第三話 【王都到着】
寺坂圭哉は微睡みの中にいた。
一度落ちた眠りから意識が舞い戻り、しかし完全に覚醒するには今一つ気力が湧かない。そんな状況だ。
圭哉の身体には絶え間ない振動が襲っている。寝惚けているのか、なぜ自分が揺れているのかは全く分からない。
―――ああ、そう云えば。
確かあのラウネンという胡散臭い男に従い、数時間の旅の後、何とか村で馬車を見つけ、乗ったのだった。そこまでは覚えている。
この揺れる感覚は馬車の振動か。やたら揺れる。姿勢が勝手に変わる。隣に置いてある荷物が鬱陶しい。家のベッドが恋しい。
―――家のベッドで思い出したが、両親は元気にしているだろうか。
圭哉の閉じた瞼の闇の中に二つの顔が思い浮かぶ。
寺坂家はあまり仲のいい家庭ではなかった。会話も少なく、両親が共働きであることも含め、一人で食事をすることも多かった。
しかし圭哉自身は育ててくれた両親に感謝をしていたし、親からの愛を感じることもあった。それでも仲良くできなかったのは―――
「ケーヤ。そろそろ起きたまえ」
「……んん、はい」
思考を巡らせていたところにラウネンの声が通る。
微睡みの靄は一切晴れ、瞼が持ち上がる。
圭哉は頭を振って血流を良くしようとする。意外と効果があったりする。
「もう王都に着くぞ。着いたらすぐに私の家へ向かい、君に服を貸そう。君が異世界人だということはなるべく他の人間には悟られない方がいいだろうしね」
「はい……え?どうしてです?」
「フェードリ教の連中が黙っていないからさ」
ラウネンは小声で話す。その様子からあまり明るくない話だと察した圭哉は、聞き取りやすいようにラウネンのそばに近寄る。
「フェードリ教はこの世界で行われている宗教の九割を占めていると言われる宗派だ。奴らに見つかってしまったら恐らく君は異端者として抹殺されてしまうだろうからね」
「お、穏やかじゃねえ……」
「自分と違うものを恐れ、自分も多数派であろうとする、愚かな人間の象徴のような連中だ。だが、権力や影響力は馬鹿に出来ない」
ラウネンはそこまで言うと、椅子に積まれていた荷物を少し退かし、馬車の窓から外を見る。すると彼は外套から見慣れない硬貨を取り出し、数え始める。
圭哉も同じように外を眺める。すると大きな門が見え、そこに何かしらの文字が書かれているのが見えた。
馬車がその門の検問を超え、街の大通りと思われる場所に出ると馬車は止まり、業者が戸を開き、表情に長時間の旅路の薄っすら疲れを滲ませながら代金を請求する。
「到着致しやした。代金は二人でマルカ銀貨8枚でェ」
「ああ、丁度8枚だ」
「毎度ォ」
手慣れたやり取りを圭哉が傍観していると、ラウネンがそれに気づいたように説明を始める。
「この硬貨はマルカ銀貨と言って、この国で主に流通している硬貨の一つだ。他にはカッタ銅貨、エーラン金貨といったものがあるな」
「ほー……」
この世界も貨幣制度なのか。と圭哉が妙な関心をしていると、業者がラウネンと圭哉の顔を窺いながら話に入ってくる。
「お連れの方は他国からいらしたんでェ?」
「え?あ……」
「ええ。親戚の子を訳あって引き取ることになってね」
「ほほォ、では不便なこともあるでしょう。お困りの時は私共ォ、デッケン商会を是非御贔屓にィ」
「ああ。頼りにさせてもらうよ」
業者が深々と礼をし、馬車からの退出を促す。
ラウネンは迷いなく馬車から身を出し、圭哉もそれに倣う。
外に出ると、圭哉は馬車につながれていた馬を見る。元居た世界で見慣れた競走馬に比べ、幾らか大きな品種のように見える。
馬を眺めていると、馬も圭哉を見つめ返してくる。じっと見つめてくるつぶらな瞳はとても興味津々といった表情で、圭哉はその様子にむしろ怖くなる。なんか食べられそう。
次に圭哉は馬から目を離し、都をぐるりと見渡してみる。
都の外観は『THE 西洋』といった様相で、ファンタジー系のゲームなんかでよく見る街並みだ。やはり元居た世界と文明の進化の歴史が似ているのだろうか。というかむしろ西洋の街並みを考えた人がこの世界から圭哉のいた世界に召喚されたのではないかと疑うほど、この人々が暮らす様は違和感を感じなかった。
馬車から離れた後、圭哉は一つそういえばと疑問に思う。
「デッケン商会……?あの人、馬車業者じゃなくて商人だったのか」
「ああ。君は取引には参加していなかったから解らなかっただろうが、彼は王都へ納品の為に来る予定があったらしく、ついでにと頼んで乗せてもらったのさ」
「はあーなるほど。あの荷物はそういう……」
道理で人に乗せるのに適さない形だと思った。
またもそんな妙な感慨を得た圭哉に、ラウネンは通りの先を指差し、圭哉に向って言う。
「さてさて、私の家は向こうにある。着いてきたまえ」
* * * * *
「―――なにあれ?」
圭哉は口走る。
急いでいたラウネンが面倒臭そうな表情を浮かべるが、カルチャーショックというものは口をついてしまうものなのだ。仕方ない。と、圭哉は言い訳を考える。
圭哉の視線の先にはライオンに似た妙な動物を操る奇抜な格好をした男性が居た。
周囲には人だかりができ、民衆は男の足元にある箱へ硬貨を投げ入れていた。
「……ふぅ、あれは旅芸人だな。君の世界にはああいった手合いもいないのか?」
「ああ、あれが大道芸ってやつですか……昔はあったみたいなんですけど、少なくとも俺が住んでいるところでは見ないですね」
「まあ、恐らくあれは道化師というより詐欺師という方が近いだろうがな」
「え?」
ラウネンの冷めた目を辿ると、どうやらその先には妙な動物がいる。
その妙な動物は図体や牙、爪といったものが軒並み大きく、見るからに危険ですよという風袋をしているものの、どこか愛嬌のある顔立ちをしており、男の指示に従い大玉の上に乗ったり、芸を披露したりしている。
「……あの動物、偽物なんですか?」
「偽物というか、本物だと思わされているという方が正しいかな」
「何が違うんですか、それ……」
「あの動物に騙すつもりは無いということさ」
「……?」
言い回しが迂遠すぎてよく分からない。しかし、気になってしまう。
「うーん、見に行っていいですか?」
「目立つ行為をしないようにね。人を騙して生計を立てるのも、この世界では一つの手段なんだ」
「……はい」
―――まあうちの世界でもそうだろうけど。
圭哉は内心独り言ちるが別に言う必要もないことだったので留めておくことにする。
人混みをかき分け、何とか見える位置を陣取る。
近寄ってみると、本当に不思議だ。
動物は間近に見ると迫力が凄く、しかしあの魔物のような人に危害を加えるような気配は全く感じない。
ほぁー。と感心していると、人混みが急に動き出し、それに揉まれて圭哉は芸をしている男の前へ押し出されてしまった。
「う、わ!」
押し出されるままに倒れこむと、観客と芸人の男、動物の三方面のど真ん中にいることに圭哉は気が付く。
……あ、不味い。目立つなって言われたのに。
そう思った時には既に遅く、動物は闖入者をじっと見つめるように佇んでいた。
圭哉がこの世界では見ない格好をしているせいもあり、周りの視線が妙に痛い。
「あ、す、すいません、今すぐ――――」
どきます。
そう言おうとしたとき、動物が圭哉に向かって飛び掛かってきた。




