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◆6月のなかば 休日はジャヌコへ行こう!

 テストも終わり「平穏な日常」を取り返した、とある日曜の朝のこと。


 日曜日は皆がそうであるように、僕にとっても貴重な休日だ。

 学校で疲れきった心と身体を休める為に、家でゴロゴロしながらゲームして、撮り溜めたアニメを見ながらお菓子を食って……とにかくそんな風に一日を過ごしたい。

 今朝もこうして毛布にくるまって惰眠を貪りながら、至福のひと時を過ごしている。


 けれど、今朝は梅雨の合間のピーカン照り。

 恨めしいほどに空が青い。


 ――こんな日に家に居たら腐るよ!


 なんてユウナが来そうな予感がするので、戸締りだけはしっかりと……


「こんな日に家に居たら腐るよ!」


 ……遅かった。


 ガラッ! と部屋の窓が遠慮なく開けられたかと思うと、被っていた毛布が容赦なくグイグイと引っ張られた。

 僕の家は平屋建てで、窓の横に僕のベットが置いてある。窓を開けられたら当然こうなるわけで。


「ちょっ……ユウナやめ!?」

「よいではないか、よいではないかー!」


 アホな事を言いながら強引に引き剥がされた毛布は、窓からズルズルと外に引き出されてしまった。


「なにすんだよ! てか、僕のプライバシーは無いの!?」

「え?」

「え? じゃないよ!? ……今度ユウナにも同じことしてやるからな」

「変態」

 ボソッと半眼で返される。


「なんでだよ!?」


 自分がするのは良くてされるのはダメなのかよ……。理不尽な仕打ちはいつものことだけど、まぁ確かに同じ事を僕がやったら普通に通報されてもおかしくない。女の子っていいよね……。

 

 僕はパンツとTシャツ姿のまま、窓際の貧乏くさいパイプベットで丸くなった。毛を刈られた羊ってきっとこんな気持ちなんだろう。


 ユウナは奪い取った僕の毛布に顔を埋めて、すはーすはーとしてから顔をしかめた。

「この毛布、アキラ(しゅう)がするから干しておくね」

「僕が臭いみたいに言うな!」


 庭先の物干し台に毛布をバサリとひっかけて、ぱんぱんと埃を払う幼なじみ。

 てかアキラ臭ってなんだよ……。

 一仕事終えて満足そうに太陽を見上げるユウナの横顔を、僕は開け放たれた窓越しに、ぼんやり眺めていた。


 ユウナがくるりと向き直ると、今日も絶好調の証のツインテールが朝日に煌く。


「アキラ忘れてない? 今日さ、皆でジャヌコに行く約束だったでしょ!」

「あ……そうだっけ」


 思い出した。

 浴衣を見たいというユウナと、隣のクラスに交換留学生としてスティしている米国人のマーガレットさんと彼女のホームステイ先にいるという中学生の男子という男女混成の、妙ちくりんなパーティで買い物に行く約束をしていたんだった。


 発端は、隣のクラスに「金髪碧眼の美少女がきた!」という大ニュースが駆け巡った、先日のことだった。


 ◇


 数日前のこと。


 凄いよ! 金髪に青い目の美少女って本当に実在するんだね!? というのが田舎モノの僕ら男子の感想だった。


 放課後の淡い光の差し込む教室で、最後尾の席に彼女は座っていた。

 僕は思わず息を呑んだ。

 少しウェーブのかかった金髪に、ドールのように可愛らしく小さな顔。そして、海のように青く澄んだ瞳――。しかもカタコトの日本語で5、6人のクラスメイトに囲まれて、楽しそうに談笑をしている。


「ニホンの制服、カワイイ文化! ずっと憧れてタのデェス!」


 そんな弾んだ声が聞こえてきて、見慣れている女子の制服も、青い目の女の子が着るとまるで違うものに見えた。

 他の男子たちからは「おぉ」「はぁ」という溜息しか聞こえてこない。


 取り囲んでキャッキャと会話に花を咲かせているのは、英語が堪能なエリート顔の鶯崎(うぐいすざき)君や、リフティングが上手そうなサッカー部の小林君だ。彼らは余裕しゃくしゃくで話しかけて、なんと「笑い」さえとっている。


「うーん、格差だね……」


 厳しい現実を目の当たりに、自信を持っている奴ってのは、とこういうときに違うんだなぁ……なんて妙な感心をしてしまう。

 僕みたいな「冴えない系の男子」は、そもそも自信を持てるような場面に恵まれる機会も少なくて、なかなか難しいところだけれど。


 指をくわえてボケーと眺めていたら、今度は聞きなれた笑い声にハッとする。なんとユウナもその輪の中に入っている。


 ――な、なにぃ……! あいつめ!


 見れば英語なんてしゃべれないくせに身振りと単語でコミュニケーションをとっている。

 明るい笑顔とジャスチャーで通じるって凄いことだが、あの調子ならどんな異文明と接触してもやっていけそうだ。


「あ! アキラもおいでよ、マーガレットちゃん可愛いよぉ~!」


 きゃわわ♪ という仕草で金髪の美少女の両肩をガッシと抑える。

 いきなりちゃん呼ばわり……? しかも馴れ馴れしいし。とは思いつつも、思わぬ幼なじみの援護射撃に、ちょっとニヤけそうになる。

 

 けれどそこは「冴えない系男子代表(・・・・・)」として顔をキッと引き締めて、せめて恥ずかしくないように振舞おう。

 ガチガチとした動きで近寄って、ニコニコしているユウナの隣に並び、とりあえず自己紹介。


「ア、アイアムァ……」

「レジェンド!」

「何で伝説!?」


 ユウナが僕の挨拶に茶々を入れる。おまけにドヤ顔と来た。

 思わずいつもどおりのノリで突っ込むと、マーガレットさんが「マイガッ……!」と青い色の瞳を大きくする。

 いきなり失礼な事をしてしまったかと、思ったけれど彼女は意外な言葉を口にした。


「……ユー達は、『オサナナジミ』ってやつディスカー!?」


 ガタリ、と机に両手をついて立ち上がる。


「「え、あ……うん?」」


 僕とユウナは同じタイミングで、目をぱちくりさせながら頷いた。すると青い瞳からキラキラッ光を放ち、おもむろに僕らの手を握ると満面の笑みでぶんぶんとシェイクハンド。

 

「Oh! アニメでいっつも見てるディス! 『ツンデレツインテール』と『さえない平凡主人公』ディスね!?」


「あはは!? マーガレットちゃん! 話が合いそうね!」

「誰が冴えない平凡主人公だよ……」


 キラーン! と白い歯を見せて笑うユウナとマーガレットさん。そんな二人を僕は横から呆れ顔で眺めるばかりだ。


 ともあれ僕達は、その後すこし友達になったのは言うまでもない。


 ◇


 隣町のショッピングセンター「ジャヌコ」までは、バスで30分ほどの道のりだ。


 僕たちは村はずれのバス亭で、ユウナとマーガレットさん、それと彼女のホームステイ先の男の子、(ミナト)くんとでバスが来るのを待っていた。


 バス停とはいっても小高い丘の上にポツンと待合小屋があって、降りる人も乗る人もあまり居ないような場所だ。村の田んぼや山並みが久しぶりの梅雨の晴れ間を喜ぶように輝いている。


 湿気は高いけれど空は気持ち良く晴れていて、時折吹き抜ける風が心地いい。確かにこんな日はお出かけ日和かもしれない。


「えと……はじめまして、アキラ……先輩」


 初対面の(ミナト)くんは中三男子なのに、つぶらな瞳が小動物を思わせる可愛い物静かな子だった。

 なんでも最近都会から越してきた子らしくて、両親が先生をしている関係でステイ先に決まったのだとか。


 けれど所詮は欲望真っ盛りの男子(・・)! こんな美人の外人さんと一つ屋根の下で暮らせるとは羨ましい! ギギ……と渋い顔をしていたら、ちょっと怖がられてしまった。


「こらアキラ! 怖がってるでしょ!」

 どっちかというと、このお姉さんのほうが怖いと思うけれど。

「ち、違っ! ごごめんね。今朝コイツにに叩き起こされて……寝不足なんだ」

「そうなんですか? 大丈夫ですか」


 逆に心配されてしまう始末。

 少し優しい口調を心がけると、(ミナト)くんも少し緊張がほぐれたようだ。マーガレットさんへの心象も大切なので、ここはひとつ「優しいお兄さんモード」に切り替える。


「ヘイ、アキラ。どうしてバスが2時間に1台しか来ないデスかー?」


 フレアスカートと大きな胸がぴちぴちっとしたブラウスという、少し大人っぽい服装のマーガレットさんが不思議そうに尋ねた。


「この辺は田舎だからそんなもんだよ。これでもマシなほうかも」


 もっと山奥の集落なんて半日にバスが2本とかもざらにある。田舎は何処もバスの便が悪いのだ。


「イエス! ……マイダディに頼んで、ヘリを呼びマース」


 マーガレットさんが真顔で取り出した携帯は、ゴツイ衛星携帯だった。


「どどど、どこにかける気?」

「USAマリーネ、海兵隊ね。マイダディ、隊長さんデェス!」


 片目をつぶりビシっと親指を立てるマーガレットさんの背後には、星条旗が浮かんで見えた。

 

「新型に乗せてもらえるカモデース。えーと確か……オスプ」

「うわあああ!? いろいろ問題になるからやめて!?」


挿絵(By みてみん)


 そんなこんなでバスが来るまでの間、僕たちは『みんなで巨大モンスターを狩る』ゲーム、ミンハンで時間を潰すことにした。


「アキラ先輩うまいですね!」

「はは、まあな!」


 僕は(ミナト)くんと協力プレイ中。隣に寄り添う(ミナト)はとても楽しそうだ。なんだかとっても素直で可愛くて、弟が出来たみたいで一人っ子の僕はちょっと嬉しい。


 ちなみに下手くそで足手まといなプレイヤーはマーガレットさんだ。ゲーム機はユウナが貸してあげたもので、いつもは僕とユウナで対戦ばかりしている。

 けれど今日は新メンバーとプレイしたりと賑やかで、おまけにマーガレットさんの掛け声がとてもユナイテッドステイツで騒がしい。


「オウッ!? ホゥア! マイガッ!」


 と、ユウナが横ですこし暇そうに僕らを眺めていた。


「…………」


 そういえば以前ジャヌコに行ったときは、二人だったっけ。


 今日は大勢だけど、僕らだけ盛り上がっていたらつまんないよなぁ。と、けれど僕はそこでひとつ思いついてユウナに声をかけた。


「ユウナ、今日は4人だからさ、アレに挑戦できるんじゃない?」

「――あ!」


 ぱっと、鳶色の瞳が輝く。


「ホワッツ?」「何に挑戦するの?」と、マーガレットさんと(ミナト)が目を瞬かせる。


「ジャヌコのフードコートの名物の巨大パフェ! 2500円で10人分ぐらいあるの!」


 ユウナが鼻息も荒く立ち上がった。その瞳にはゴゥと炎が浮かんでいた。


「以前、ユウナと挑んで敗れたんだよな……」


 あれはいくらなんでも無謀な戦いだったと思う。帰りはお腹が痛くなったりと大変だった。


「ハッ! USAのバケツサイズに比べたら、ヨユーデス!」

 マーガレットさんが、フフンと余裕の笑みを浮かべる。


「ボクはあまり食べられないかも……」

 隣の(ミナト)が、すこし困ったように僕を見つめる。

(ミナト)の分は僕が食べるから大丈夫だよ」

「Oh! マイガッ! ……アキラのミナト愛マジパネェ!?」

「どうしてそうなるんだよ!」

 ゴクリと生唾を飲み込んで鼻息を荒くする脳内妄想過多なマーガレットさんにツッこむと、ユウナが弾むように笑う。


「あ、バスが来ましたよ」


 ミナトの声に顔を上げると、ブルブルと古臭いエンジン音を響かせて坂を登ってきたバスが見えたので、僕は立ち上がった。

 

 ――今日はなんだか楽しい日になりそうだ。


「よし! じゃぁ行こ!」


 まってろよ巨大パフェ。今日こそはリベンジだ。


【◆6月のなかば 休日はジャヌコへ行こう!】 了


【作者より】


 次回の更新は・・・多分来週の土日・・・だと思いますw

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