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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
24/37

岩岳 1

 真っ暗な山の中、気がつけば萌は黙って木陰にへたり込んでいた。

 村山と高津が地面に仰向けに倒れたまま目を閉じているのが月明かりにぼおっと浮かぶ。

 男二人に抱えられていてスタミナはまだあるはずの夕貴と暁も今回ばかりは大人しく萌の隣に座っていた。

 「……ねえ、暁」

 ようやくにして、萌は声をかけてみる。

 「あのとき、夕貴と二人で何したの?」

 「あの人を戻したとき?」

 暁は萌の問いをちゃんと理解した。

 「夕貴が手伝ってって言うからその通りにしたんだ」

 「何をどう手伝ったの?」

 「えっと、僕が夕貴に呪文を教えてあげて、夕貴が魔法を解いた」

 「……あたしにわかるように言って?」

 「えーっと、鬼になる前と今とはどこが違うかを僕が考えて、夕貴がそれを見て元に戻す、みたいな?」

 高津ががばっと起きる。

 「ってことは、二人いたら赤い人たちをみんな青くできるってこと?」

 その声は震えている。

 「何でもっと早くそう言ってくれなかったんだ?」

 暁は少し半べそをかいた。

 「だって、僕も知らなかったんだもん」

 「夕貴は?」

 「夕貴もそうだよ。あのとき、倒れてたおじさんがただ可哀想だなって思って、そしたらできたって言ってる」

 寝ころんだままの村山が呟く。

 「……ただ、可哀想、か」

 「すごいね」

 萌はつくづくと夕貴を見た。

 (……あたしにはそんなことを考える余裕はなかった)

 今にして思えば、敵だけのことではなく、村山や高津、暁や夕貴のことすら考えてなかった。

 (……怖くて、とにかく逃げることだけ考えて)

 火はおこしていない。以前は欠けていたはずの月が今日はほぼ円を描いている。

 萌は何となく右手で襟を合わせた。

 (でも、あんな状況じゃ、それが普通)

 敵に対してそんな慈しみを抱けないのは当然だと萌は開き直る。

 正直、自己嫌悪すら起こらない。

 「……それで、夕貴はどんな魔法を使ったんだい?」

 少しの間の後、声のした方向に夕貴は歩き、寝ころんだ村山の額にそっと手を当てた。

 「こうやって」

 暁が同時通訳する。

 「おでこには絶対に手を当てないといけない?」

 「……うーんと」

 夕貴と話をしてから、暁は首を横に振った。

 「同じ呪文だったら触らなくていいけど、初めての呪文だったら触らないと難しい」

 「呪文って文字? 絵? それとも言葉?」

 「言葉」

 「どんな言葉?」

 夕貴は村山の額を数度なでた。

 「今は思い出せないから、またやるときに言うよ」

 「どうせなら、説明ついでに俺の頭も治してくれ」

 「それは無理。おじさんはもの凄くややこしそうだもん」

 「何だよ、それ」

 村山はわずかに笑った。

 「……それにしても、ちっちゃい手だな」

 「うん」

 萌の隣で暁が頷く。

 「でもね、手はちっちゃいけどちゃんと頑張ってるんだから、僕ら誉めて欲しいな」

 「そんなおこがましいことできない」

 暁が首をかしげる。

 「おこがましいって何?」

 「ずうずうしいとか厚かましいとか」

 「よくわかんないけど、誉めてくれないんだ」

 まだ村山の頭に置かれていた夕貴の手を、彼はそっと外した。

 「世界中の人が誉めてくれるよ」

 「おじさんは?」

 「……家来が王様に向かって、よくやったっていうのも変だろ?」

 「おじさんは家来じゃなくて友達だよ」

 「そうだっけ?」

 「僕は、その、そう思ってたけど……」

 村山はゆっくりと上体を起こした。

 「……ありがとう」

 そうして薄闇の中、二つの陰の方に目をやる。

 「ご気分は如何ですか?」

 それでようやく萌は、井上とくだんの男がずっとそこに座っていたことを思い出す。

 「……混乱していないと言えば嘘になるが、思いの外しっかりしてます」

 ここに着く前、一時休憩の時に、井上が現在の状況を身振り手振りで彼に話した。

 聞くに堪えない散漫な説明だったが、それでも男は余程のショックを受けたのか、それからは一言も言葉を発さずに今に至っている。

 「差し支えなければ、お名前をお伺いしてもいいですか?」

 「北浜と言います」

 見たところ村山と同い年か、数歳上というところか。

 がっしりとした体躯にも関わらず、彼は不安そうにあらぬ方を見回した。

 「それより、そろそろカメラの人が出てきてもいいんじゃないですか?」

 「え?」

 「どうせ悪ふざけの過ぎたテレビ番組なんでしょう? いい加減にしないと告訴しますよ」

 高津が萌に顔を向けた。

 萌もどう答えていいかわからず、彼にだけわかるように小さく手を振る。

 「そうだと言えれば良かったんですが」

 「あまり俺はドラマは見ないけど、君みたいなのが若手俳優だかアイドルグループだかにいたような気がする」

 「まさか」

 「じゃあ、もう一度顔を見せてくれ」

 村山は高津を見た。

 「灯りをつけたいが、どうだ?」

 「今のところは大丈夫だけど、何か怖いな」

 「少なくとも五十メートルまで近づかないと見えないような工夫はしよう。どうせ水も補給しないといけないし」

 井上が村山の側まで来た。

 「テントを張るなら手伝おう」

 「いえ、今回はやめておきます。彼らが来たときに逃げやすいようにしておきたいので」

 「そう言うな、俺はこんなところで寝るのは嫌だ。俺が後始末をするからテントを張らせてくれ」

 村山は少し黙って首を小さく傾けた。

 それは彼が何事かを計算するときの仕草だということを、既に萌は知っている。

 「……いいでしょう。多分、問題ない」

 立ち上がった彼はリュックから宿営のツールを出した。

 慌てて萌も補給係の本分を思い出し、枝のありそうな場所に向かう。

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