山頂 1
やがて涙も涸れた頃、萌は視界に目的地と思わしき場所を捉えた。あと、十分ほどで山頂に着くだろう。
そこは意外に平たく、ハイキング用に整備すれば小さな公園ぐらいできそうな広さだ。
だが、現状では大きな岩がごろごろと転がっている殺風景な場所だった。
(暁、夕貴、……村山さん)
高津は一言も話さない。ただ萌の手を掴んだまま、黙々と歩き続けている。
(……どうして)
一番役に立たない自分が生き残ってしまったのか。
ふと、村山の言葉が頭に響く。
……違う、萌なしでは多分、この先やっていけない……
途端、胸が張り裂けそうに痛くなった。
(あれは、どういう意味?)
嗚咽を止めるために、他のことを考えようと試みる。
……四人というところも俺の想像と違う……
(あれも、どういう意味?)
確かに、多ければ多いほどいいと夕貴は言った。だが、同時にわざわざ四人いないと勝てないとも言ったのだ。
(単にリソカリトが四人以上いれば、緑のお化けを取り押さえるに足る人数だという意味なのかもしれないけど)
……俺にはわかるよ、萌の特別な力が何か……
それとも、夕貴の言葉とは別に、萌の事をいずれ役に立つ五人目のリソカリトだと思ってくれていたということか。
(考えてわかるものなら、もう答えはでてるはず)
とにかく、黒い人に会わないことには埒があかない状況は変わらない。
しかし、何度も打ち消した不安がまた心をよぎる。
(黒い人も助けを待ってるだけの人だったら……)
だが、そう思った時、萌の頭に浮かぶ可能性……
(黒い人もリソカリトなのかな)
凄い力を持っているけど、緑のお化けに囚われているみたいな?
(どっちにしたって、今はもう緑のお化けに勝てる人数じゃないし)
ため息をついた萌の頭に、誰かの言葉が再び響く。
……違う、萌なしでは多分、この先やっていけない……
自分を最後まで信じてくれていたらしい村山の声。
また涙が流れる。
(教えてよ……村山さん、どうしたらいい?)
手首が痛くて、萌は高津に目をやった。
どうして彼はこんなに怖い顔をして、前へ前へと歩いて行くのだろう。
……もし俺が、俺じゃなくなったら、構わず切り捨ててくれていいから……
ずっと前に聞いた気がするような言葉がまた頭に響く。
(それってどういう意味?)
妙な言葉だと思う。
高津の中に別の人格がいるとでも言うのだろうか。
(……高津君はずっと岩岳に行くのをいやがっていた)
それなのにどうして今、こんなに足早に急ぐのか。
(急がないと間に合わないから?)
それとも、
(まさか!)
ぎくりとして萌は一瞬立ち止まりかけた。
さっき考えた可能性。
(もし、村山さんが言うように、あたしもリソカリトだったとしたら)
残る三人は一体誰なのか。
村山と暁に夕貴、そして高津……
(……まさか、ね、)
だって萌には何の力もない。
(……本当に?)
どんな力もない?
(……トイレに行かなくていい事とスタミナと、役に立たないほどの微妙なテレパシー能力?)
萌は頭を一つ振った。
(あたしきっと疲れてる……)
そうだ、高津はずっと優しかった。最初からずっと萌の側にいて、危険を察知しつつ一緒に逃げていた……
(でも、本当にこんな人、同じ学年にいたのかな?)
いや、萌の場合は人の顔を覚えるのが大の苦手だ。きっといたのに気づかなかっただけだ。
……そう、あれは彼らの力なのさ……
萌は唇を噛む。
(井上みたいな男の言葉を信じてたまるか)
そもそも、高津が敵側の人間だとしたら、萌と一緒に逃げるなんて事、ありえない。
高津と最初に会ったときのことを思い出す。
(……空耳が聞こえたのかって言ってきたんだっけ)
思えばあれから彼は萌に興味を持った。
確かに高津も同様に声が聞こえるとは言ったが、それは萌の言った事にうまく口を合わせただけのようにも思える。
その声の主に会わなければいけないと言いながら。
そうして彼女と一緒に行動する中、他のリソカリトが数人集まるのを待って……
(何を考えてるんだろう、あたし)
浮かぶ黒い思考を必死で追い払う。
町を突っ切る時、高津がビニールシートにかけた手を滑らせたから、萌たちは逃げねばならなくなった。
井上は言っていた。赤と青に人を見分けられる人間が、彼らの中にいたと……
(違う!)
あの男が言った言葉は、どう考えても萌を高津から引き離そうとする根拠のない誹謗にすぎない。
(だって、黒い人に会うために、こんなに急いで……)
それは何のために?
萌と同じく、疑問を解くために?
それとも黒い人を始末すれば、彼の仕事が終わるから?
(そんなはずない)
どうして彼は岩岳に行きたくなかったのか。
ここに来たら、人格が変わることがわかっていた?
……もし俺が、俺じゃなくなったら、構わず切り捨ててくれていいから……




