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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
31/37

ガレ場 3

 木々はめっきり少なくなり、勾配のきつくなった道に、ごろごろとした石や岩が目立つようになってきた。

 下界から見えたガレ場に差し掛かったのだ。

 追っ手は当分来ないという安心感はあるが、少し油断をすると足を滑らしそうな足場なので、話をする者は誰もいない。

 (こんなところに、一体誰が待ってるっていうんだろ)

 風はなく、鳥の声も聞こえない。

 妙に深閑とした単色の風景画の世界に迷い込んだような……

 「?」

 その静けさの中、萌は何か小さな音を耳にした。同時に高津が叫ぶ。

 「敵だっ!」

 振り向いた彼らの視線の先、

 「……ヘリコプター」

 ツートンカラーが鮮やかなそれは、間違いなくこちらに向かって飛んでくる。

 「走れっ!」

 夕貴を抱いた村山が、少し木が密集している地点を指さした。ここからなら百メートルもない。

 だが、傾斜がきつく、たかだかその程度の距離だのに果てしなく長く感じる。

 「もうだめ」

 少し速度を緩めようとしたときだった。

 耳元でズキューンという音が聞こえた。

 「……あ」

 萌より大分先を走っていた北浜がゆっくりと倒れる。そして彼の倒れた地面は赤く血塗られていた。

 「っ!」

 叫んだ萌を高津が引っ張った。

 「急げっ!」

 何を考える間もなく、彼らは木陰に転がり込んだ。頭上で爆音が響き、再び幾発かの銃声が聞こえる。

 首をすくめた萌の手を、高津が強く握った。

 「上からじゃ、この位置なら当たらない」

 しかし、ほっとしたのはつかの間だった。

 ヘリコプターはしばらく彼らの上を旋回していたが、やがてその場所から少し下にある、比較的平らで見通しの良い岩棚の上でホバリングをした。

 そして、目を見張る彼らを尻目に、ロープを伝って三人の男たちが素早く大地に降り立つ。

 「くそっ!」

 高津と萌は銃だけを握り、リュックは捨てた。

 そして、言い合わせたように全員で再び山の傾斜を走る。

 「あの上のところに突き出た岩、あれが今にも落ちそうだ」

 村山が走りながら見上げた岩は、確かにこの斜面の上に無言の脅威を与えている。

 「あそこまで行けば……」

 しかし、彼がそう言いかけた時だった。再び彼らの頭上にヘリの陰が迫った。

 「あっ!」

 まさかと思うほどの風圧で、萌は横に滑ってしまう。

 「痛っ」

 肩をしたたかに打ち、地面に倒れ伏した萌がようやくにして顔を上げた時だった。

 ヘリコプターの操縦席の隣の男が長い筒を構えているのが目に入った。

 そしてそれが、萌から十メートルほど離れていた人影に向かって火を噴く。

 「きゃあああっ!」

 狙われていることがわかったのだろう、村山は夕貴の上に伏せた。

 その身体に鋭く煙硝が立つ。

 「村山さあんっ!」

 頭が真っ白になった。

 怒りと悔しさで何もわからない。

 萌は立ち上がって銃口をヘリに向けた。

 両手が火のように熱い。

 「このやろうっ!」

 引き金を絞ったのかどうかも覚えがなかったが、ヘリはうまい具合にどこか撃ち抜かれたらしく、空中で炎上、爆発した。

 「きゃあっ!」

 その爆風で再び萌は吹き飛ばされた。

 辺りは砂と煙で真っ白になり、何も見えない。

 「村山さんっ、夕貴っ!」

 足の力が失せて、その場にへたり込む。

 だが、そうしてられないことはわかっていた。

 萌は這うように立ち上がり、よろめく身体を騙しながらさっき見えた風景の位置までよろよろと歩く。だが、

 「いやっ!」

 目を背けたくなるような惨い光景がそこにあった。

 ちぎれた村山の腕の下、血溜まりに顔を伏せた夕貴がいる。

 そのおびただしい血は彼女の耳の辺りから流れていた。

 「夕貴……」

 しかし、萌の目は捉えた。わずかに動く村山の肩を。

 「村山さんっ!」

 側に駆け寄ると、微かにその頭が動く。

 「逃げろ……あいつらは……まだ三人いる」

 囁くほどの小さな声。

 「行って……最後まで、見届けて……」

 「嫌よ、置いてなんていけないっ!」

 「話は後で……ちゃんと聴くから、……だから、先に……」

 下手な嘘をつく村山の側に屈みこむ。

 「しっかりして、ねえ、お願いっ!」

 と、その時だった。

 「あっ!」

 手首に力がかかり、萌は無理矢理立たされた。

 「待って」

 高津がそのまま萌を連れて行こうとするので、思わず萌は抵抗する。

 「だって、夕貴が、それに村山さんが……」

 ぐいっと萌を引っ張る手。

 「やだってば!」

 煙が目に染みて涙が溢れる。

 だが、力の強い高津が有無を言わさず引っ張ると、萌はよろめきながらも前に進まざるを得ない。

 「ひどい……」

 目が開けられなくて前が見えなかった。

 傾斜は急で、しかも滑りやすい。

 わざと転けてここに留まろうとしたが、高津の力はそれを許さなかった。

 「高津君、お願い!」

 高津は答えない。ただ、上を目指してひたすら登る。

 「どうして……」

 言いかけた萌の手首を突然彼は放した。そして、側にあった大きな岩の側につく。

 (まさか……)

 それはさっき村山が指さしていた不安定な岩だ。

 彼はそれを下に落とすために必死で押し始めた。

 「やめてっ!」

 このまま岩が落ちれば、その進路にいる村山は無事では済まない。

 しかし、高津は無言のまま岩を押し続ける。

 「やめ……」

 岩が動いた。そして、それは大きな音を起てて落ちていく。

 「やだあっ!」

 萌は手で顔を覆った。岩は落ちながら砂や大小の石を伴っていく。

 複数の悲鳴が聞こえたような気がしたが、もうどうでもよかった。

 追っ手が来ようが来るまいが、

 (本当にもうどうでも…………)

 しかし、再び強い力が萌を引っ張る。

 涙がとめどなく溢れ、視界をさらに曇らせた。

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