◆9月と秋の空 文化祭の朝!
こうべを垂れはじめた稲穂の上で、赤トンボが羽を休めていた。
朝の空気はいつの間にかすっかり冷たくて、黄色く色づき始めた田んぼが季節の移ろいを教えてくれる。
見渡す限り黄金色に染まった田園と、すこし疲れたような木々のくすんだ緑、そして僅かばかり赤と黄色に色づき始めた低い里山も、連綿と繰り返される風景なのだろう。
けれど、いつもの登校風景も、今日はまた少しだけ違って見えた。
だって、ユウナが3頭身キャラとなって歩いているのだし。
「で、どう? 出来栄えは」
『すごいねアキラ! こういうのって才能だよっ! すごいすごい』
ユウナが素直に褒めるなんて珍しい。
くぐもった声で言うと巨大な作り物の頭が、くるりとこっちを向く。
それは『隣のドッドルゥ』という、某国民的有名アニメのマスコットキャラだ。ネコを丸くしたような顔に尖がった耳、円らな瞳にヒゲ。
そして、身体は制服、頭は被り物という珍妙な女子高校生が歩いているワケなので、思わず吹き出しそうになる。
「ぶふっ……ヤバイ、ものすっごく怪しい!」
『フガガー!?』
声は被り物で良く聞こえないけれど、なによー!? と言ったらしい。
すぽ、とドッドルゥの頭を外したユウナが一言。
「でもこれ、アキラが被るんだけどね!」
くるんと振り返ると、親指を立てて白い歯を覗かせる。
「うっ……まぁ、そうだけどさ……」
僕はポリポリと頬をかいた。
今日から高校の文化祭――綾織高校の豊糧祭が始まるのだ。
僕はクラス展示の客寄せ担当として、某有名アニメの着ぐるみを着て校内を練り歩くことになった。しかも、手作りのすこし間抜けな着ぐるみだ。
着ぐるみの体の部分は、ユウナが母親に頼んで何処からか手に入れたウサギか何かの中古品、頭の部分だけが僕の手作りというわけだ。
子供のころから僕は手先が器用な方なので、一週間ほどかけて紙と糊と絵の具でこさえたというわけで……。
「全身で可愛らしさを表現して、愛されるように歩いてね!」
「むちゃくちゃいうな」
僕が……、一番着ぐるみを上手く動かせるんだ! とかネタを披露する気力も無い。
何故こんなことになっているかというと、クラスの出し物である模擬店、女子達による「イケメン女子の男装執事カフェ」が予想外に予算を浪費し、着ぐるみが手作りに変更されたからだ。
「で……、ユウナこそ『執事』になるんだろ? チョビヒゲも付けろよ」
「そんなこと言うとアキラも今からメイドにしちゃうわよ」
「いえ、着ぐるみでお願いします……」
僕は辟易としながらため息をつく。
圧倒的支持率を誇る美人クラス委員長のミカリさん、そして何故だか男女共に幅ひろく人気のあるユウナ――。
クラスの女子を実質的に束ねる(?)この二人が組むと時々、勢いよく物事が動き出して、僕も巻き込まれてしまうのはいつもの事だろう。
話は十日前に遡る――。
◇
「やっぱ模擬店だよな」
「喫茶店やろーぜ!」
「じゃぁよ、メイドカフェがいいべ!?」
「そうだ! メイドだメイド!」
クラスの男子は一致団結し、メイドカフェを押しはじめた。その目的は美人クラス委員長、ミカリさんのメイド姿にあることは、なんとなくわかる。
今はホームルームで出し物を決める時間なのだが、教室の前の教壇に立っているミカリさんと、書記のお下げ髪の丸メガネ女子は、共にすこし困り顔だ。
席に座っている他のクラスメイトの女子達はムッとしながらも、一致団結する男子の気迫に押され気味といった雰囲気だろうか。
「な! アキラもユウナちゃんとか、ミカリ様とか、メイド姿見たいだろ? な?」
ちょっと元気が過剰な、サッカー部の田代くんが肩に腕を乗せてくる。
「……そう、かなぁ?」
僕もメイドカフェ案に同意を求められたけれど、曖昧に笑って誤魔化すのが精一杯だ。
助けてあげたい所だけれど、代案も思いつかない。
そもそもミカリさんのメイド姿が見たくないかと言えば見たくないわけじゃなくてどちらかと言えば見たいわけで……あぁ、ユウナが睨んでる。
教壇に立って困り顔をしているミカリさんを見かねて、僕は近くの席に座るユウナにチラリと目線を向けた。
僕と目線が合うと、きっ! と眉を吊り上げて僕を睨んでいる。
また僕の脳内をサーチして心を読んでいるのだろうけれど、溢れるリビドーはどうしようもないわけで……。
するとユウナが、ガターン! と椅子を鳴らして勢いよく席から立ち上がった。
「いっ!? ユウ……」
だけど、目線は真っ直ぐ真正面に向けられていた。口を真一文字に結んでいたユウナは、そこで手をすっ……と挙げた。
クラス全員の視線が、一点に集まる。
すました顔で、お馴染みのツインテールを振り払うと、よく通る声で、
「男子はメイド服を着用したいそうですけど、女子はかっこよく男装して執事カフェにしませんか?」
「「「はぁ!?」」」
男子たちが唖然とした瞬間、割れんばかりの拍手がクラスの女子達から沸いた。
「――いい案ですね!」
ユウナの意見にミカリさんが凛と通る声で返し、ターン! と黒板に丸をつけた。
ミカリさんとユウナの友情を見た気がするけれど、僕は結局何の役にも立てなかった。
流石に男子メイド服、女子は男装という案は即採用とはならなかったが、空気と流れは大きく変わったように思う。
ユウナの意見を元に、暫くのあいだ活発な議論を経て――、女子が主体となっての「イケメン女子男装カフェ」に決定したわけだから。
ターゲットは女子だけど、男子も楽しめるようにと、爽やかさと可愛らしさを前面に押し出すらしい。
一部の「メイドカフェ急進派」の男子(田代とか)は粛清され、自らがメイド服を着て接客するハメになっていたが……自業自得だろう。
「メイドさんが好きなんだし……いいわよね?」
ミカリさんが浮かべた氷の微笑の前では、誰も嫌とは言えなかった。
クラス委員長で豊糧神社の巫女さんでもある彼女は、女子生徒だけでなく先生、そして父兄からの信頼も厚いのだ。
兎にも角にも男子は裏方に徹しつつも、内装や飾りつけなどで活躍し、それなりに楽しくクラス展示を進めることができた。
ユウナの機転とユーモアに感心するが、僕はといえば、見ての通り着ぐるみを着ての宣伝担当に落ち着いた。
アキラくんもメイド服着るよね!?
と、何故か僕にメイド服を着せたがる女子が多かったけれど、そんなものは断固拒否!
噂を聞きつけた隣のクラスからマーガレットさんがすっ飛んできて、「アキラのメイド姿、あらゆる撮影機材を駆使して本国(?)の友人に送るデース!」なんて息巻いていたけれど冗談じゃない、着るものか。
と、いうわけで。
メイドさんになって給仕をする位なら、着ぐるみを着て校内でチラシ配りをした方がマシ、というわけなのだ。
◇
着ぐるみの出来はなかなかだと思う。
女の子からきゃー可愛い一緒に写真とってー! とか、ありそうだよね。
「女の子からきゃー可愛い一緒に写真とってー! とか言われてニヤニヤしてたら張り倒すからね」
「ひゃい!?」
こ、心を読まれた……!? 恐るべしユウナ。僕の思考は相変わらず筒抜けみたいだ。
ここはまだ、朝日の眩しい通学路だ。
乾いた溜息をついて道端に目を転じると、咲き始めた秋桜が、風に柔らかく揺れている。
「……てかアキラはね、なんでも顔に出ちゃうのよ」
アキラはわかり易いのよねー、と柔らかな声で笑う。
「う、嘘だろ……」
僕は頬を両手でバシンと隠しながら、目線だけを空に向けた。
「ま、今日は売上学校一を目指すんだから! アキラの宣伝がすごく大事だし、がんばってね」
「う……うん!」
結構ユウナも本気で楽しもうとしているみたいだ。
「それと……、夕方からは『里山文化研究会』の『お饅頭』の仕込だからね! 徹夜、覚悟してね!」
「そ、そうだった……」
僕とユウナ、そしてミカリさんも所属している「里山生活文化研究部」の活動は、この文化祭をターゲットにしたものだった。
明日の一般展示を前に、売り物のお饅頭の仕込が予定されていた。
そもそもが、地元で取れた小麦と小豆を使って伝統的なお饅頭を作り、文化祭で売りまくろう! という目標だったわけで。
夏頃に収穫した小麦は脱穀して小麦粉にしてあるし、農家から譲ってもらった小豆もバッチリだ。作り方のレシピは、ミカリさんのお婆ちゃんから伝授された特別なものだ。
試作品は3度ほど作ったし、その都度全部僕が食べたし……準備は万全だ。
考えているだけで目が回りそうな忙しさの予感がする。
けれど、見上げた青空に浮かぶ筋雲は遠くて、澄んだ空気を思い切り吸い込む。ひんやりとした心地よい空気は、乾草と朝露の匂いがした。
「いこ! 遅れちゃうよ!」
「おうっ!」
ユウナが軽やかに駆け出すのを、僕は追う。
今日は忙しく――楽しくなりそうだ!
◇
「アキラ、おつかれっ!」
「ユウ、イケメンだなぁ……」
「えへへ、でしょう? 褒めるとケーキも付くよ」
「マジか!?」
「300円だけど」
「有料なのかよ!?」
僕は男前になった幼馴染から、冷えたジュースを受け取った。カフェは大成功だと聞いたし、僕の着ぐるみも大人気だった。
ともあれ、文化祭は楽しくて、明日もきっと上手く。
ユウナの笑顔を見ていると、そんな自信が湧いてくるから不思議なのだ。
【◆9月と秋の空 文化祭の朝!】
【作者より】
ご無沙汰しておりました。
物語世界の季節は加速して、すっかり秋です。
二枚目の男装ユウナイラストは、おまけですw
(背景のクラスが適当ですが、アキラもユウナも1年です)
次回更新は、来週です。
ありがとうございましたっ!




