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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
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北の山 3

 休憩時、高津がふうと息をついた。

 「……どうなってるのかな、町」

 その事件があってから一日と何時間か経った頃だろうか。

 「情報取れないって、怖いな」

 ラジオは村山が男に襲われた時に地面に落とした際に故障してもう使用できない。

 携帯も試したがアンテナが立たなかったので、再び電源を切ってリュックに仕舞いこんだ。

 「ホントにね。でもこの先には敵はいないんでしょ?」

 「……今のところは」

 高津はあれからずっと元気がなかった。

 彼が寡黙だと萌もやりにくいので、あまり会話をしかけることをしない彼女も仕方なしに自分から言葉をかけるようにしている。

 そのせいかどうか、ようやく今朝ぐらいからは以前の彼ぐらいには話をするようになっていた。

 「村山さん、遅いね」

 テントを張ったあとやひどく歩いた休憩の後などに、村山は時々五分ほど姿を消す。

 「うん」

 高津は隣の萌をじっと見た。

 「村山さんって、変だと思わない?」

 「そう?」

 萌は首をかしげる。

 「どこが?」

 「全部。顔も造り物みたいに整ってるし、そもそも頭が良すぎて気味が悪い」

 「そうなの?」

 萌は再び首を傾けた。

 「でも、お医者さんって賢いんでしょ? あんなもんじゃないの?」

 「そうかもしれないけど、何か普通と違うんだ。例えば、俺が歩いた道と敵と遭遇した点から最少人数を割り出したりとかしただろ?」

 「うん」

 「普通、人の話を一回聞いただけで、どこで曲がったとか、どの家の庭を突っ切ったなんて覚えてられると思う?」

 「高津君だってもの凄く詳しく覚えてたよ?」

 「俺は実際に通ったからだよ」

 高津は眉根をよせた。

 「それにあのとき、一カ所よくわからなかった所があったんだけど、後の村山さんの説明ではちゃんと補完されてた。まるで見てたみたいに」

 「ふうん」

 そうだったろうか。

 「持っていく荷物についても、あんなに緊急に三人分を揃えることになったのに、重さや体積や優先順位やそういったのを全部頭の中で分類して、整理して、俺たちの担ぐ分まで全部割り振ったし」

 「山登り、好きなんじゃないの? きっとこういうのに慣れてるんじゃないかな」

 夜の一室、街灯の明かりの中の悲痛な横顔が甦る。

 あれは人を騙している人間の表情ではない。それは断固として言える。

 「でも……」

 高津が言いつのろうとした時、村山が姿を現した。

 「ごめん、遅くなって」

 彼らは立ち上がってリュックを背負った。もう時刻は夕方になっていて、正面の西日が眩しい。

 (高津君、疲れてるのかな)

 確かに村山は頭がいい。彼の話を聞いて凄いと思うことはいっぱいある。

 でも、萌にしてみれば高津だって充分賢いし、その賢さのレベルが異常だと言われてもよくわからない。

 「そう言えば」

 村山がふっと高津を見る。

 「一つ気になってたことがあるんだけど」

 「何?」

 「あのワンゲル部の部員たちが倒れていた時、青い人とその向こうに赤い人がいるって言ったろ? だけど四人のうちあの時点で三人息があった。勘定が合わないなと思って」

 高津が頷く。

 「俺は赤い奴らは遠くても何となくわかるけど、青い人たちは視野に入らないとわからないんだ。最後の一人は道の向こうに倒れていたから見えなかった。村山さんの家の前で途方にくれたとき、門が開いて俺、跳び上がったろ? それは気配に気づいてなくて純粋にびっくりしたんだ」

 「やっぱりそうか」

 村山が視線を前方に戻した。

 「じゃあ、声の主にもうすぐ邂逅するけど、それが青い場合はどの辺りにいるとか本当に一人なのかとかは予測できないんだな?」

 「え!」

 萌たちは同時に声を上げた。

 「もうすぐなんですか?」

 高津はしばらく考え込むように眉間にしわをよせ、そして顔を上げる。

 「村山さん、その『声』の主ってどんな人間かわかります?」

 「子供だって言うこと以外はわからないな」

 「その、子供の声ってところが怪しい気がするんだけど」

 彼の不安が萌にもわずかに伝染する。

 「安心させるための罠だとしたら?」

 「それも考えたけど、行動を起こす指針を失う訳にいかなかった。最初から賭ける馬がそれだと決められてたんだから、迷う権利すらなかったって言っていい」

 村山はわずかに微笑んだ。

 「どうしたんだ、急に? あの時『声』は味方だと自信たっぷりに言ってたのは君だったのに」

 高津は眉をしかめたまま頷いた。

 「それはそうなんだけど、俺が言いたいのはこんなに無防備に近づいて行っていいのかってことなんだ。もっと隠れながら進むとか」

 三人は最初に目指していた山腹の間際まで来ていた。そこは樹木も少なく、比較的見晴らしのいい道になっている。

 「あたしは意味ないって思うな。呼びつけるくらいなんだからこっちの居場所だってわかってるだろうし、罠ならもっと違う方法で簡単にあたしたちを捕まえられたと思う」

 偉そうに言ったのは、本当は「声」を疑う勇気の持ち合わせがないためである。

 二日間の行程で弱音を吐きそうになるたび、萌は「声」の主に会えば何とかなると思ってここまで来た。

 今更疑うなんて出来ない相談だ。

 それに「声」に近づいていると村山は言うが、萌の頭に時折聞こえるそれは大きくなるでもなく鮮明になるでもないため、今ひとつ実感はわかない。

 ラジオなどの電波とは原理が全く違うのか、距離に関係なく絶対的な能力の上限が決まっているようだ。

 「だけどさ、よく考えたらこんな山の中に子供がいるって不自然だ」

 高津はまだ納得していないのか、萌に向かって口を尖らせた。

 「不自然なことは他にもいっぱいあると思うよ

 高津の能力一つにしてもそうだ。

 「会ったらわかるんだから早く会っちゃおうよ」

 村山が立ち止まり、前方のやや高くなった茂みを指さした。

 「どうやら彼はそこにいるらしい」

 どきりとした萌は目をこらして茂みを眺めた。しかしそよぐ風になびく草木の他には何もない。

 「行っていいか?」

 村山に見つめられ、仕方なさそうに高津は頷く。

 人の侵入を拒むような密集した草を払いながら彼らは進んだ。そうして十メートルも歩いたろうか、突然切れた草の波の向こうに現れた平らな教室程度の空間に、人の身長くらいの岩が数個転がっているのが見えた。

 そして、その岩の一つにちょこんと少年と少女が二人座っている。

 「ゆうきの言う通り、本当に来てくれた」

 黄色いリュックを背負った小学校低学年ぐらいの男の子が万歳をした。

 「君が、君たちが俺を呼んだのか?」

 村山が一歩踏み出して彼らに尋ねる。

 (……これが、『声』の主?)

 萌は呆然と子供たちを見つめた。奇妙なことに目の前にいるのが声の通りの子供なのが不思議に感じられる。むしろ予想外の鬼や蛇でも出てきた方が驚きは少なかったかもしれない。

 「僕の声が聞こえたんだね?」

 男の子はほっとした表情で村山を見た。

 「呼んでも誰も返事してくれないから、ずっと心配してたんだ」

 「理由を聞かせてくれるね? どうして俺たちをここに呼んだのか」

 少年はわずかに首をかしげた。

 「助けて欲しかったからだよ。そのつもりで来てくれたんじゃないの?」

 「え!」

 耳を疑って萌はオウム返しに呟く。

 「……助けて欲しかった?」

 どういうことなのか。

 助けてもらえるのは萌たちの方ではないのか? そのためにわざわざこんな山の中を懸命に歩いてきたのだから。

 青い顔で横を見ると、高津も驚いたような表情で茫然としている。

 「そうか、君たちは助けを求めて俺に声をかけてきたんだね?」

 さすがに村山は落胆を声には表さなかった。

 心の片隅でやっぱり大人だと思う。

 「うん、必死で呼べば、必ず誰かが来てくれるってゆうきが言うから」

 彼は側の少女に笑いかけた。少女は少年よりも数歳年が下のようで、おかっぱ頭で綺麗な二重を持つ可愛い子だった。

 「君がゆうきちゃん?」

 少女を見つめた村山に少年は頷く。

 「そう。僕の妹で、ゆうひのゆうに、とおといって書くんだって。それで僕はあきら。あかつきって書くんだってお母さんが言ってた」

 少女も村山に微笑み、あうっというような声を出した。

 (……?)

 少女の様子に少しだけ違和感を感じた萌は、その答えに思い当たってはっとする。

 (この子、ひょっとして……)

 しかし、萌のこわばった顔を見て暁が手を振った

 「大丈夫だよ、お姉ちゃん。夕貴の考えていることを僕はわかるし、皆が言ってることは僕が伝えられるから」

 明るく笑われて萌は赤面した。

 そんなことで驚いた自分が情けなかったのだ。

 仮に暁がいなくても、手話なりなんなりコミュニケーションの方法はあるのに。

 「君は俺の考えている事はわかる?」

 「ううん、僕がわかるのは夕貴だけ」

 やはり村山が言っていたように、村山や高津は受信専用テレパスで、暁は送信専用テレパスだと言うことか。

 「……超能力にしては不便な力だよな」

 高津がぼそっと呟く。

 「ということは、暁君は俺やこのお兄さんたちを呼んだんじゃなくて、ただ何となく誰でもいいと思って呼んでたのかい?」

 「うん。僕はそう。でも夕貴はお兄ちゃんたちが来るの、わかってたみたいだよ。時々、そこは危ないから逃げるように言って、とか、お姉ちゃんたちを助けてあげてって言ってとか、僕に頼んだから」

 三人がまじまじと夕貴を見ると、彼女はにっこりと微笑んで強く頷いた。

 「そうか……」

 村山が突然夕貴を持ち上げた。

 「ありがとう、君が俺を助けてくれたんだ」

 慌てたように暁が村山を夕貴から引きはがす。

 「だめ、夕貴は人見知りが強いんだから」

 だが、当の夕貴は村山を見てにこにこしている。とても人見知りには見えない。

 「暁君の名字は何?」

 「僕は暁だけでいいよ、名字があると格好良くないし。でさ、もし良かったら、ローマ字でアキラって想像しながら呼んでくれない? そしたらもっとヒーローっぽいから」

 「……わ、わかった」

 「それよりねえ、お兄ちゃんたちの名前も聞いていい?」

 村山は無邪気に問いかける彼に、ここについて初めての笑顔を見せた。

 「ごめん、ほんとだ」

 彼は暁と夕貴を順番に持ち上げて、岩から地面に降ろす。

 改めて名を名乗りながら、手際のよい高津がその辺りに落ちていた岩を転がして椅子代わりに設置した。

 それを見て萌も慌てて手伝いを始める。

 (あたしってほんとに気が利かない)

 このままでは完全にお荷物になってしまう。

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