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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
13/37

江戸通り 2

 不意にがさりという音が耳に届き、萌はぼんやりとした思考を断ち切った。

 村山が立ち上がったらしい。

 「そろそろ出発の準備をしよう」

 (……もうそんな時間なのか)

 萌は重い身体を起こし、頭を一つ振った。

 「これからは危険がなさそうに見えても、今までみたいに喋りながら進むことはできない。必要な時もなるべく小声で」

 村山の言葉に頷いたものの、町へ行くと言うことがまだ実感として感じられない。それがどれほど恐ろしい事かを理性は知っているのだが。

 「おしゃべりしちゃ、駄目?」

 「鬼がいるからね」

 「それって、ちょっと怖いかも。……あ、僕じゃなくて夕貴が怖がるってことだけど」

 行動を共にしてから一番多く話をしていた暁が本音を出した。

 なるほど、彼は彼なりに怖さを紛らわそうとして喋っていたのかもしれない。

 「どうしても言いたいことがあれば、心の中で俺に言ったらいい。答えは返せないけど、ちゃんと聴いてるから」

 「うん!」

 山道は村山の方が詳しいので彼が先頭だったが、これからは敵と遭遇する危険を回避するために高津が一番前を歩く。

 次に暁、萌、夕貴と続き、最後尾に村山がついた。

 (行動あるのみ!)

 萌は心の中で呟く。

 気を許すと家族や友達のことばかり浮かぶ。そして集中力を欠いてしまう。

 黒い人とやらに会えば、きっと知りたいことも知りたくないことも聴かされることになるのだろうから、それまでは何も考えるべきではない。

 (……って言ってもね)

 心を無にする訳にもいかないので、萌は答えを探さずに浮かんだことを後ろへと流していく。

 (黒い人……か)

 夕貴にその黒い人がどんな人間なのかを三人は聞いた。

 「黒いって、顔が黒いの?」

 「それとも全身黒づくめってこと?」

 それに対して暁は少し考え込んだあとで言葉を伝えた。

 「全身が黒いんだって。あ、でもちょうど陰になっているところにいるから黒く見えるだけかも」

 (何でこんな小さな子が、一番肝心な役どころなんだろ)

 少しでも情報は多い方がいいと言うのに、伝言ゲームは五歳児のレベルでストップする。

 (……大体、四人揃えろってどういう事なんだろ)

 山の上で緑のお化けと何かスポーツでもやれというのだろうか。

 (うーん、でもバスケは五人だし、バレーは六人。四人でやるスポーツって何があったっけ?)

 そんなことを思いながら草をかきわけると、遠くに白く輝く灯りが見えた。恐らく町の街灯だろう。

 (……あ)

 何故か急に足がすくんだ。悪い記憶が内臓からわき上がるように上がってくる。

 (行きたくない……)

 だが、こつんと夕貴が萌の太ももの辺りに額をぶつけたので、慌てて足を前に進める。

 「ごめんね、夕貴」

 聞こえないだろうに気持が伝わったのか、夕貴は萌の方に手を伸ばした。

 思わずそれを握りしめる。

 (こんな小さな子がお母さんと離れて、知らない山道を知らないメンバーと泣かずに歩いているのに)

 夕貴と手を繋いでそのまま歩く。

 だが、今度は高津が立ち止まったので、萌は暁のお尻を蹴ってしまった。

 「あいてっ!」

 「しいっ!」

 高津の声に緊張が見える。

 (……敵?)

 彼はそのまましばらくじっとしていたが、やがてゆっくりと歩き出した。

 そんなことが数回続いただろうか、やがて彼らは紛う事なき街中をひたひたと進んでいた。

 街灯の明かりは煌々と白い。それは何日か前と変わりないはずなのにどうしてか余所余所しく見える。

 「!」

 高津がまた立ち止まる。だが今度は慣れていたせいか、五人は綺麗にぴたりと止まる。

 「村山さん」

 高津が後ろまで来て、村山に囁く。少し様子が変だ。

 「前後から敵が来る」

 そこは少し長い直線の小道で、左右への曲がり角がしばらくない事は灯りによってわかる。

 辺りはどちらかと言えば零細の工場のような建物が多く、人気はない。

 「よし」

 村山は落ち着いた様子でさっき通り過ぎた道を振り返り、建設中の建物を指さした。

 「あそこに資材の山があった。そこに隠れよう」

 ほぼ完成間近の建物の側には、確かに煉瓦などが積まれているようだ。

 彼らは急いでその青いビニールシートに覆われた煉瓦の陰に身体を滑り込ませた。

 息を殺す。

 そして短い時間だが耐えきれないほどの緊張が支配する中、ようやくまず一つめの足音が南、つまり前方からやってきた。

 「……らしいぜ」

 「どっちだったんだ?」

 「ただのカスだったとよ」

 男二人の声が近づいてくる。

 「そんな話ばかりだな。役場はなんて言ってる?」

 「今のところリソカリトは二日目までに見つけた奴ら以外は見つかっていないとの事だ」

 「じゃあ、死んだのは本当にカスばっかりってことか。骨折り損だな」

 「まあ、不快害虫の駆除だと思えばいいさ。死んだ中にリソカリトが混じってりゃラッキーだしな」

 「あとは住民票との照合だ。少なくともそれで人数や顔写真なんかは割り出せる」

 「そうなったら警察の仕事だな」

 「ああ」

 靴音は小さくなっていく。高津の側で小さくなっていた萌は、音がしないように気を遣いながらそっと息を吐いた。

 (リソカリト? カス?)

 何か彼らは話をしていた。

 口調は普通のサラリーマンが仕事についてぶつくさ言っているレベルに聞こえたのだが、内容はとても恐ろしい話で……

 ふと左に目をやると、村山が身じろぎしたのが目に入った。また、再び靴音が遠くから聞こえてきたのだ。

 今度は会話はなかったが、彼らが二人であることは足音から類推できた。

 (こんな時間に何故?)

 真夜中なのに、どうしてこうも人がうろうろしているのか。

 ひょっとして萌たちを狩る組織が町内を見回っているとか……

 (?)

 と、遠ざかるべき足音が一つ、大きくなってくるのが萌の耳に聞こえてきた。

 (近づいてくる? 何故!?)

 生きた心地もなく小さくなっている萌の左、ほとんど一メートルほどの距離で一人が立ち止まる。

 (!)

 突然、大きな水音が壁の方から聞こえた。

 「品のない奴だな、もう少し我慢したら公衆便所があるのに」

 「我慢できないからここでやってんだよ」

 数メートル後ろの男が声をかけて来た時だった。シートにかけていた高津の手が滑った。

 それは男が放尿を終えて静かになった空間にわずかではあるが波動を送る。

 「何だ?」

 不審気な男の身体が二、三歩ほど進み、彼らの潜む隙間を覗き込もうとした刹那、

 「わっ!」

 こちら側に突き出た手首を村山が思いきり引っ張ったので、男はもんどり打って萌の側に倒れ込んだ。

 その上に高津が飛び乗り、話せないように顔を地面に押さえ込む。

 村山もまた、側にあった煉瓦で男を殴りつけ、ついでに男のポケットからはみ出た携帯電話を抜き取って煉瓦でつぶす。

 「どうした?」

 もう一人の男がこちらに走ってくると、リュックを置いた村山が跳躍し、その男の腹に蹴りを一発入れた。

 「四人とも先に行け!」

 村山は声をさらに接いだ。

 「お前に預ける! 頼んだっ!」

 言われた高津は戸惑ったような顔をしたが、足下の男が動かないのを見て暁を抱えた。

 慌てて萌も夕貴を抱える。

 だが、夕貴を抱いた瞬間、何かに蹴躓いた萌は、ほとんど進まないうちに転んでしまった。

 「大丈夫かっ!」

 音に気づいた高津が引き返し、背中に暁を、脇にラグビーボールのように夕貴を抱えて走り出す。

 「ついてくるんだ!」

 頷いた萌だったが、ふと気になって後ろを見ると、村山が男に組み伏せられているのが見えた。

 (いけないっ!)

 しかし、そうは言っても萌にできることなどあるとは思えない。

 だが頭を戻して前方を見ると、もう高津の姿は小さくなっている。

 (しまった!)

 立ち上がり、もう一度後ろを見るとさっきと同じ姿勢のまま、村山が男に首を絞められていた。

 一瞬の逡巡のあと、高津を追うのを萌は諦める。

 (そうだ、煉瓦!)

 萌は走り、さっきのシートの陰から煉瓦を一つ掴んだ。

 「誰だ?」

 だが、男が首を回して萌を見たので、思わず怖くて立ち止まる。

 が、その時だった。一瞬の隙を見つけたのか、村山の拳が相手の顔面に突き刺さる。

 次いでみぞおちにもう一発。

 そのままの姿勢で村山は地面を転がり、萌の手から煉瓦をもぎ取った。

 「目、つぶってろっ!」

 言われた通りに手で顔を覆った萌の耳に鈍い音が響いた。

 何かがどさっと倒れる音。

 そしてずるずると引きずる音。

 恐る恐る目を開けると、倒れた男の身体を二体、村山がビニールシートの下に隠しているのが見えた。

 「こっちだ」

 置かれたリュックを背負うと村山は、茫然と突っ立っていた萌の手首を掴むと走り出す。

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