◆7月のなかば 夏空と100円の至福!
晴れ渡った青空の向こうで、真っ白な入道雲がすくすくと成長していた。
梅雨の終わりも近い7月の半ばの帰り道、田んぼの脇で野放図に咲きまくるタチアオイの花がなんだか暑苦しい。
これでもかという程の赤、透けるような白、そんな原色の花弁が緑の葉と積み重なって咲き競っている。
太陽のじりっとした日差しと道路の照り返しが強烈で、こういうのを『両面焼きのハムエッグ気分』というのだろう。
「でね! 凍ったご飯の上に、凍らせたカレーをガリガリ削って……」
熱さのせいかユウナのマシンガントークが止まらない。ちょっと何を言っているかわからなかったので、聞き返す。
「それは……ひょっとしてギャグで言っている……?」
「やーね、本気よ本気!」
ユウナの口からは、トンデモ料理の構想が次々と飛び出していた。
『アイスカレー』に『スイーツ福神漬け』とか、美食家が聞いたら卒倒しそうな物ばかりだけど、家庭科実習で実際に作るグループ創作料理の構想らしい。
聞いただけで腹がどうにかなりそうで、同じ班になるクラスの男子が不憫でならない。
って、僕か!?
「アイデアはユウナらしくていい……と思うけどさ、いきなりそんなの上手くいくの?」
僕は気だるく疑問を投げかける。昔からアイデア先行で突っ走って、悲惨な結果になるのがユウナのいつものパターンだ。
思い起こせば小学校の頃、『クラスみんなでリサイクルで物づくり』という授業があって、ユウナは「空き缶でイカダを作ったらいいと思います!」と、すばらしいアイデアを出した。
もちろんクラスから拍手喝采を浴び、即採用。
けれど小学生の工作技術なんてたかが知れている。出来上がったのは『ビニール袋に詰め込んだ空き缶』を紐で縛っただけの悲惨な「何か」だった。
気落ちするユウナに、クラスの非難が集まりそうな気配だった。そこで僕はつい「僕が……、ボクが乗ります!」と、まるでロボットアニメの主人公のようなセリフを叫んでいた。
その後はプールで大試乗会となったのだけれど、結果は見事に轟沈――。
まぁ、僕の悲鳴が大いにウケて、クラスの空気も良くなったのだけど……。
兎に角、何故かそういう役目が回ってくるという流れは、いい加減勘弁して欲しい。
気づけよとばかりに半眼の渋い顔をユウナに向けるけれど、無言の抗議に気づいてくれる様子はまったく無かった。
元気印なツインテールを揺らして、夏かおまえはと言いたくなる程に眩しい笑顔を僕に向ける。
「大丈夫! 家でちゃんと試作するし!」
と、鼻息も荒く言い切った。
「し、試作?」
……嫌な予感しかしない。
「出来たら持っていくからね」
「やっぱり!?」
試食は僕なのか……。胃の心配をするべきか、いや、今から居留守を使うべきか。
実は胃が生まれつき弱くて……と、僕が口を開けかけたとき、ユウナが僕の手首を掴んだ。
「――いや! 逃げないけどさ!?」
まずい。このまま拉致られて強引に試食か!?
と、僕は思わず身構えた。けれど、ユウナの汗ばんだ横顔は、道端の無人販売所に向けられていた。
「アキラ! トマト5個で100円だって!」
くるりと僕の方を振り返る。
「え? あ……そだね」
「お腹すいたから買おっかな!」
ユウナの視線を追うと、確かに真っ赤に熟れたトマトがあった。
――無人販売所。
農家で余った野菜や形の不揃いな、けれど新鮮な野菜が大概100円で買える場所。
店舗というには貧相な小屋、もしくは屋根の付いた陳列棚に野菜が並べてあるだけ。
代金は欲しい品物の分だけ『代金箱』に入れる。
けれど誰も持ち逃げなんてしない。
他人への信頼だけで運営されているという、世界でも稀な驚異の販売システムで、絶対日本にしかないと思う。
そして、ユウナが覗きこむ先には、ビニール袋に詰め込まれた艶やかなトマトがあった。
キュウリやピーマン売られていて、それぞれ大きさも形もまちまちだけど、新鮮なのは僕の目にだって判るほどだ。
おそらく、その辺の庭や畑で収穫し、詰め込んだものばかりだ。
チャリン、とユウナが100円玉を代金箱に入れる。
「確かに美味しそうだけどさ、買い食いってレベルじゃないぞ……」
いくら田舎とはいえ、野菜を買い食いするJKってどうなの……。と僕はホクホク顔の幼なじみをすこし呆れつつ眺める。
「絶対美味しいよ、ほら」
すっと差し出された細い指先が、命を凝縮したような赤い実を優しく支えている。
「くれるの?」
「ん――」
子供みたいに頷くとユウナは躊躇いもなく、宝石の様な光沢をもつ生の野菜にかぶりつく。
零れる汁を避けるように、身体を「く」の字にする様子が可笑しい。
「あはは、だから買い食いには向かないって」
「うむっ……美味! うまっ!」
ユウナがちゅるる、と中身を吸う。
口元から溢れる赤い汁を舐めとる舌先とか、なんというか、とても――ゴクリ。
「アキラも食べなってば。キュウリも買う?」
「カッパか!?」
結局、空腹な僕もトマトにかぶりつく。
同じく体を「く」の字にして汁を避けると、ユウナがケラケラと笑った。
途端に、熟れた自然の甘味が口いっぱいに広がってゆく。
それは夏の香りと太陽の熱を思いきり集めたような鮮烈さだ。
――うん! ……美味しい!
「でしょ!」
何故かドヤ顔のユウナに笑みを返しつつ、再び思い切り頬張るトマトは、むせ返るような夏の匂いがした。
【◆7月のなかば 夏空と100円の至福! 了】
【さくしゃより】
タチアオイが綺麗ですねー。このキセツは大好きです。
そういえば、今朝ノコギリクガタ拾いました。
いい歳して「うひゃっは!」と喜んでしまいましたがw