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◆7月の始まり 短冊に願いを込めて

 7月にはいっても梅雨はつづいていた。けれど合間に顔を出す太陽の、じりっとした日射しが夏を予感させてくれる。


 今日は日曜日だと言うのに部活があって、午前中は「麦の収穫」をやっていた。

 どんな部活だよ!? という天からのツッコミが聞えてきそうだけれど、僕とユウナは最近、そういう活動をする謎の部活に所属しはじめていた。


 詳しく話せば長いのだけれど……とりあえず今は部活を終えて一人、ダラダラと家に帰る途中だ。


「あちぃ……」

 

 恨めしげに太陽を仰ぎ見てから目線を下げれば、緑の濃くなった山並みから続く緑の絨毯が太陽の照り返しで眩しい。


 稲の草原を風が吹き抜けると波のようにうねり、風が見えるようだ。

 

 緑色の田んぼの一角はところどころ茶色のモザイク模様になっていて、そこは転作とかで「麦」を育てている畑で、丁度今が刈り入れ時なのだ。


 僕が歩いているのは道の片側だけに歩道があって、白いガードレールと田んぼが延々とつづいているような農道だ。

 青々とした田園風景に、農家特有の赤や青色の原色の屋根がアクセントを添えている。


 目を東の方角に向けると、民家や商店街といった綾織村の中心部が見える。ここから歩けば30分はかかるだろうけれど、そこまで行けば一通りのものが買える。

 後ろを振り返れば森の木々の向うに、僕の通っている県立高校の屋根が見えた。更に西側にある小高い山の頂上には、村一番の大きな神社「豊糧神社」の(やしろ)と赤い鳥居が見える。


 さて。

 意外に思われるかもしれないが僕は中学時代は陸上部に所属していて、短距離は結構早かった。

 地区の総体では3位と言う微妙な俊足!


 ――アキラらしい順位よねー。


 と笑うユウナの声が自動的に聞えるが、ほっといてくれ。


 高校に入っても当然陸上部と思っていたけれど、そこは部員が2人だけの廃部寸前で、練習もあまりやっていなかった。球技やチームスポーツがからきしダメな僕は、今更他のスポーツに転向する自信も無かったので、無所属のまま2ヶ月が過ぎていた。


 ちなみにユウナはサッカー部のマネージャーになりたがっていたけれど、「なんか私が目指していた物と違う」といって、今は無所属だ。


 アイツの場合、自分探しとか言って中途半端な夢を追い、ダメになる典型だとおもう。


 まぁ僕も人のことは言えないけれど、このままではダメになりそうなので、僕とユウナも部活に所属することにしたのだ。

 

 ――里山生活文化研究会

 

 活動内容は「綾織(あやおり)村に伝わる文化や伝統を研究し記録を後世に伝えていく」……という、なんだか地味そうな何をするかよくわからない部だ。いわゆるアニメやラノベではお馴染みの「謎部(・・)」に近いかもしれない。


 そもそもこの部活を選んだきっかけが、なんとクラス委員長の豊糧ミカリさんに誘われたからなのだ。おまけに隣のクラスにやってきた交換留学生、マーガレットさんも入部すると聞かされたら、僕に断る道理なんて無い。


「アキラ! 風が変わったわ、謎部よ謎部! これからは謎部の時代よ!」


 と、同じく誘われたユウナは、きらんと瞳を輝かせて謎部と連呼していたけれど、ミカリさんの前で「謎部」呼ばわりは無いと思う。

 頭も良くて人気者のミカリさんは、どうやら僕とユウナがマーガレットさんと先日、町に一緒に買物をしにいったと言う噂をきいて誘ってくれたようだ。


「いいけど、部員はどれくらい居るのかな?」

「先輩が一人と……私。そして今日からアキラくんとユウナちゃんと、マーガレットさんが入部したから5人。研究会から『部』に格上げね!」


 嬉しそうに笑うミカリさんの笑顔を僕は、ほわぁとした顔で眺めていた。


 というわけで。

 

 休日の朝を返上して活動した本日の「里山生活文化研究部」は、「地元で取れた小麦と小豆を使ってお饅頭を作って、文化祭で売りまくろう!」というものだった。

 それにはまず、地元で育つ小麦の刈り入れを手伝おう! ……という気が遠くなりそうなほどに壮大かつ地味な計画の第一歩だった。


 意外と知られていないかもしれないけれど、麦は秋に種まきをして、芽が出た状態で冬を越して春を迎え、茶色く実るのは丁度この初夏の時期だったりする。(あくまでも、僕の住んでいる北国での場合ね)


 さすが謎部……と僕は唸ったけれど、男手が僕しかおらず、頼みのユウナも用事があって休みとなれば、収穫から運搬まで僕の活躍の独壇場となった。

 美人で巫女さんという素敵クラス委員長のミカリさんに、いいこところを見せる数少ないチャンスだしね!


 ◇


 そんな事を逡巡しながら小さな橋を渡り、涼しげな音を立てる小川を覗きこむ。

 透明で底まで透けて見える清流の岩陰では、魚の影が見て取れた。

 昼間から泳いでいるので、岩魚や山女ではなくウグイだろう。


 ――うーん、水遊びしたい。

 

 子供の頃は毎日のように遊んでいたのだけれど、高校生にもなって僕一人で川で水遊びをしていたら、流石に残念な奴だと思われてしまうだろう。

 

 けれど、仲のいい友達ときゃっきゃと水しぶきを散らして遊べば、あら不思議。一転して「爽やかな青春の一ページ」に変わるのだから世界は不条理と不思議に満ちている。


 そんなことをぼんやり考えながら、川を横目に歩いていると、集落の入り口にある唯一の店、「田中商店」まで辿りついた。

 

挿絵(By みてみん)


 僕にとってこの店は、ボロいけれど子供の頃からお世話になっている店だ。長靴から草刈がまにアイス、そして米に味噌と適当になんでも買えるカオスさが売りで、村の中心まで行くことを考えれば家から徒歩5分にあるのでコンビニ顔負けの便利さだ。


「アキラー! 今部活終わり?」


 聞き慣れた声が聞えてきた。みれば向うからTシャツにホットパンツ姿のラフな格好のユウナが歩いてきた。


「あれ? ユウナ、今日は用事があるんじゃなかったの?」

「うん。おかーさんと街で用事足してきたの。部活動どうだった?」

「麦の収穫でコキ使われた」

「あはは! 小作のようにしっかり働きなさいよー」

「うるへー」


 夏の日差しと同じような眩しい笑顔に、僕は頬をかく。


 田中商店は『元気ハツラツ』の古びた金属製プレートがぶら下げてあるような店だ。

 

 引き戸をガラガラと開けて店の中に入る。中は埃臭く、六畳一間ぐらいの広さで所狭しと駄菓子や日用雑貨、何冊か雑誌も並べてある。その他には洗剤、ゴム長靴、草刈り釜、食塩にレトルトカレー……と雑然と並んでいる。


「こんちはー」

「おばちゃんいるー?」


 間の抜けた子供みたいな二人の声が、薄暗い店の奥に吸い込まれてゆく。


 店のおばちゃんは店舗兼、自宅の奥で昼ごはんを作っているらしく、辺りにはいい匂いが漂っていて、なかなか出てこなかった。


「あんれ、アキラ君とユーちゃん、いっしょにお出かけ? いいわねぇ~」

「えへへ、そうでーす!」


 音の鳴る廊下の向こうから手を拭きながら出てきた店のおばちゃんに、優菜が適当にに答える。


 ちなみに幼稚園の頃『初めてのお遣い』をしたのはこの店だ。


 僕を見ると二言目には「ちっけぇ頃は、二人して手っこ繋いで買いに来てたねぇ」と必ず始まる。通算で五万回ぐらい聞かされた気がするので、仕方なく愛想笑いを返す。

 優菜は百万回言われても嫌じゃないようで、毎回同じような世間話をしている。

 冷蔵庫から冷えたコーラをひとつと、発売日から1日遅れで入荷した少年誌、それに薄塩味のポテチを買う。これは僕の帰宅後のささやかな楽しみにしよう。


 ユウナもジュースやおやつを買い込んで、午後の引き篭もりタイムに備えているようだ。


「毎度どうもねー。あ! 表の短冊、書いていったら?」


 と、おばちゃんが短冊を二枚くれた。言われてみれば店の外には立派な『竹』が飾られていた。

 それには短冊がいくつもぶら下がり、近所の子供たちや大人たちの願い事が書いてある。


「そっか、そろそろ七夕だもんな……」


 ――金持ちになれますように

 ――あの人が私の想いに気が付いてくれますように。

 ――夫が帰ってきますように。


「…………」


 軽いものから重いものまで願いは様々で、神様も大変だなぁと思う。


 そういや、織姫さまと彦星さまが願いを叶えてくれるのか、それとも二人を星に変えた神様が願いを聞いてくれるのだったか……、どっちだっけ?


「アキラも願い事かこうよ!」


 店先にあるベンチ(といっても空いたビールケースに板を載せただけのものだけど……)にお菓子の袋を置いて、ユウナは短冊にさらさらと願い事を書いてゆく。


 なんて書いてあるかは気になるけれど、覗き込むのも良くない。


「僕はいいよ……」

「えー、書かないと叶えてもらえないよ」

「子供じゃあるまいし……。新しいゲームでも頼むの?」


 からかうと、違うし! と言いながら、顔を赤くして手に持った短冊を後ろに隠す。


 それは店のおばちゃんの手作りの和紙を切った自作の短冊だ。

 後は自由に店先の竹につるす、というシステムだ。


「教えないよーだ。内緒」

「いいよ、聞かないよ」


 ――願いは心に秘めてこそ、だしね。


 僕は興味の無いふりを装って、家に帰ろうと買物袋を背中に背負う。


「アキラ、しゃがんで、お座り」

「……は?」

 突然何を言いだすんだコイツは……。

「だから、肩車してよ! ほれっ!」


 いきなり肩を掴まれ、ぐいぐいと腰を折られ、、そしてユウナが僕の肩に何の遠慮も無く跨る。


「ちょっ!? おまっ……!」


 夏の日差しで熱せられた僕の首筋に、ひんやりとしたユウナの太腿が触れる。

 それはとんでもなく柔らかくて思わず、ひぅ!? とか変な声が出てしまう。


「変なところ触ったらコークスクリュー・ヘッドシザーズ食らわすからね!」

「アホか!」


 コークスクリュー・ヘッドシザーズとは首を足で挟んで捻って投げ飛ばすプロレス技だ。

 初代タイガーマスクの得意技で、ユウナのお母さんの詩織さんが若い頃、タイマン勝負の場面で使った事があるらしい。って、そんなこたぁどうもでいい。


挿絵(By みてみん)


「アキラ、起動――!」


 その声に、僕は嘆息しつつ立ち上がる。

 片膝をついた姿勢から、起動する主役メカのような動きで何とか大地に立ちあがる。


 ――て、


「お……重ッ!」 

「う、うるさい! しっかり立ってよ! 短冊、結ぶから」


 ユウナがフラフラする僕の頭を押さえて、もう片方の手で短冊を天に掲げる。


 竹の一番高いところへ手を伸ばしてゆく――。


 見上げた空は青くて、眩しくて、短冊の文字は僕には見えない。


 ユウナはそれを「願いよ、届け」とばかりに一番高い先端へ結びつける。


 おそらくそれで一番最初に願いを叶えてもらえると無邪気に信じているのだろう。


 けれど、これだけは言わせてほしい。


 ――竹を曲げて結べば……いいんじゃないかな?


【◆7月のはじまり 短冊に願いを込めて 了】


【さくしゃより】


夏が来ますね! 夏は水遊びにスイカ、アイス、夏祭りと

楽しいネタが満載ですw

7月中は毎週週末更新「予定」です♪ おたのしみにっ!


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