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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
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丸山 4

 まだ、日が昇るよりも早く彼らは起きて、そして一路岩岳へと向かう。

 既に一日ロスをしているので、急がねばならない。

 「……だろ、萌ちゃん」

 井上は機嫌良さそうに色んな話をした。

 とは言え、彼が話しかける相手はもっぱら萌だったので、若干迷惑だ。

 だが一度あまりに面倒臭かったので少し邪険にしたら、驚いた表情の村山と目が合ってしまった。

 萌はそれ以降、なるべく我慢して井上の話を聞くようにしている。

 (あんまり嫌な人間だと思われたくないし……)

 それに井上の他愛ないお喋りの中に、何か今回の件に関するヒントが含まれている可能性だってある。

 「……じゃあ、水汲んでくるね」

 「手伝うよ、萌ちゃん」

 途中休憩で小川に向かった萌の後に井上がついてきた。

 助けを求めて高津を見たが、彼は地図を見ながら村山に何か質問をしている。

 (……仕方ない、か)

 別段、井上が嫌いという訳ではない。

 今まで五人でうまくやってきたので、何となく調和が乱れた感じになるのだろう。

 しかも萌は知らない人間の前では極端に寡黙になる。

 (でも、ま、いいか。井上さんはさほどそんなこと気にしてなさそうだし)

 黙って聞き役に徹することなら、十年以上のキャリアがある。

 「……なあ」

 川辺に屈んで水を汲む萌の耳元で井上が囁いたので、反射的に萌は身を逸らした。

 「俺はやっぱりこっちに向かって歩いていくのは反対だ」

 「……それは村山さんが説明したと思う」

 とりあえず現時点で進むべき道は三本あって、岩岳を越えるのが一番楽なルートだと彼は井上にそう言った。

 「そう、それがいけない」

 井上は顔をしかめた。

 「萌ちゃんは彼を信用しすぎるよ」

 そして声をひそめる。

 「本当に医者かどうだか怪しいもんだぜ?」

 「え?」

 「医者だとしたらヤブだ。病気のことを何にも知らない」

 そういえば井上は手が痺れるとか関節が痛いとか手足が筋肉痛だとか、色々村山に訴えていた。

 「テレビでやってた好酸球性筋膜炎に俺の症状は似てる、だからそうなのかって聞いたんだ。だが、そうだとも違うとも言わず、調べないとわからないばっかでさ」

 萌は少しあきれる。そんな慇懃な名前の病気にしては、井上はとても元気そうだ。

「……本当に調べないとわからないんじゃないの?」

 「だったら今調べろよ。テレビなんかじゃ、話しを聞いただけで病気の名前を医者は当てるぜ」

 むかっとした萌に構わず井上は言葉を続ける。

 「勘違いしないでくれ。別に村山君の善悪を言ってるんじゃないんだ。ただ、彼の言うことが全部正しいと思いこんで、それを鵜呑みにしてるといつか痛い目に遭うってことさ」

 返す言葉ももったいなくて萌が黙り込んでいると、井上は嬉しそうに頷いた。

 「例えば岩岳。あそこがマスターという彼らの支配者の城になる予定の地なら、そんな所に向かっちゃいけない。当然だけど、奴らに出会う確率が高くなるんだから」

 萌は頷く。

 確かに岩岳に向かう目的を知らない井上には馬鹿げたことに映るのもわかる。

 (……仲間外れにしちゃってるものね)

 だが、村山がそれを口にしないのなら、まだ言うべき時ではないのだろう。

 「君はどうやら物わかりが良さそうだから、とっておきの真実を教えてあげるよ」

 「……?」

 「何かあった時に、一番頼りになるのは俺だってことだよ」

 萌は黙って場所を変え、そこで乾いた木ぎれを少し拾った。

 本当は煮炊きをするのは煙が出て危ないのだろうけれど、川の水をそのまま飲むことを村山が許さなかったのだ。

 「だから、この先、もし何かあったら、迷わず俺と一緒に来るんだ」

 萌はふと井上を凝視した。

 「何かあったらって?」

 「そりゃ、何が起こるかはわからないよ。だけど俺が多分一番君を守れるから」

 この辺りには枯れ葉は少なかった。

 秋だとはいえ、落ちているのは病葉だ。

 紅葉の季節が過ぎ、枯れ葉が積もるのはもう少し先になる。

 「あたしも、圭ちゃんの言うことが気になるな」

 「え?」

 殊更高津を名字でなく愛称で呼んだのは、井上に対するけん制だ。

 「何故殺そうとしている人の前で、彼らは大事な情報を話すような真似をしたんだろ」

 「特に大事な情報だと思ってなかったんじゃないか?」

 萌は井上を見つめる。

 「本当に?」

 特に意味があって言った訳でなく、いい加減に黙らせようと思って口にした言葉だったが、意外にも井上はたじろいだ。

 「いや……」

 何か変だと思った萌は、黙って相手の目を見る。すると井上は仕方なさそうに頷いた。

 「あそこで本当のことを言えない事情があったんだ」

 彼は声をひそめた。

 「君が彼らを信じているようだったから言おうかどうしようか迷ったんだが、あの高津って子は胡散臭い」

 「はあ?」

 「好きな子をけなして悪いな。だが、今から言うことは本当だ。あの妙な力の事を俺が何で知ってるか教えてやろう。奴らの中にあの力を持つ奴がいたんだ。そして、そいつが青いって言った人間は全員同じ部屋に連れて行かれ、殺し合いをさせられた。聞いた話じゃ、そいつらはリソカリトがいるって情報が来たら、そいつらが逃げそうなルートを探ったりもするらしい」

 目を見開いた萌の前で、井上が辛そうな顔をする。

 「そう、あれは彼らの力なのさ」

 「嘘よ」

 萌は呟いた。

 「それだったらどうして昨日そう言わなかったの。明らかに今、作り話をしたよね?」

 「皆の前でそんな事を言ったら、あいつが俺の口を封じるかもしれないじゃないか」

 呆気にとられて言葉を失った萌の肩を、井上は微笑んで叩く。

 「大丈夫だ。あいつがどんな意図でヒトに紛れ込んでいるのかはわからないが、俺がいるから心配ない。約束しよう、絶対に君を守る」

 怒りで頭の中が真っ白になった。

 「……何でそんなこと言うの?」

 「そりゃ、君が可愛いからだよ」

 肩に伸ばされた手を萌は振り払った。

 言葉にできないほどの腹立ちに手のひらが熱い。

 (……な、なんて奴!)

 胡散臭いのは自分の方ではないか。

 枯れ葉探しのことも忘れて萌は立ち上がり、クッカーを抱いたまま少し走った。

 「あれ、萌?」

 が、さほど走らないうちに、ばったりとこちらに早足で向かってくる高津に出会った。

 「どうかしたの? 何か血相変わってたけど」

 「別にあたしは普通。……そっちこそ、どうしたの? 何か急いでたみたいだけど」

 二人は肩を並べて元来た道に戻る。

 「村山さんが萌の方を手伝ってくれって言ったから……」

 「そっか」

 井上が萌の後をついていったのに気づき、彼は気を利かせたのかも知れない。

 人見知り同士のシンパシーをつかの間感じて萌は幸せになる。

 「それより萌はほんとに何もなかったの?」

 「……別に」

 思い出したらまた腹が立ってきた。

 余程凄い形相をしていたのか、高津もそれ以上聞かずに黙り込む。

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