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第五話 【知人】

「おー……意外にまともだ」


「意外にとは失礼だな」


 家の中に入ってみると、玄関から先に広がるのは中世の風情溢れる普通の一軒家だった。


「いや、召喚士って響きだけ聞くと儲からなそうだと思って…それに、まだ始めたばっかだって言ってたし」


「前にやっていた職業で少しばかり稼いでいてね。まあ、そこらにいる市民よりは財を持っているつもりだ」


 特に鼻にかけるでもなく、むしろあまり話したくなさそうにすら見える表情を浮かべながらラウネンは喋る。


「さてさて、ケーヤ。少しここで待っていてくれ」


 ラウネンはそう言い、圭哉の返事を待つことなく奥へと入っていく。


 数分待つとラウネンは衣類を数着持って現れた。

 どうやら圭哉用の服を適当に見繕ったらしく、それを圭哉へと手渡す。


 制服を脱ぎ、渡された服を着ると、少しぶかぶかするだけで着心地は悪くなく、自分が一気に異世界に馴染んだような気がする。

 姿見サイズの鏡があったので覗いてみると、丈が余っているせいか自分が幾分か年齢のわりに幼く見える。


「いずれ君に合わせた服は買ってやろう。しばらくはそれで我慢してくれ」


「あ、はい。わかりました」


 背中に背負っていた杖や余った衣服をを机へ下ろし、持っていた袋を持ち直したラウネンは圭哉を見、


「ではでは、私は用事を済ませに外出しようと思うが、君はどうする?」


 と問う。


「え、俺は……って、何をですか?」


 圭哉は意味が解らなかったので聞き返すが、ラウネンは表情を変えずに続ける。


「出会った時、私は森に薬の材料を取りに来た。と言っただろう?」


 持ち直した袋を圭哉の顔に近づけたラウネンはその中身を見せながら言う。

 そう言えば言っていた気がする。


「その材料を欲していたのは私ではなくてね。依頼されていた品だったんだ。それを届けに行く。それについてくるか?」


「なるほど、まあ、この世界に慣れるために、一応ついて行きます」


「そうか。犬はどうする?」


「犬は置いていきますよ……流石に」


「だろうな。ではでは、行こうではないか」


 身軽になったラウネンは改めてドアを押し開き、外へ出る。圭哉も続く。


 しばらく大通りを進み、交差点をいくつか直進し、そのあとに左折して細い路地に入る。

 このままだと行き止まりになりそうだ……と圭哉が考えていると、突き当りに家があった。この家に用事があるのだろうか。ラウネンは扉の前で止まった。

 その外観は寂びれていて、ラウネンが薬の材料を届けると言っていたことも含めて、怪しさ全開だった。


「フランチェスカ!私だ!約束のものを持ってきたぞ!」


 ラウネンがそこそこ大きな声でドアをノックしながら呼びかける。

 暫く待つと鍵が開く音の直後、ギイィと軋む音と共に扉が開かれる。


「や、遅かったじゃないか。ラウネン」


 開かれた扉の奥から金髪―――というよりクリーム色の髪をした女性が、よく通る声でラウネンへ返答する。


「ん、君は?―――とりあえず入りなよ。こんな場所じゃあ話しにくくて仕方がない」


 女性は圭哉を見、不思議そうな表情をしたが、開いた扉を更に広げ、ラウネンと圭哉を宅内へ誘う。

 それに対しラウネンは返事をするでもなくドアをくぐる。

 圭哉は少し躊躇うが、やっぱりラウネンに倣うことにする。


 屋内に入ると、意外と整頓された部屋になっており、棚には小瓶がずらりと並んでいる。

 ラウネンは薬の材料と言っていたし、この人は医者かな。あの小瓶も薬だろう。と、圭哉はアタリを付ける。


 そして視線を女性に戻すと、圭哉はさっきは気付かなかったことに気が付く。


 耳があるのだ。

 いや、そりゃあ耳がない人を探す方が難しいという意見もあるだろうが、普通、耳があると思われる場所は髪があるせいで見ることはできない。そこではない場所に―――つまり、頭部に。所謂獣耳が存在していた。

 その他にも、手首から指先にかけてふわふわの体毛で覆われていたりと、そこまで見ると、知識のない圭哉にも、彼女が獣人であることが理解できた。


「おいおい君、女性の身体をそうまじまじと見つめるものではないよ」


「あっ、と、す、すいません」


 いきなり指摘され、圭哉はどもりながら返答する。

 女性は妙齢で、そんな人と話す機会なんか無かった圭哉は嫌に緊張していた。


「ラウネンの知り合い?珍しい髪色だね」


「まあ、詳しい話は材料の確認を終えてからしよう」


「ああ、それもそうだ。それにしても、本当に、珍し、い……」


「?」


 じっと圭哉の顔を見つめた女性は、言葉を途切れさせ、呆然とする。

 顔に何かついているのかと少し焦るが、女性は圭哉に詰め寄ってくる。


「え、いや、ちょっと……な、なんですか」


「――――君、」


 女性は圭哉の頬に触れ、顎まで撫でるように手を滑らせる。

 ――――まさか、俺を異世界からの来訪者だと見抜いたのか。

 圭哉は否定の言葉を投げかけようとするが―――


「可愛いね!」


「えっ」


「ラウネン!君こんな子を今までアタシに隠していたのか!?」


 ―――予想外の反応に言葉を失った。

 顎を掴んでいた手は頭部へ移動し、圭哉をガシガシと撫で始める。


「ちょ、何するんですか?!」


「可愛いから撫でてる」


「いやそういう意味じゃ……」


 困惑を露わにする圭哉を気にも留めず、撫でるだけでは飽き足らずに抱き着き始める。

 未だ対女性経験の無い圭哉には刺激が強く、どう逃れたものかとラウネンを見ると、彼はため息をつき、


「……いい加減に、薬を作ってくれないか?君の年下好みは知っていたが、ここまで激しいのは初めてだな……」


「今回は運命を感じた。ラウネン!この子をアタシにくれ!」


「ええ!?ちょっ……」


 女性の積極性に呆れたラウネンと気圧されてしまう圭哉。


「おふざけは薬の調合の後だ。私は体調が悪いんだ」


「じゃあ薬のお代はこの子ってことで」


「!?」


 女性に抱きすくめられたままの圭哉は驚愕に目を開く。なんだかよく分からないまま自分が取引の材料に使われてしまいそうだ。怖い。

 一方ラウネンは呆れ顔の上に眉間に皺を寄せ、不機嫌を声に乗せて、


「料金は前払いしたはずだ。もう一度言う。いい加減にしろ、フランチェスカ。その子は私の被害者だ。そう軽々しい存在ではない」


 と言う。

 圭哉は少し驚く。ラウネンは初対面の時からずっといけ好かない男だと思っていたが、意外と圭哉に対し罪悪感を感じていたのだ。何だかむしろこちらが申し訳なく思ってしまう。


 ラウネンの言葉を聞いた女性は圭哉と同様に驚いた後、つまらなそうに表情を変える。


「少しふざけただけじゃないか。わかったよ。材料はこちらで預かる。数十分寛いでいてくれ」


 そう言うと女性は圭哉から離れ、ラウネンから袋を受けとり、奥の部屋へと引っ込んでいく。


「……びっくりした」


「彼女はフランチェスカ・トェルバー。私はある病を患っていてね、いつも彼女に薬を調合してもらっている」


 女性―――フランチェスカに乱された髪を手櫛で整えている圭哉は、ラウネンの言葉を聞き疑問符を浮かべる。


「病、って……」


「十年前、ある出来事から私は霊精力を極端に制限されるようになってしまってね。彼女に作ってもらう薬がないと私は十日もするとまっすぐ前を歩けなくなってしまう」


「かなり深刻じゃないですか」


 ラウネンの告白に不味いことを聞いたかと圭哉はばつの悪い表情を浮かべるが、当のラウネンは手を軽く振り、


「なに、十年も患っていると慣れるものだ。まあ今回は慣れない召喚という儀式をしたせいで少し体調を崩したが」


 という。

 その言い方だと嫌味に聞こえるが、わざとだろうがわざとでなかろうが反応するだけ疲れるだろうと思い、圭哉は文句を押しとどめる。


「そんなわけでフランチェスカとは長い付き合いなんだ。君も短い間とはいえ私の家に居ることになるから、彼女のことは覚えておくといい」


 ラウネンの言葉に圭哉は頷く。

 それを見たラウネンは更に言葉を続ける。


「君を送り帰す方法だが、私はしばらくそれを調べ、君を安全に返す方法を見つけるから、恐らく五日はかかる。いいかな?」


「ええ、まあ。一週間くらいなら多分そこまで大事にはならない…いや、なるか。でもまあ、取り返しつかなくなるわけじゃないし、大丈夫です」


「そうか……そういえば、今まではっきりとは言っていなかったね、ケーヤ」


「はい?」


 改まった態度をとるラウネンを見ると、深々と頭を下げていた。そして、


「私の身勝手な理由で召喚して、すまなかった」


 今までのラウネンからは想像もつかない、真摯な声と態度で、そう言った。



 * * * * *



 その後、フランチェスカが完成した薬を持ってくるまでの間、ラウネンは椅子に腰かけ、眠っていた。

 よく他人の家でそこまでリラックスできるな……と呆れ半分に感心する圭哉だが、よく考えてみたら十年前から薬を作ってもらう仲なのなら妥当な距離感なのかな、とも思ったりする。


 完成した薬を受け取ったラウネンはフランチェスカに圭哉を紹介した。圭哉が異世界からやってきたことは隠しながら。

 その後、フランチェスカの言い寄りを避けるため、ラウネンと圭哉はさっさとフランチェスカ宅を後にする。


 ただ、気になったのはフランチェスカが別れ際に、「その鬼畜男が嫌になったらうちにおいで!」と言っていたことだ。

 十年来の知人に鬼畜男と呼ばれたラウネンへの信頼が幾らか怪しくなった。



 問題は、ラウネン宅への帰り道にあった。

 通りを歩いていると、急に見知らぬ男に声を掛けられたのだ。


「おい!てめえらよくも!俺のゾイマーを!返しやがれ!!」


「は?」


 ―――――こんな風に因縁を付けられて。


「……どなたか存じ上げないが、勝手なことを言って騒がないでいただきたい」


「何が勝手なこと……ああ、これじゃあわからねえか」


 ラウネンの面倒臭そうな態度に男がそう言うと、男の容姿が蜃気楼のように歪み始める。それを見て圭哉は気が付く。


「あ!あの詐欺師か!」


「馬鹿、ここは知らない振りで通すのが正解だろう」


「あんた気付いてたのか…」


 耳打ちしてくるラウネンに渋い表情を浮かべる圭哉。

 変身を終えた男は圭哉の心当たりの通り、先ほど犬の容姿に幻術を掛け猛獣に見せかけ、それで見物料を取っていた詐欺師の姿をしていた。

 恐らくこの詐欺師はあの犬に使っていた幻術を自らにかけ、追手から逃れたのだろう。その時、犬の幻術が剥がれた、ということだ。


「おい!ゾイマーを連れ去ったのはてめえらだろ!?目撃者が居たんだよ!とっとと返せ!」


「ってことは、ゾイマーってあの犬か…」


 家に置いてきたあの犬を思い出す。

 この詐欺師はあの犬を使って今まで金を稼いできたんだろう。


 ラウネンは詐欺は一方的な悪ではない、的なことを言っていたが――――圭哉はそうは思わない。

 騙す方が悪いに決まってる。そこには悪意が必ず存在している。

 あの犬を返したら、まず間違いなくこの男は詐欺を繰り返すだろう。


 圭哉がそんなことを考えている間、ラウネンは何も言わなかった。

 我関せずといった表情で、圭哉がどう行動するのかに任せる。そういう意向の様だ。

 詐欺師は何も言わない圭哉に苛々してきたのか鼻息を荒らげ、憤りを隠すことなく露わにしている。

 圭哉は―――


「お断りします。あの犬は返しません」


 きっぱりと、言い切ってやった。


 その言葉に立腹した男は、数瞬の内に懐から小刀を取り出し、圭哉とラウネンへ向ける。


「おい、俺が言ってるのはお願いじゃねえぞ?脅迫だ。どっちか片っぽ殺してもう一人を拷問しながらゾイマーのいるところまで案内させることだってできんだぞ!」


「―――――」


 あ、そうなることは考えていなかった。

 圭哉はHELPの意を込めてラウネンを見やる。するとラウネンはそんな様子の圭哉を見て、


「……言いたいことを言って、あとは丸投げというのもどうかと思うよ。私は」


「いや、この世界の倫理観とかまだよく把握してないもんで…いきなり刃物向けられるとは……」


 そんなやり取りをする。すると―――


「てめえら少しは動揺しろよ!!マジで殺すぞ!」


 詐欺師が激昂して叫んだ。

 しかしそれでも行動に起こさないあたり、実は小心者なんじゃないかと疑いを持ち始める圭哉だが、男の目を見ると割と本気で怒っているようなので挑発になるようなことはやめておく。

 そんな中、ラウネンは微笑を口元に湛えながら、


「残念ながら、君にそれはできない」


 そう言った。


「え?」

「は?」


 ラウネンの言葉の意味が分からず、圭哉と詐欺師は似たような反応をする。

 ラウネンは空を見上げ、太陽を眩しそうに見ながらこう続ける。


「私はあえてこの通りを通っていた。実は、この通りより一つ前に曲がった通りの方が、家には早く着くのだよ」


「あ?だからなんだよ」


「私は―――というかケーヤは、今回君から恨みを買っているからね。襲われたりしたらケーヤは自衛の手段は無いし、私だって戦いにおいて秀でているわけではないから、守ってやれる自信もない」


 詐欺師の疑問は意に介さず続けるラウネン。


「さてさて、今この時点で客観的に見て、どういう状況だ?ケーヤ」


「え?えーっと―――」


 手ぶらの男性と高校生の二人組に対し、刃物をその二人に向ける男性が一人。


「まあ、あの人が俺達を脅迫してる場面だなーってなりますね」


「そう。客観的に誰から見てもあの男は私たちを脅している」


「だから!それが何なんだよ!」


「解らないか?君はこの都に来たばかりなのか?それならば解らないのも仕方がないので、教えてやろう」


 苛々がさらに募った詐欺師に、ラウネンはこう言い放つ。


「すぐ近くに、憲兵の詰所がある」


「――――」


「この場面を見た憲兵は、どうするだろうね?」


 ラウネンはどこか楽しそうに詐欺師へ言う。

 詐欺師は額に汗を浮かべている。そして逡巡の後、口を開く。


「なら、見つかる前にとっととてめえら痛めつけるだけだ!」


 詐欺師は小刀を握りしめ、圭哉へ突っ込んでくる。


「え、ちょっ―――」


 自分へ向かってきていると分かっても、対処の仕方が分からない圭哉は動く事が出来ない。

 どうにかしなければと思っても、体が動かない、どうしよう、まずい、もう刃先は、すぐそこに―――


「―――逮捕」


 ―――詐欺師の上に、新たに男が現れた。


 圭哉に刺さりそうだった刃物はその男が取り上げ、空いている片方の手で男は詐欺師の両腕を縛り上げる。

 そのままの勢いで男は詐欺師の背中に乗り、勢いと重さに耐えきれずに詐欺師は倒れる。

 そのまま詐欺師は気絶したようで、彼は動かなくなる。


「―――」


「やあ、ありがとう。トーマス」


 ラウネンは親しげに男へ話しかける。トーマスと呼ばれた男はラウネンと圭哉へと視線を向ける。


「……別に、職務全うした……だけ」


 男はぼそぼそと呟く。

 ラウネンはそんな男の様子に特に言及することもなく圭哉をちらりと見て、互いへ紹介を始める。


「ケーヤ、この男はトーマス・シュトラウス。知り合いの憲兵だ。能力は高いのに対人関係が下手すぎて出世できない男だ」


「その情報を教えられて俺は何て言えばいいんですか…えっと、はじめまして」


 圭哉の挨拶にトーマスは何も言わない。行動もしない。聞いているのかすら分からない。

 なるほど。対人関係が下手だというのは本当のようだ。


「トーマス、こっちにいるのはケーヤ・テラサカと言って、私の被害者のようなものだ」


「……そうか、災難……だな……」


 トーマスは心底哀れだという表情を圭哉に向ける。

 何というか、フランチェスカといいトーマスといい、ラウネンは知人から散々な評価を受けているようだ。


「大丈夫なのかこの人……」


「聞こえているぞ。しかし、本当に助かったよ。トーマス」


「お、俺からも…ありがとうございました。だけど、近くにある詰所ってのはどこですか?それっぽい建物はどこにも……」


 辺りを見渡す圭哉にはそれらしき建物は見つけられない。


「それはそうだろう。詰所は三つ先の通りにあるのだから」


「は?」


 ラウネンの言う言葉に、圭哉は耳を疑う。

 だって、ラウネンはさっき、近くにある、と―――


「……少年、ラウネンの言うことは……あまり信用するな……」


 ―――つまり、ハッタリだった、と。

 その考えに至り、圭哉は冷や汗が止まらなくなる。


 もし仮に、このトーマスという男が通りがかっていなかったら、圭哉は今頃、あの刃物の餌食となっていたのだ。


 しかし、トーマスはこう続ける。


「……しかしラウネン、お前…俺がここに来るのを……見越していただろう……」


 その言葉はつまり、すべてラウネンの計算通りだったということか。

 そういえば、ラウネン喋るとき、太陽を見ていた。あれは時間を計算していたのだろうか。

 そんな疑いの目を向ける圭哉とトーマスに対しラウネンは―――



「さて、何の事かな」


 と、嘯いたのだった。

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