


 そう言うと、兵士は圭哉の方へ向き、


「……ありがとう少年。助かった」


 礼を言った。


「い、いえ。そんな大したことじゃ……そもそも俺の犬が鳴かなかったら普通にトーマスさん間に合ってただろうし……」


「……犬が鳴くのは当然だ……そして……兵士は如何なる時も……民を守る者……それが……当然……部下が世話に……なった」


 トーマスの追い感謝に更にたじたじになる圭哉。

 何だか気恥ずかしさが強くなってきたその時―――




「そ、その少年は魔族だ!!連行しろ!!」


 ―――そんな風に怯えた叫び声が、その場に木霊した。

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