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一片の物語

「津々うらうら」

作者: 翠野希
掲載日:2015/09/28

「おい、うらうら。行こうぜ」

 背負った太陽と赤く染まった草原までも、やつの味方に見える。

「うらうらじゃない」

 僕の本当の名前は筒井だ。筒井の「つつ」から「津々浦々」を連想したあだ名なんて、遠回し過ぎる。

「ゴロがいいだろ、うらうらって。だいたい、ツツって言いにくいんだよ」

 だいたい、行こうぜって言う女の子は可愛くない。

 と言い返してやろうかと思ったが、やめた。彼女の名誉のために言っておくと、可愛くないというのは口の利き方のことだ。

 という訳で僕は、

「世の中の筒井さんが泣くよ」

 と穏かにたしなめたのだが。

「泣くのはあんた1人だよ」

 文句を言っても、いつもやつのペースに巻き込まれる。

「その点、田中見里は優秀だろう?」

 名前はもらったものだから仕方ない。悔しいから、敢えてもごもごと、たなかみさと、と3回言ってやった。だけどやつは気にもせず、振り返って前を歩く。風に吹かれる草原たちと戯れるように、鼻歌交じりに背を揺らしている。

 全くもって無力である。やつの背中に向けてぼそぼそと毒づいていると、

「うらうらがうだうだ言ってやがる」

 と、軽快なステップのままに反撃された。

「うだうだうだうだ」

 やけっぱちになって抵抗しても、聞きやしない。もはや、むだむだだ。

 ふと見里は顔だけ振り返り、肩越しにふっと笑う。

 やられた。

 僕はいつも、この無自覚のトリックにはまっている。

 こうして歩いているうちに、筒井は全国を回ってしまうのかもな。

 筒井うらうら。


短くてどこへも出せない話をよく書きます。今日はここへあげましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  おはようございますm(__)m。タケノコです☆。  作品を拝読しました。日常をセンス溢れる筆力で描写しており流石だなあと思いました。情景が脳裏に易々と浮かびました。上手いです! 情緒の…
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