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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
35/37

学校 1

 ……身体が動かない。

 頭が重く、外界に反応できない。

 「……ちゃん」

 何か懐かしい声が聞こえる。

 「お姉ちゃん!」

 だが、身体をどうしても動かすことができない……

 「お姉ちゃんたらっ! いい加減に起きないとホントに遅刻するよっ!」

 (……え?)

 やっとの思いで瞼を開く。

 「……眩しい」

 「当たり前じゃない、時計見なよ、この寝ぼすけっ!」

 我に返った萌の前に、妹の妙がもう制服を着込んで立っている。

 「た、妙っ! あんた無事だったの?」

 「何言ってんの、あたしはもう行くからね」

 「ちょっと待ってよ、お母さんは……」

 あの鬼女のような母の顔を思い出し、語尾を擦れさせながら萌は尋ねる。

 (……お母さんは)

 「もち、かんかん! 早く行った方がいいと思うよ。じゃね」

 「あ、ちょっと……」

 呼び止める間もなく妙は階段を降りていく。萌は呆然と部屋を出て行く妹の後ろ姿を見送り、二十分ほどぼおっと布団の中にいた。

 そしてゆっくりと時計に視線を送ると……

 「げっ!」

 家を出る時間はもうすぐだ。

 慌てて身支度をし、ばたばたと階段を降りる。

 「おはよう……」

 それでも少し不安で、萌は柱の影から母を見つめた。と、いつもと変わりないエプロン姿がこちらを振り向く。

 そして鬼女のような形相で……

 「何してるの、萌っ! 早くしないと遅刻するよっ!」

 萌は跳び上がり、そして幾分ほっとしながら母に声をかける。

 「……ごめん、今日は朝ご飯パス」

 「ええっ、もうパン焼いちゃったのに?」

 不機嫌な声を背に、洗面を済ませ髪を整える。

 「とりあえず、行ってきますっ!」

 「だから夜更かしは駄目って言ったのに! 今日の晩ご飯はこのパンだからね!」

 テーブルの上の弁当箱をカバンに押し込み萌は走った。

 (……全部、夢だったのか)

 それにしても何てリアルだったんだろう。

 もちろんあんな超常的な事が現実に起こるとは思えないが、あまりにも生々しすぎた。

 (それに……)

 走りながら萌はふと両手を見つめる。

 それはまだ熱い。あの感覚の余韻が抜けきっていないように。

 「萌っ、遅いっ!」

 家の前で待っていた百合子が口を尖らかせる。

 それは小さい頃から知っている、面倒見の良い百合子だった。

 「ご、ごめん」

 少し速度を落とし、萌は弁解する。

 「ちょっと変な夢見ちゃって」

 「どんな?」

 「……うーん」

 思わず萌はうなった。あんなものをどう他人に説明したらいいんだろうか。

 「ま、いいけど」

 百合子は当然気にしていない。

 「それよりさ、言ってたあれ見た?」

 そういえば、トーク番組に百合子の好きなグループが出るので見ろと言われていた。

 「見た」

 「ほんと、きゅんきゅんしたよね、あの高校の時の話!」

 そう、それで夜更かしして、今朝母親から怒られることになったのだ……

 「おはよう」

 電信柱の側から和実が手を振った。

 「今日はいつもよりちょっと遅いね」

 「こいつのせいよ」

 百合子が萌を軽く睨む。

 「だからごめんってば。」

 いつもの朝だった。入道雲が遠くに見える、すかっと晴れた空。

 「そういえば夏期講習どうする? もうそろそろ締め切りじゃない?」

 「そうそう、私もそれ聞こうと思ってたんだ」

 二人の会話に、萌は何となくほっと溜息をついた。

 (……良かった)

 何気ない平凡さがひどく幸福に思える。

 このまま普通に学校に行き、友達とテレビの話で盛り上がって、それから……

 「ね、百合子、ちょっと」

 と、それまで夏期講習の日取りについて話をしていた和実が百合子を突く。

 「あれって高津君じゃない?」

 「あ、ホントだ」

 跳び上がるほど驚いて顔を上げた萌の視界に、自転車を降りて塀に身体をもたせかけた高津の姿が見えた。

 初めて出会ったあの角に……

 「珍しいね」

 「あれは人待ちだよ、絶対」

 萌は百合子の腕を後ろから掴む。

 「何よ、萌、痛い」

 「ゆ、百合子……」

 声が震える。

 「高津君、知ってるの?」

 「何言ってんの、萌じゃあるまいし」

 和実が笑った。

 「一年の時からバレー部のレギュラーで、背は高いし格好いいし優しいし、うちの学校の女の子で知らないのはもぐりよ。確かうちの部活の一年が親衛隊作ってるって言ってたっけ」

 「まあ、顔音痴のあんたが知ってるぐらいなんだから、万人が知ってるって思ってもいいんじゃない?」

 高津に近づくにつれ、動悸が激しくなった。

( 声をかけようか……でも向こうはあたしを知らないはずだし)

 しかし、知らないはずの高津がどうしてあれほど鮮明に夢になど出てきたのだろう。

 (このまま顔を伏せて通り過ぎよう)

 夢は夢のまま、心に秘めておく方がいいような気がする。

 きっとそこに立つ彼は、悪夢の中でともに戦った彼とは違うのだから。

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