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第四話 【犬】

「うわああ!?」


 みっともなく叫ぶ圭哉に、獣は容赦なく組み付く。


「や、やめ!やめろッ!?」


 牙が、爪が、圭哉の眼前で踊る。

 動物の大きな体は圭哉を襲い、その重みに圭哉は―――


「―――あれ、重くない……?」


 気付く。

 爪や牙が圭哉の身体に当たると思うところに来ても、透過していくのだ。


「え?ええ?」


「やはりな。それは幻術だ」


「幻術?」


 遠巻きに眺めていたラウネンがいつの間にか圭哉の隣に来て、動物をまじまじと眺めながらしたり顔で言う。


「ああ。こいつはただの小型の動物…この様子からして、犬だな。それをこの芸人が周囲から大型獣に見えるように幻視の術を掛けているんだ」


「はえー……」


 感心した声を上げる圭哉の顔を、獣が舐める。

 くすぐったいが、どうにも退ける気にならず、頭を撫でてやる。それが嬉しかったのか、獣は更に唾液にまみれた舌を押し付けてきた。


「どうやらすごい勢いで懐かれている様だね。出会った時のあれにも、馬車の馬にも好かれていた風だったし、君はそういった類の賦才(ふさい)があるのかね?」


 出会った時のあれとは魔物の事だろう。しかし圭哉にはそのことよりも聞いたことがない名詞が出てきたことの方が気になった。


「え?……ふさい?」


「ああ、こちらで生来の能力という意味さ。で、どうなんだい?」


「えーっと……いや、前々から動物には好かれる体質ではあるんですけど……こんな露骨なのは珍しいです」


 動物に好かれると言っても、通学路にいた誰にでも吠える大型犬が圭哉だけに吠えなかったり、ペットショップのケースに並んだ犬たちが圭哉が来店すると挙ってお座りしたり、公園でうつらうつらとしていたら小鳥が圭哉の肩にとまってきたりと、その程度の事が月に二、三度あるくらいだ。


「……あれ?もしかして俺自覚なかっただけで結構好かれてた……?」


「意外な発見おめでとうと言いたいところだが、それどころではなくなる気がするね」


「……え?」


「あ、あんたらぁ……!!」


「げ」


 それまで呆気にとられていたげ芸人―――改め詐欺師の男が凄い形相で圭哉たちを睨んでくる。


「何してくれてんだ!?タネ勝手に明かしやがって!商売あがったりじゃねえか!?」


「え、あ、すいません…」


「詐欺師風情がよくもまあぬけぬけと…」


 完全に勢いで謝った圭哉と、呆れ顔を浮かべ、圭哉と詐欺師両方の顔を見下すラウネン。

 詐欺師は更に怒りを発そうと息を吸うが、その後ろの景色を圭哉は目の当たりにする。


 今まで自分たちが獰猛な姿をしていると信じていた獣が、実はただの犬だったという事実と、その自分たちを騙し、金を取っていた芸人に対する怒りを覚えた聴衆が、皆額に青筋を浮かべ、芸人の背後に立っているという様子を。


 その圭哉の表情を見た詐欺師は振り返り、民衆の表情を見るや否や、金の入った箱を拾い、一目散に逃げだす。


「待てゴルァ!!」「金返せェー!!」「この街に二度と来るなーー!!」


 そう言いながら、民衆も詐欺師を追いかける。

 結局広場に残ったのは圭哉とラウネン、それに獣の三名のみになっていた。


「……さてさて、帰ろうか」


「え?この状況放っておいていいんですか!?」


「……?何をだね?」


「いや、詐欺師を捕まえるとか……何かした方がいいんじゃないですか?」


「……先程も言ったが、私はあの詐欺師が一方的に悪いとは思っていない。騙される方が馬鹿だし、今の件に関しては騙しきれなかったあの男の方に問題がある。それだけの話だ」


「は、薄情な……」


 ラウネンの考えに苦言を呈する圭哉だが、当のラウネンがなぜそんなに食い下がってくるのか分からないという表情をしているので、価値観の違いとはこういうことなのだな。こういうことがしょっちゅう起こるならバンドが解散するのも仕方がないな。と圭哉は理解する。


「君が一人で解決できるというのなら私も止めることは無いが?」


「わ、わかりましたよ……もう追及するのはやめます」


「それでいい……ん?」


 話がまとまり、早速帰ろうとしたラウネンの視線の先、獣の姿が歪み始める。

 それは獣の隣にいた圭哉も気付き、頗る焦る。


「な、何何何!?」


「ああ、幻術が解けているのだろう。あの詐欺男が術の有効範囲から離れたか、意図的に解除したか、術どころではなくなったかの三択だな。どうでもいいが」


「あ、なるほど。……ちなみに術どころでないっていう状況ってどういう?」


「それは色々あるぞ。まあ考えられるのは客に捕まって袋叩きにされている、とかだろうか」


「あー……」


 そんな話をしているうちに、獣は変貌していく。

 剥き出しになっていた筋肉はフカフカの毛に覆われ、唾液の滴っていた牙は丸みを帯びた犬歯へと変容する。


「お、おお……中型犬だ。かわいい」


「わん!」


「さあ、今度こそ帰るぞ。もういい加減、済ませなければいけない用事もあるんだ」


「ああ、はい。すいません」


 転んでいた圭哉は、元々歩んでいた道へ戻るラウネンに従い、歩き始める。



 * * * * *



「……さてさてケーヤよ、我が家にたどり着いたはいいが……その犬は捨てて来なさい」


「わふ」


「……いや、俺に言われても困ります」


 やっとこさ到着したラウネン宅だが、圭哉の後ろには先程の騒ぎの犬が着いて来ていた。

 圭哉自身が引き連れようとしたわけではないが、体質のせいか犬は圭哉のことをやたらと気に入っているようだ。


「まあ、自分で世話をするというのなら構わないが……」


「……いやいや、別に俺飼いたいって言ってる訳じゃあ……」


「お母さん世話しないからね!死んじゃっても知らないわよ!」


「聞けよ!!そして急にキャラ変わったなアンタ!!」


「ノリが良いと言ってもらおうか。まあ、その犬は好きにすればいい」


「え?好きにって……」


「文字通り、好きに、だ。飼いたいというのなら犬一匹くらいの食費程度、賄える甲斐性はあるつもりだ」


「いや、だから……」


 別に飼いたいわけではないのだけれど。

 そう言おうと思った圭哉だが、改めて犬を見てみると、澄んだ目をして圭哉の足に擦り寄ってきている。これを捨てるには勇気が要りそうだ。


「それに、愛玩動物の一匹でもいた方が、ストレスを抱え込まなくて済むだろう?」


「―――」


 圭哉は驚いた。

 ラウネンの気遣いと、言われて初めて気が付いた自らのストレスに、だ。


 ラウネンは会って時間もそれほど立っていないが、全く人に気を遣うなんてしない人間だと思っていたし、何より今まで問題ないと思っていた精神面が、指摘されたことによってどっと疲労が押し寄せ、そして軽くなったのだ。


 ―――あ、俺、無理してたんだ。


 そんなことに気付けなくなるほど、この世界に来てからは色々なことがありすぎた。

 圭哉は一度、深く深呼吸と瞑目をし、ラウネンを改めて見て、


「ありがとうございます」


 感謝の意を述べたのだった。

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