◆春陽のある日 僕らのサクライロ・スイーツ!
「凄っ!」
「わ……ぁ!」
僕たちは綾織の里を一望できる小高い丘の上で、凛と咲き誇る桜を見上げていた。
――姥捨ての一本桜。
悲しい伝説に彩られた丘のうえに咲く老齢の桜は、今年も見事な花をつけた。
太く節くれだった幹、横に広がる落ち着きのある枝ぶり、そして淡い桜色の花弁が風に揺れている。
昼下がりの日差しは眩しくて空気は緩んでいた。小鳥たちがそこかしこで歌い、踏みしめる地面の土はふわふわと柔らかい。緑の草が勢いよく伸び始め、桜の色を引き立てている。
春の暖かな日差しに誘われるように、ユウナと僕はここを訪れていた。家から程近い山の上にある公園に、はやる気持ちを押さえられず、まるで聖地を巡礼するかのように。
姥捨ての一本桜を見に来たのは、幼いころから数えて何度目だろうか?
長い冬を追え、それまで大切に溜め込んでいた生命力を、ここぞとばかりに爆発させたような超然とした美しさに、しばし息をのむ。
圧倒的な存在を前にして感嘆と畏怖にも似た、眩暈のような感覚が湧き上がる。
「綺麗だね」
「うん、すごいなぁ」
けれど僕は、折角の美しさを上手に表現する言葉を知らない。
こんなとき饒舌な、あるいは語彙に富んだ人ならば、一体なんと表現するのだろう?
思わず詩人になった気分で、顎を指先で支えて知的な風に佇んでみる。
うん。
ここはひとつ素敵で心を揺さぶる深い一言を……
「いちごホイップクリーム、てんこ盛りみたいだねっ!」
ユウナが目を輝かせて、言った。
くるっと僕のほうに首を曲げて、また桜に目線を戻す。
「は……あ!?」
僕の知的ポエマー気分が台無しだよ!?
いつもの見慣れたツインテールに鳶色の瞳。春色のトレーナーに、スニーカー。ロングのスカート。ユウナは普段着そのままの気取らない、そんな格好だ。
「みてみて! 村中、ふわっふわの桜クリームだらけだよ、ほら!」
はしゃぐユウナの視線を追うように振り返ると、小さく見える家々の屋根と萌黄色に色づく田畑の間を縫うように、薄桃色の「ふわふわ」が淡くどこまでも続いている。
それは川沿いに植えられた若い桜並木、そして村のあちこちに咲く大きな古木の競演だ。
風が吹くと花弁が舞って、霞のように煙る。
里のあちこちに植えられた桜は盛りも過ぎて、散り始める頃だ。
「まぁ……そう言われると、そう見えなくも……」
「だよね!」
「……うん」
「ね! 甘くてふわふわのイチゴクリームのケーキ食べたくない?」
きらりん! と完全に花よりケーキの顔。
「そりゃ食べたいけどさ……」
「運動したらお腹すいちゃったし、買いに行こうよ!」
「運動て、ここまで歩いてきただけだろ……。それににケーキなんて、いつもの店じゃ売ってないよ」
帰り道に立ち寄る田中商店は、ゴム長靴から駄菓子までコンビニ顔負けのカオスな品ぞろえが自慢だけれど、流石にケーキは売っていない。
「天気もいいんだし、商店街までさ、アキラのチャリでつれてってよ! ほらなんだっけ? ……ユニコーン号」
桜よりも華やかに笑う。
「いやまて、それって」
――ユニコーン号。
それは白い、僕の愛用のママチャリだ。
ちなみに、「こいつ、全身がアルミフレームで出来ているのか!」が乗る時の合言葉だ。
「後ろに乗っけてくれるだけでいいからさっ!」
「に、2ケツ?」
「そうそう」
ユウナは、花咲くように微笑むと、跳ねるように坂道を降りはじめた。春の心地よい風に括られた髪がふわりと舞う。
温かさと安らぎに満ちた世界は何処までも眩くて、薫る春風をここで、もう少しだけ一緒に感じていたいと思っていた。
けれど、そんなことを上手く口には出せなかった。
――僕は、たぶんずっと君が好きで。
だけど、そんな事を言えるはずもなく――。
こんな毎日がずっと続けばいいなって、心のどこかで願っている。
どんどん遠くなっていく幼馴染の後姿を、僕は見失い無くないんだと、そんなことは多分わかっていた。
気持ちをそっと仕舞いこんで、跳ねるように先を行く後ろ姿に、僕は声をかける。
花びらが、風に運ばれていく。
「ユウ! 急ぐと危ないってば!」
「へーき、アキラも早くおいで……きゃ!?」
ユウナがけつまづく。
「……やれやれ」
溜息をついてから僕は、先を急ぐユウナを追って一歩、足を踏み出した。
【 ◆春陽のある日 僕らのサクライロ・スイーツ! 了】
おしまい。
【さくしゃより】
と、いうわけで、おわりです。
アキラくんとユウナはたぶんずっとこんな調子です♪
お読みくださった読者様、大変ありがとうございました!
ブクマ、評価をつけてくださった読者様、
そしてレビューを下さった読者様に心より感謝いたします。
ほんとうに、ありがとうございました!




