操り人形とオモチャ
「――でね。真央君、あっという間に不良たちを追い払っちゃったの。すごいよね」
さらさらとしたピンク色の髪を弄りながら、近藤 有紗が惚気ながら話をしている。
本当、暢気なものだと思う。
私は内心、かなり冷めていた。他人の惚気た話なんて聞きたくないし、興味もない。まぁ、聞かなければいけないので、聞いているけど。
そして私は、色々な男性の情報を彼女に差し出さなければいけないのだ。そのために、わざわざ好きでもない男どもの情報を集めるために駆け回っているのだから。
「そうなんだ。森谷君は運動神経が抜群だから、それくらいお手の物なんでしょうね」
「かなぁ。今度お礼しようと思うんだけど、何プレゼントしたらいいんだろう」
「森谷君は体が大きくて目つきが悪いけど、実はかなり甘いものが好きらしいの。特に、シュークリームが大好きらしいわ。有紗、この前“スコール”のオーナーと知り合いだって言ってたし、頼んでみれば? きっと、悦ぶと思うわ」
「シュークリーム……うん、そうしてみるね。でも、森谷君が甘いもの好きだったなんて、意外だなぁ。静葉ちゃん、よくそんなこと知ってるね」
「友好関係が広いから、色々情報が集まってくるの。それより、有紗。生徒会のお手伝いがあるんじゃなかったっけ。大丈夫なの?」
「あ、そうだった! 行かないと会長に怒られちゃう。静葉ちゃん、いつもありがと。私、行くね!」
有紗は自分の役割を思い出したのか、慌てて去っていく。
「……そう、さっさといけばいいのよ。貴方は所詮、オモチャでしかないんだから」
すべて、あの方が考えた通りに動いていればいいのよ。余計な手間、取らせないで。
ま、あの方の人形である私が言うことじゃないかもしれないけどね。
生徒会室を覗くのに最も適しているのは、第一校舎の社会資料室だ。ここの窓から覗くと真正面に、第二校舎にある生徒会室が見える。
普段は誰もいない場所で鍵がかかっているんだけど、私はこの部屋の合鍵を持っている。本当ならありえないことだけど、私にはそれができるのだ。
隠していた双眼鏡を取り出し、生徒会室を覗く。あー、今日は会長と二人きりなんだね。
会長、二宮 正治。少しわがままで尊大なところが欠点だけど、きりっとした眼光がとても人気なイケメンだ。私は嫌いなんだけど、リーダーシップとカリスマは確かにある、と思う。私は嫌いだけど。
何が嫌いなんだって?
他人が出来る仕事の限度を見極められないところ、かな。
ほら、今も有紗にあの狭い生徒会室を走り回させたから、思いっきり転んで花瓶を割っちゃったじゃない。で、その花瓶から飛んだ水がプリントにかかってグチャグチャに……。
有紗はね、慌てたら失敗する子なのよ。優秀なんだけど、体の動きは俊敏じゃないんだからあの子のペースを乱したらそうなるに決まってるじゃない。
それなのにやらせて、失敗するから怒る。馬鹿な男だわ。
まぁ、そのお陰で有紗はびしょ濡れで、シャツが透けてブラジャーが見えると言うエロイベントになってるんだけどね。これは、会長の好感度、上がったかなぁ。有紗、胸大きいもんね。
会長、かなりの特殊性癖を持っているみたいだからね。ちらリズム? 透けブラとか、パンチラとかそういうのが好きなむっつりスケベみたいよ。家族の誰かに、裸族とかがいるのかしら。
……そういうところも、私の生理的嫌悪感を生み出している一因だと思うわ。
「ホント、男の人って良く分からないわ。どう見ても下着は下着じゃない」
しかもあの子の下着、胸が大きいからってあんまり可愛くないものなのよ。胸って、大きすぎるとブラジャーの種類が少ないんだよ、ってあの子呟いてたし。
静葉ちゃんはいいよね、平均サイズだから色々選べてって……悪かったわね、平均サイズで!
「あー、あとで有紗に着替えを持っていかないとダメかしら。でも有紗のサイズのブラジャーなんて持ってないし……私のなんて到底入らないし……。あんなの、入るわけないじゃない!」
なんだろう、自分で言ってて非常に悲しくなってきた。
はぁ、とため息をつく。
「ふふ、僕は好きだけどな、静葉のサイズ」
えっ!? 聞かれてた!?
慌てて振り向いてみると、そこには見知った顔がいた。
「青菜様……」
その方の姿は、例えるならば美麗な悪魔。美しい漆黒の髪と彫が深く整った顔立ちで、身長が高くてほっそりとした体つきをしている。
――ホント、魂が吸われるかと思うくらいに綺麗だ。
若槻 青葉様。学校では何も行動は起こしていないけれども、実はものすごい人だ。
家は世界に名だたる大財閥。すでにいくつかの経営に手を付けており、その業績を大きく伸ばせる手腕を持っているのよ。すでにいくつものプロジェクトを成功させて、黒字に大きく貢献している。
そして、
「静葉の胸は大きすぎず、小さすぎず、丁度いいよ。僕は、一番好きなサイズだ。あまり大きくなられちゃ困る」
「それは……それなら、今の大きさを維持するようにいたします」
「そうだね、ぜひ、維持してくれ」
「はい、仰せの通りに――私は、貴方のオモチャですから」
遊ぶ女にも、困っていないの。
私も、そんな中の一人。
人が一生で得るにはあまりにも大きすぎるお金を得てしまった青菜様が買った、おもちゃの一つ。
すごいよね。十億、ポンと出しちゃうんだもの。十億なんて、私じゃきっと一生かかっても稼げないお金なのに。
私はそんなお金で、青菜様に買われた。そのお陰で家族……ううん、元家族のみんなは生活している、と思う。正直、どうなっているのか知らないんだけど。
赤の他人になったわけじゃないけど、優先順位が低いもの。そんなもの、調べる暇なんてないわ。
「それで、アレの様子はどうだい? 予定通り、行っているかな」
「はい、順調だと思います。このままいけば、青菜様の計画通りになる可能性は高いかと」
「ほぅほぅ、それはいいことだ」
青菜様が寄ってきて、私の手にあった双眼鏡を取って生徒会室を覗く。
ついでとばかりに肩を抱いて引き寄せられたが、私は気にしない。いつものことだから。オモチャに、拒否権なんてないから。
「うんうん、大分、順調そうだね。ふふ、このままいけば完成が近いかな。有紗ちゃんの――逆ハーレムは」
耳元で囁かれる言葉は無邪気で、それでいて恐ろしい一言。普通の人が言ったら、頭の具合を心配するような、とんでもない言葉だと思う。
そう。今の彼女、有紗ちゃんを取り巻く状況は、この人がすべて作り出しているの。
俺様系の生徒会長が惚れているのも。
ケンカの強い実は甘いもの好きの不良が惚れているのも。
ツンデレ系我儘坊ちゃんが惚れているのも。
三十路過ぎのおじ様系養護教諭が惚れているのも。
古風な家系に生まれた将棋部の部長が惚れているのも。
みーんな、青菜様が考え、動かした結果。
彼らは、青菜様が動いていることを知らないけれどね。
「……逆ハーレムなんて、どうして作ったんですか?」
私はポツリとつぶやいた。私は青菜様のオモチャだけど、色々個人的に動くことを認められているし、この程度の質問なら答えてもらえる、と思う。
「うーん、そうだねぇ……。なんかさ、この学校の環境が、乙女ゲームに似ていたから、かな」
「乙女ゲームですか」
「そう、乙女ゲーム」
なるほど。言われてみれば、そうかもしれない。
私たちの通う学校は先進的なことをしようとしているから、なんか妙なことも色々とやるしイベントも多い。
おまけに私たちの世代は美形が多いと先生が呟くくらいにイケメンが揃っているし、話題になっている。
私はゲームなんてしないから確実なことは言えないけど、青菜様がやっていたゲームの設定に結構近い感じだ。青菜様は好きなんだよね、ゲーム。非現実的だからこそいいこともある、って。
確かに有紗を取り巻く環境は、決していいものではない。不穏な空気は、常に漂っている。それが蔓延しないのは青菜様が各方面に裏から渡りを通しているからだろう。
「実際にこんなことをさせられる機会なんて、流石になかなかないからね。好都合だと思ったんだ。丁度、静葉の友達に可愛くてヒロイン向きの子がいたからね。やるしかないだろう?」
青菜様は覗きに飽きたのか双眼鏡を置く。
そのまま、その手で私の制服のボタンをプツリプツリと外しはじめた。恐ろしく手慣れた手つきで、あっという間に制服を剥いでいく。
「……青菜様は、混ざらなくていいんですか? 青菜様こそ、乙女ゲームのキャラクターっぽい生い立ちだと思いますが」
「ああいうのは外から見ているのがいいの。それに僕は、女の子を誰かと共有する気はない。それほどまでに価値のある子ではないからね、あれは」
「なるほど、確かに騒動に巻き込まれるより、外から見ていた方が楽しそうです」
だからこそ、私をサポートキャラ役にして、傍で観察できるようにしたのだろう。
まぁ、私は騒動の近くにいるので、外から楽しむ暇なんてないんですけど。ああいった舞台の設置もやってるから、いろいろ忙しいし。
「もし、逆ハーレムが完成したらどうするんですか? 管理は、大変そうですけど」
「そうだね。でも、壊れるなら壊れるで面白いと思うよ。最初は仲良く共有していたものが、少しずつ崩れ、歯車が合わなくなっていく。それはさぞかし……愉快だろうね」
ああ、この人は壊す気なのか。全部完成したら、こんどはグチャグチャに。
可哀想だとは、思う。有紗は中学生からの知り合いで、あまり人と関わろうとしない私を友達だと言ってくれた子だから。出来ることなら助けてあげたい。
だけど――私は傍観する。
私は青菜様の操り人形だから。青菜様が、この世で一番大事だから。有紗を助けることはできない。出来るはずがない。
「……じゃあ、私も壊すんですか?」
「ふふ、君は、壊さないよ。じっくりと、最期まで楽しむつもりだから」
青菜様が私を押し倒す。勿論、私が抵抗することは、ない。
むしろ自ら進んで青菜様の体に手を回し、抱き着く。細身の体は見た目よりもずっとがっちりしていて、わずかに香る汗の匂いはとても蠱惑的だ。
「絶対に、壊してなんてあげないよ。君は、僕の物。僕だけのものなんだから。一生、使い続けてあげる」
「……ありがとう、ございます」
いずれ捨てられるオモチャと、一生使い続けられるニンギョウ。
どちらが幸せかは分からない。
ただ、それで青菜様が楽しんでいると分かれば、私には十分だった。
過去に書いてあったものを偶然発掘し、まぁまぁの出来なのでそれならと投稿してみることに。
数か月? ぶりの投稿です。当時はやっていたらしい乙女ゲー関連のアンチテーゼっぽいもの、かな。
乙女ゲーの世界っぽいけど実は乙女ゲーではなくて、それを裏から作り出しているっていう設定。主人公はサポートキャラ役で、同時にヒロインちゃんを操りつつ逆ハー完成させることが目的。
その主人公のご主人様が青菜様。魔王と言うか裏ボスと言うか隠しキャラと言うか、そんな存在。主人公が盲目に慕っている人。この人のためなら浮浪者にだって体を許すし、死ねと言われれば死にます。
他のキャラはぶっちゃけ適当に作ったようなので略。テンプレ的な感じだと思っていただければ。
このストーリーの後はきっと青菜様の計略がうまくいって逆ハーに一時期なるんだろうけど、結局のところ破滅するでしょうね。青菜様、破滅させる気満々だし。
多分、特に有紗ちゃんは徹底的に壊されるんじゃないでしょうか。
絶望し、失意のどん底に落とされ、そんな中ただ一人手を差し伸べた主人公。少し気持ちが上向く有紗ちゃんですが、その直後青菜様と主人公の手によって全てが仕組まれたと知り、壊れる。そんな感じで。
救いがないな、と思うけど青菜様が喜んでいるので、主人公的には幸せな流れになるはず。