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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
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岩岳 4

 「あたしを見張ってるってどういう意味?」

 少し膨れた萌は、リュックから布物をいくつか出している村山を横目で睨んだ。

 「ボーイフレンドの心配を取り除くためのおまじない」

 言いながら村山はそれを萌に渡す。

 「申し訳ないけど、あの木の下にこれを敷いて寝てくれるか? 高津の言う通り、普通だったら女の子は優先的にテントなんだろうけど、今は非常時だから疲労度の高い人をあっちにした」

 「……村山さんは?」

 「ここで寝るよ。こいつが沸騰したら」

 見ると、いつの間にかペットボトルと水筒が横に並べられている。

 彼は湯をこれに移し替え、火を消して寝るつもりなのか。

 「あたしがやっておく。疲労度が少ないのは何も仕事してないからだと思うし」

 「違うよ、スタミナが人より多いから」

 萌は首をかしげる。

 「体力測定ではそこそこだったけど、男の人に比べたら低いよ?」

 「他の人より絶対元気さ。肉体労働者の俺と競えるぐらいなんだから間違いない」

 ようやく水の周りに小さな泡が出てきた。

 それをしばらく眺めた後、萌は無駄だと思いながらも聞いてみる。

 「ねえ、村山さんは岩岳で何が起きると思う?」

 「さあな。」

 「何で四人なんだろ?」

 言いながらも、そのことだけは萌も理解していた。

 萌以外の他のメンバーはある種の力がある。それがきっと緑のお化け退治に有効なのだ。

 「……なんでだろうな」

 思わず萌は膝を抱えて村山を睨む。

 「もう少しオープンになってもバチはあたらないと思うよ」

 村山が超のつくほど慎重な人間だということは充分わかっているが、萌みたいに何もわからないまま走り続けている人間には困った性癖だ。

 「間違ったこと言っちゃうの、そんなに恥ずかしい?」

 「……いや」

 村山は首を振った。

 「口にすると、それが先入観になりそうな気がしてしまう。だからあえて考えないようにしてるだけ」

 「……口にするだけの内容は頭の中にあるんでしょ? 言っちゃえ、言っちゃえ」

 「まいったな」

 苦笑いを浮かべ、村山は溜息をつく。

 「萌だって、ある程度わかってるんだろ?」

 それには肩をすくめるしかない。

 「あたしがそうかなって考えたのは、マスターが悪い人で、みんなを催眠術で操っていて、もうすぐこの山の上から世界征服宣言をしようって計画を立ててるってこと。そして、四人の選ばれた戦士がそいつを倒してハッピーエンド」

 言ってすぐに萌は吹き出した。

 「笑っていいよ」

 「……大筋は俺も同じだ」

 「え?」

 「ただ、マスターが本当にいるかどうかが不明、いたとしても悪い人かどうかが不明、催眠術かどうかが不明、世界征服宣言をするかどうかが不明、四人の選ばれた戦士というのはいない、ってとこが違う」

 「大筋が一緒って、どの口が言ったの?」

 「違うのは一カ所だけだろ?」

 そうかもしれないが、全否定に聞こえる。

 「でも、あれだけみんなマスター、マスターって言うんだから、いないはずないと思うよ」

 「夕貴の話からすると、緑のお化けなんだろうとは思うけど、ひょっとしたら緑のお化けは単に黒い人に飼われてるペットかもしれないし、本当はそんな人はいなくて、皆の妄想かも知れない」

 「どの単語もはてなマークがつくんだけど」

 「だからそこは考えないで次に行く。催眠術はともかく、みんなが操られてるってとこは俺とお前の共通認識だ」

 君がお前になっているのがちょっと嬉しい。ようやく高津と並んだ気がする。

 「違うのは?」

 「……俺はあれを病気だと思ってる」

 「ええっ!」

 「人をたとえにするとわかりにくいからコンピューターの話をしよう。他人のパソコンに感染すると、勝手にソフトの情報を書き換えて別の仕事をやらせるウイルスがいることは知ってるね?」

 詳しくはないが存在ぐらいは知っているので萌は頷く。

 「同じように、人の記憶や何かを書き換えるようなウイルスが発生して、皆がそれにかかった。感染した人はそれぞれ一部だけが書き換えられているがために、本来のその人のアイデンティテは保存されたまま、書き換えられた命令に従って自らの行動を決定している。それが今の事態」

 背筋に寒気が走った。

 「しかし、中には免疫を持っているか何かで感染しても発症しない人間がいる。それらは彼らから『カス』と呼ばれ、狩られる対象となった」

 「何故?」

 「共通目的を遂行するのに邪魔、あるいは同じ夢をみないから排除したいんじゃないかな」

 「……それ、だけのことで……人を?」

 「それだけじゃない。そのカスの中から、稀に彼らに害をなす人間が発生する。それがリソカリトだ。つまり、カスを全員殺せば、リソカリトも全員殺せる」

 村山は水筒に入っていた残り水を横に捨てた。萌も立ち上がってそれを手伝う。

 「リソカリトって何?」

 「……異常能力者」

 「それがどうして非発症者にだけいるの?」

 カスという響きが好きではなかったので、あえてその単語を使う。

 「非発症者にだけいるかどうかはわからないな、発症者にいたらそれはそれで彼らの重要な戦力となる。彼らが怖がっているのは彼らと規範を同じくしない異常能力者だ」

 「異常能力って……何?」

 聞かなくてもわかっていたが、あえて問う。

 「そうだな、あまり食べなくてもいいとか、トイレ行かなくていいとか」

 「……は?」

 「元々俺はひげがほとんど生えない体質だけど、一週間以上経っても産毛一つ生えてこないというのも変」

 思っていたのと違うことを言われて萌は村山の顔を見る。

 「トイレって……」

 萌は思わず水筒を取り落とした。

 「ほんとだ、あたし、トイレ行ってない!」

 拾おうとしたら村山と手が重なったので、思わずそれを引っ込める。

 「今まで気づいてなかった?」

 「……不覚にも」

 「俺はびくびくしたぞ、体育倉庫でこもってるときにトイレ行きたいって言われたらどうしようって考えて」

 思わず両手で顔を隠す。

 校庭で何もわからない間に刺されるのとどっちがいいかを秤にかけてしまうほど恐ろしい事態だ。

 「てっきり、みんな俺の煙草休憩中に行ってるものだと思ってたから怖くてさ」

 村山は軍手を取りだして両手にはめた。

 邪魔にならないように萌は少し離れて座る。

 「……でも、変だな」

 村山が呟いた。

 「女の子ってそういうものなのか? その、そういうことを気づかないでいられるって……」

 萌は今度は完全に顔を伏せた。

 「面目ないです」

 全ての若い女の子に対して申し訳なさがつのる。萌という鈍感、考えなしのせいで村山の女子高生観が変わってしまったなら……

 「そ、それより続きを話して。記憶が書き換えられる病気って言ってたよね。どんな風に変えられたんだろ」

 とにかく話題を変えるしかない。

 「彼らの中で、二番目に優先順位が高い項目は、非発症者の発見と消去。それは彼らにとっては食事や睡眠のように快感をともなう行為な気がする。殺す場合に一部の感覚神経が麻痺している状況を鑑みると、可能性は高い」

 「一番高いのは?」

 「リソカリトの発見と消去。そのために彼らは……」

 村山は言葉を切った。その眉が暗くひそめられる。

 「彼らは?」

 「……いや、これはやめとこう。裏付けデータが皆無だ」

 彼は立ち上がって水筒に湯を入れ始めた。

 「ま、とにかくそんな感じの病気にみんながかかってしまったってのが俺の仮説」

 「でも、病気の人が広報がどうのってこと気にするのが、よくわかんない」

 「リソカリト及びカスの発見が最重要事項だとして、それをするための方法を構築する必要がある。そこで彼らは高津みたいに赤とか青とかわからないから、彼らだけわかるような示し合わせをあらかじめ行い、そこから外れたものを狩った」

 水筒に湯を入れると、彼はクッカーを火から下ろした。

 ペットボトルは熱に弱いので、少し冷ましてから入れるのだ。

 「それをするための汎用的な方法は口コミだ。日常会話に特定のワードを混ぜて反応を見る。今回だと恐らくそれは『マスター』だろう」

 その名を語る時の、彼らの異様な表情を思い出す。

 「そうやってあらかじめある程度自分の周りの人間がどちらであるかを判別した後、彼らは非発症者を消すための組織を作った。そのとき通常は一から構築するよりも既存の組織を使う方が合理的だから、役所がその仕事を負うことになる。何てったって住民票を管理してるから強い」

 思えば確かに役場や警察、地元の消防団など、公務員や自治体組織が主幹となっている気はする。

 「だから広報?」

 「ネットだと、それを持ってない人が情報を得られないし、あまりにも広範囲の人に情報が流れる怖れがある。こじんまりとその地域だけ、ってのは回覧板や公的広報が有効だ」

 「回覧版に挟んであるちらしとか、時々広告に混じってる町民広報に、何月何日に人を殺す、なんて書いてあったってこと?」

 「広報はあの朝以降に本領を発揮したと思う。何時にどのように決行するかなんてのは、全て口コミだろう。口コミを統合するのは事前に役所がやっていたかもしれないけど」

 村山は丁寧に最後の水筒の栓を閉めた。

 「でも、それだったら、最初からあたしや高津君がマークされてていてもおかしくないんじゃ」

 「例えば感染している俺が萌を非発症者だと思ってマークしてても、当日に問題なく振る舞っていたなら、他の連中と上手くコミュニケーションが取れたんだって判断するだけさ」

 萌はぶるりと身体を震わせた。

 「……いつの時点でそんな相談が始まったんだろ」

 「それはわからない」

 「どこまで広がっているんだろう」

 「わからない」

 「……少なくとも県の主要な市なんかは抑えられちゃってるんだよね?」

 「……少なくとも、かどうかもまだわからない」

 「予想では?」

 「わからない」

 萌にだったらいい加減なことを話しても問題はないはずなのに、本当に困った性格だと思う。

 「感染はどうやって広がっていくの?」

 「それもわからない。ただ、空気感染だったら今頃世界中に広がってるはずだけど、現時点でまだ日本の中だけみたいだから別の要素だろうね」

 「例えば?」

 「……感染者の数をコントロールできるって彼らが思ってるところからすると会話による感染が状況を一番うまく説明できる」

 「会話?」

 村山は困った顔をした。

 「ごめん、これは勝手な想像だ。お前、人を喋らせるのうまいな」

 「……それって、言葉から病気が移るってこと?」

 「情報を信号の一つだと考えれば、そこに別の要素を織り交ぜれば可能かなとは思う」

 村山は左手の軍手を外し、火から下ろしたクッカーの上に手をかざした。

 「まあ、当日朝にああいう行動を皆が取るように仕組まれている時限爆弾式のプログラムだとも考えることも可能だけどね」

 「でも、同じプログラムで、学校とか職場とか、違う場所でちゃんと働くのって難しくない?」

 「俺もそう思ったから、冗談みたいな会話感染説なんて口にしてしまったのさ」

 「……冗談って言ってるけど、あたしに話すぐらいなんだから、結構本気だよね?」

 萌は少し笑った。

 「根拠はあるんでしょ?」

 相手は小さく溜息をついた。

 「北浜さんを暁と夕貴が治したからな」

 「呪文と魔法?」

 「呪文がアナログデータで、魔法がデジタルデータだとしたら、何となくしっくりくるってだけだ」

 村山がペットボトルと消火用の小さいバケツに湯を注いだ後、クッカーに残った湯を捨てようとしたので、萌は慌てた。

 「待って、残ってるなら飲む」

 そう言わないと彼のことだ、さっさと寝ろと言いかねない。

 「飲んだら寝るんだぞ」

 思った通りだったので、萌は心の中でほくそ笑んだ。

 「うん」

 村山は萌の水筒の蓋をとり、片手でクッカーの縁を掴むとそこに湯を入れた。

 「ありがとう」

 カップをもらって口を付ける。

 いくら飲んでも乾きはおさまらないが、村山が入れてくれたと思えばそれだけで心は潤う。

 「飲み終わるまで、続き話して」

 「……最初に言った、マスターが本当にいるのかどうかわからない、というのはそこだ」

 村山も自分の紙コップに湯を入れた。

 「マスターの存在自体に意味があるのでなく、マスターを知らないということのために非発症者を淘汰するような病なら、別にマスターがいてもいなくても問題はない」

 「でも、この山に近々来るんでしょ?」

 「そういう話にはなっているな」

 「緑のお化けは?」

 「六日以内ってところから仮説は作れるけど、情報が足りなくてどうしてもここで泥沼にはまる。だから俺は見に行くことにしたんだ」

 「確かに世界征服宣言をするのかどうかなんてレベルの疑問じゃないね」

 萌は頷いた。

 漠然と岩岳に向かっていた自分にも、明確な目標の姿が見えてきたように思える。

 「あとは四人の戦士なんていない………か」

 「四人の選ばれた戦士、だよ」

 萌はゆっくりと白湯をすする。

 「さっきの話だと戦士は選ばれた訳じゃなくて、たまたま免疫があったからそうなっちゃったってことよね」

 「うん」

 「じゃあ、致し方なくそうなっちゃった四人の戦士、だったらいいの?」

 「四人というところも俺の想像とは違う」

 「でも四人そろわないと勝てないのよね?」

 「うん」

 萌は少し考え込み、そして言葉を継ぐ。

 「四人は多分リソカリトのことだよね?」

 「そこは間違いなさそうだな」

 「多い方がいいっていうのは?」

 「サッカー少年の話から類推すると、リソカリトは確率的に一万分の一程度存在するそうだから、それがもっと多く集まったら更に有利ってことだろう」

 「……何か申し訳ないな」

 「どうして」

 「あたし以外の四人はみんなリソカリトだけど、あたしだけ何もないから」

 「トイレ行ってないのに?」

 「そこなの?」

 また顔が熱くなる。

 「体育倉庫での会話、覚えてるだろ? この町にはもうカスはいないって言葉」

 あったような気もする。

 「とすると答えは一つ、萌もリソカリトだ」

 「だって、特別な力なんてないよ」

 「俺にはわかるよ、萌の特別な力が何か」

 あまりにびっくりして萌は白湯を全部飲んでしまった。

 「……え?」

 「どうする? 隠された力が無尽蔵スタミナだったら」

 (……なんだ。)

 がっかりして萌は村山を下から睨む。

 「そんなのやだ。自慢にならないだけじゃなく、みんなの役に立たないもん」

 しかし、言ってから寂しくなってまた顔を伏せた。

 「……それでも何の力も持たないよりはましだけど」

 今のままではやっぱりお荷物だ。

 夕貴や高津のような力があればどんなにいいか。

 「前にも言ったけど、これまで俺は萌に十分すぎるほど助けてもらっている」

 「いてもいなくても一緒だし」

 「違う、萌なしでは多分、この先やっていけない」

 また村山らしい慰めが入ったのかと思い、膨れっ面で顔を上げると、意外に真剣な顔で彼はこちらを見ていた。

 「それぞれが果たす役割がかなり明確になってきている。だとすると……」

 と、そのときだった。

 「敵だっ!」

 村山の言葉は高津の声でかき消された。

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