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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
12/37

江戸通り 1

 萌の町は山を除いた盆地の部分が東西は約十キロメートル、南北は二十キロメートル足らずほどの長さであり、人口は五万人弱である。

 田舎の割には過疎化はしておらず、若い世代も多い。

 工場地帯は東の川沿いから北東部まで、宅地は町の北西側及び中心部に固まっていて、商業地はその中心部辺りの県道沿いと、南西の駅ちかく周辺にあった。

 それ以外は主に田んぼと畑である。

 もちろん彼らは繁華街を極力通らないような、さりとて隠れる物陰のない田畑を避けるルートを組みながら、岩岳に向かう予定だ。

 五人は村山の案に従い、元来た道を戻らずに少々険しいが、今いる山の東側から斜面を下り、町の中心部よりやや東よりのコースを南下して岩岳に入ろうとしていた。

 その方法なら、今いる山の上りに一泊、下りに一泊、そこから翌日ふもと近くまで降りて仮眠を取り、夜間に町の中心部まで進んでさらに一泊することになる。

 そして次の夜に再び町を突っ切り、岩岳のふもとまで到着すると考えると、その後岩岳山頂までの登山に一日費やしても、約五日足らずで目的地に到着できる計算になる。

 最初の行程である二泊はあっという間に済み、今日は危険がない程度までふもと近くまで降りようと、彼らは足を急がせていた。

 「もう一度、昨日言っていたルートを細かい点まで確認しておこう。町での一泊の場所も含めて」

 休憩中に、村山が地面に広げた地図の一点を指さした。

 「俺たちは人気のない通りを選んで南に進む。とはいえ、あまり東寄りになると東真川が邪魔で進路が長くなってしまうから、この道を突っ切る」

 彼は町の中央やや東寄りを南北に走る県道と、それに平行に流れる東真川の間くらいにある縦の筋を指し、そこの通りの状況を大まかに彼らに説明した。

 「でもそれじゃあ、明るくなったとき、ホントに町の中心部辺りにいることになるね」

 「そう、俺たちはここで一泊して日が暮れるのを待つことになる」

 村山は町の中心より若干南にある、通称「江戸通り」と呼ばれる東西に走る短い通りを指さした。

 「ここに俺の父親が管理する蔵があるから、そこに泊まろうと考えている。あそこなら誰も来ないし、万が一囲まれても安心だから」

 江戸通りとは、その名の通り、江戸時代からある建物がそのままの形で残された昔情緒豊かな長さ百メートルほどの街路である。

 (……村山さんちって蔵持なんだ)

 町が景観保護のために補助金を出しているとは言え、かつての富豪の蔵など結構大きい建物が多く、そこに家や蔵があるというのはいかにも金持ちという響きがあった。

 「もし、何かあってはぐれても、その場所を目指すこと」

 村山は子供たちにもわかるように、その蔵の場所と外観、鍵の番号などを懇切丁寧に説明しただけでなく、はぐれた場合の対処法まで、考えられるケースを並べて一つずつ指導した。

 「ごめんね、おじさん。僕、何度聞いても道がわかんない」

 村山は優しく暁の頭に手を乗せた。

 「はぐれないようにするのが一番だけど、何かあったらとりあえず俺たちが抱えて逃げるから今は心配しないでいい。それが駄目なら、高津があっちって指した方に向かってとりあえず走る。あとはどこかに隠れて俺を呼べば、迎えにいってやるから」

 怖そうな顔で暁は村山を見つめる。

 「鬼に会っちゃったら?」

 「絶対に騒がないように。普通の顔して通り過ぎるんだ」

 萌はぶるりと震えた。

 「そんなんでいいの?」

 「今までの話から考えると、彼らは自分たちとそうでない人間を見分けることはできないと見ていい。ただ、どういう方法でか知り得た、彼らのルールに則っていない人間を狩っていると思われる。だから運が良ければやり過ごせる」

 「村山さんはどう考えてるんです? 彼らのルールとか、それを共有する方法とか」

 高津が真剣な面持ちで尋ねた。

 「皆目わからないが、電話を使っていることから考えて、少なくとも伝達に関しては超常的な……例えばテレパシーのような不思議な力ではないと思う」

 「電話……」

 萌は目を見開いた。確かに彼女の母親もどきは電話をしていたが、一体相手は誰だったのだろう?

 「とにかく考え出すときりがない。ひとまず今は知り得た情報のみで動いた方がいいだろう。でないといつか想像が一人歩きして、本当のところを見失ってしまう可能性がある」

 彼らは再び歩き出した。

 今度は村山を先頭に、彼に手を引かれた夕貴、その後ろに暁、そして萌、高津と続く。ペースは夕貴に合わせているのでかなりゆっくりだ。

 子供の足で大丈夫なようにと、若干の危険を冒して歩きやすいコースを村山は選択したが、それでも時折難所はある。

 そういう場所では村山が夕貴を、高津が暁を担いでそれを乗り越えた。

 あるいは疲れていると見れば、二人はそのまましばらく子供たちを背負ってやることもある。

 途中、暁と夕貴の身体の大きさが違うので交代しようかと村山が高津に言ったが、夕貴が彼にしがみついて首を振るので結局分担はそのままだ。

 ある程度は自分で歩ける暁と違って、小さい夕貴は村山に背負われている時間が長いので、どっちもどっちと言うところだろうが。

 (村山さんがいてくれて良かった)

 彼の説明は極めて緻密だった。時々、突発的なことが起こっても、まるで予期していたかのように行動する。

 ここに来るまでに彼らは二度敵を回避したが、あらかじめそういう場面に遭遇した場合の対処法を細部まで聞いていたので何の問題もなかった。

 「村山さんがいてくれて本当に良かった」

 高津が溜息混じりに同じ台詞を呟いたので、萌は肩をすくめて小声で囁いた。

 「前は変だって言ってたくせに」

 「変は変だよ。でも、このメンバーで変じゃないのって、君だけだから」

 言われてみればそうだ。

 夕貴はテレパシー能力が強く、しかも今回の黒幕……かどうかは謎だが、中心人物のことがわかっているようだ。

 高津は敵と味方の区別がつけられるし、暁は妹の通訳ができてしかも他の三人に発信できる。あと村山は受信だけだがテレパシーが使える。

 (やっぱりあたし、足手まといなんだな)

 夕貴が言う四人にプラスのお邪魔虫。

 そう思うと、あそこに残っているべきだったかと若干の悔いが心を揺らす。

 萌は頭を振って、目前のことを考えるよう努力した。

 (……町、か)

 万が一、誰かがはぐれても、二日は蔵で待とうと決めている。だが暁ではないが、一人になって目的地に行きつく自信などない。

 (鬼が闊歩していて、高津君がいないんだもの)

 黄昏がやがて闇に転じる前に、彼らはふもと近くの藪に潜み、打合せの通り横になった。

 名前も知らない大きな葉をした木が萌の真上にある。しかし、日が落ちてしばらくすると、その木は葉擦れの音だけの存在となった。

 「眠れない?」

 ふうと溜息をついた萌に向かって、高津が小さく声をかけてきた。

 「うん、毎度のことだけど。……高津君も?」

 かさりという音がした。多分、暁が寝返りを打ったのだろう。

 「考え出すときりがなくって。誰が、どんな方法で、いつの間に、どの町をどれだけ支配して、そして何のために……ほんと、うんざりする」

 萌も同じだったが、高津と違うのは、最終的には考えることを他の人に任せようと割り切ったことだった。

 疑問は沸くが、萌の頭ではどうせわからないのだ。

 「早く黒い人に会いたいね。そしたらすっとするよ、きっと」

 「……実際情報がもっとあれば、黒い人なんていう訳のわからないものに頼らなくてもいいのに。そしたらこんな無謀なことやらなくていいのにさ」

 「でも、この子たちが味方だってことは、声だけの時にもわかってたんでしょ? そこは信じたんだから、今度だって」

 木々が風に揺れた。

 「単に信じただけじゃない。北に向かうのが安全だったからだよ。だけど今度は俺たちが一度は脱出した南にまた戻るんだ」

 萌は高津の陰に向かって小声で囁く。

 「行くの、反対なの?」

 「何だかんだ言って、それしかないのは確かだ。だけど、子供や女の子まで行くことないんじゃないかって思って」

 「仕方ないよ、それが条件みたいだし」

 言ってから少し哀しくなる。

 「ごめん、足手まといで」

 「そんなこと言ってるんじゃないんだ。一緒にいてくれて助かってる、それは本当だよ。でも、やっぱり咄嗟に守りきれなかったらどうしようとか考えて……」

 やっぱり人間の出来が違う。

 (他の人を守ろうなんて大それた事、考えたことなかったし)

 二人はそれから言い合わせたように押し黙った。

 (何でこんなことになったんだろ……)

 ふと、昼間の村山と暁の会話を思い出す。

 そう、あの時暁もそう言ったのだ。

 「何でこんなことになったの?」

 「おじさんにもわからないな」

 「大人なのに?」

 「うん」

 暁は首をかしげた。

 「でもね、お母さんは、子供がいっぱい勉強しないといけないのは、大人みたいに何でも知ってる人になるためだって言ってたよ」

 言ってから家族のことを思い出したのか、暁は寂しそうな顔をした。

 しかし、けなげにもその事を口に出さないように我慢している風だ。

 (可哀想に……)

 彼らはごく一般的な家庭の二人兄妹らしい。優しい美人の母と、仕事でいつも遅く帰ってくる忙しい父。

 耐えているのは萌だけではないのだ……


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