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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
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丸山 2

 風はない。小川の側なのに蒸し暑かった。

 (ひょっとして、雨になるのかな)

 思えばずっと好天続きだ。そろそろ雨が降ってもおかしくはない。

 ふわりと落ちてきた木の葉が川面に落ちて、くるくると回転しながら下流へと流れていく。

 「?」

 なにか、がさりという音がしたような気がして、萌はふと振り向いた。

 「圭兄ちゃん?」

 いや、違う。そこには見知らぬ男が立っていて……

 「っ!」

 悲鳴を上げたが声にならなかった。

 力をなくした指から小枝が落ち、地面に落ちる。

 「お前は!」

 男も驚いたように言い、そして早口で言葉を投げかけた。

 「広報の発行日は何曜日だ?」

 頭の中は真っ白だったが、何かを言わねばならないことはわかっていた。

 「も、木曜日」

 「へえ、驚いた」

 男は目を細くして呟く。

 「こんなところにヒトがいるとはね。俺もまだまだ捨てたもんじゃない」

 「え?」

 「ちなみに広報の発行日は火曜と土曜だ。大事なことだから覚えとけよ」

 「貴方は、貴方は誰?」

 「井上」

 少し落ち着きが出てきて、萌にも男を見る余裕が出来た。

 二十代後半ぐらいで中肉中背。ミディアムレイヤーの髪に半袖のカッターシャツにスラックス。さすがにネクタイはしていない。

 「井上さんは彼らじゃないの?」

 意味不明の言葉だったろうが、男は萌の言葉を素直に受け取った。

 「ああ、違う。あんな奴らと一緒にするな。俺はヒトだよ」

 ふっと張りつめていた糸が切れ、膝から下の力が抜けた。

 (よかった)

 萌は地面にしゃがみ込み、そしてゆっくりと顔を上げて言葉を発しようとした、が、

 「誰だっ!」

 振り向いた萌の目に、血相を変えた高津が走ってくるのが見えた。

 彼は驚きとも恐怖ともつかない表情のまま、萌の前に立つ。

 「そんな怖い顔をしないでくれ」

 井上は手を振って萌を見る。

 「彼氏と一緒だったんだ。ま、確かに女の子一人でここまで逃げ切れるとは思えないもんな」

 「高津君、この人は普通の人らしいの」

 「わかるよ、青いから」

 聞いた井上は口笛を鳴らした。

 「俺が青く見える? 赤じゃなくって?」

 ぎょっとした二人を、井上は目を細めて見つめる。

 「心配しなくても俺は奴らじゃない。人をそうやって分類する奴がいるって前に聞いたことがあったから」

 (何ですって!)

 しかし、萌に比べて高津はやや冷静だった。聞きたいことはたくさんあったろうが、彼は萌の方をちらりと見る。

 「とりあえず、村山さんのところに連れて行こう。話はそれからだ。」

 井上は再び目を見開いた。

 「まだ仲間がいるのか?」

 萌は黙って頷き、落ちた小枝をとりあえず拾い上げた。

 (高津君がいて良かった)

 治ったと思っていた人見知りがまた顔を出したようで声が出ない。

 「こっちです」

 高津が落ちていたクッカーを拾い上げ、水を汲んでから川を渡る。

 井上も素直にそのあとに続いた。

 しばらく歩き、茂みを抜けると野営地だ。

 「ただいま」

 萌が既に集めていた木で先に火をおこしたらしく、わずかに煙が立っている。

 「遅かったな、二人とも……」

 顔を上げた村山の端正な顔に、珍しく驚愕の表情が浮かんだ。

 「こちらは井上さん。大丈夫、敵じゃないです」

 高津が手短に井上と出会った顛末を話すと、村山はにこりと微笑んで頷いた。

 「どうぞ、こちらに座ってください。さ、みんなも」

 「いやあ、嬉しいよ」

 井上は感極まったような声を出して、村山の向かいに座った。

 「久しぶりに人間と話ができるなんて」

 暁も嬉しそうにはねた。

 「友達が増えるのって、僕も嬉しい」

 夕貴は少しもじもじとして村山の背中に抱きついたまま、顔半分だけを出して井上を見つめる。

 (……そういえば、夕貴は人見知りするって暁、言ってたっけ)

 少し親近感を抱いて夕貴を見ると、少女も萌を見て数度こくこくと頷く。

 (あたしたち、何か一緒だね)

 心の中で思い、とりあえず萌は高津と暁の間に座る。

 「済みません、井上さん。話の前に一つだけお願いなんですが」

 「何?」

 「携帯かスマホ、持ってらっしゃいますか?」

 「ああ」

 「電源は入っていますか?」

 「いや。電池がもったいないんでずっと切ってる。それが何か?」

 「じゃあ、大丈夫です。GPSで逆探知されるのが怖かったので」

 ぎょっとした顔で井上は慌てて携帯電話を確認する。

 「ところで、これはどういう組み合わせなんだ?」

 少し落ち着いたらしい井上が不思議そうに五人を見回した。

 「みんな偶然出会って、一緒に行動しているんです」

 彼らが順番に簡単な自己紹介をすると、井上は質問もせずに自分の身の上を語り始めた。

 余程、話を聴いてくれる人間に飢えていたのだろう。

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