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魔法使いの女王とその娘、農夫の恋、どこまでも広がる廃墟の庭

 私は記憶喪失者だ。いつからかこの世界を旅している。行かなければならない場所も、帰らなければならない場所もない。そのいずれかどちらかの場所を思い出したとき、記憶は再生され、私は私を取り戻すだろう。記憶を取り戻すのはとても容易な気がするのだ、たとえばあなたは必ずまばたきをしているだろう、一分につき五回から十八回。目が乾いているのなら、意識してまばたきの回数を増やせばいい。とても簡単だ、しかし私はそれを拒否している。

 私の目は常に乾いていて、充血しており、疲れきっていて、それでもなおコンマ何秒の世界の移り変わるさまを、餓えた獣の目になって見つめられずにはいられない。

 数回瞬きをすれば、私は私を取り戻す、しかし、私はその行為を否定する。

 ひとを愛したと感じた時、抱きしめたいという衝動を抑えられないように、私は私の記憶を封じ込めたいという衝動を抑えられない。


 ばかばかしい説明はここらへんでやめよう。


 持ち物は布の鞄に入っている。下着が三枚、替えの服がひとそろい、丈夫な金属の器。それらを清潔に保っている。

 

 ふと気がつくと違う場所にいることが多いのだが、ありがたいことに水が絶えたことはない。か細い、しかし清らかな水が流れ、小さな銀の魚がちらつく川であったりもするし、雑踏の中に設けられた、金けの強い井戸水であったりもする、しかし、水があれば必ずなんとかなる。

 記憶がない間に、おそらくどこかで手伝いをしたのだろうか、鞄の中に干し肉や干し飯が入っていることもある。それに、季節があえば、道端に旅人のために植えられている、みずみずしい果樹にありつける。また林の中の、小さな木の実-香ばしいドングリや、椎の実たち。

 

 それから、私にはひとつ技能があるようだ。

 どこかの村、町や街に逗留する。時に道端にそのままに寝ており、心のままに座っていることもある。

 いつの間にかその場所で身分のあるだろう人が潜んでやってきて、話しかけられる。何かを問われ、何かを返す。はじめ仮面をかぶったように無表情だった顔が、やがて涙とともに崩れてきて、私はいくばくかの食べ物や、時に金を貰うこともある。

 そうして私は宿で体の疲れを癒し、その人たちの秘密を背負い、次の旅に出ているのだ。その繰り返しであるのは、記憶している。


 これから話すのは、中でも数奇な人生を送ってきたと感じる人、そして、「話してください、たちのような人生があることを、誰かに話してください、そうやってたちは生きていける」そういう切実なものを、私に託してくれた人々の、物語である。

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