◆8月の夏休み スイカ食べ放題の庭で
「ね、おいしい?」
半月の形にカットされた真っ赤なスイカにかぶりつきながら、僕はこくこく頷いた。
ユウナの家の縁側に座り、僕たちは今スイカを食べている。
振り返ると畳6畳ほどのユウナの部屋と、散らかった宿題の山――。
しゃくっとした新鮮な歯ごたえと、口の中に溢れる水分と爽やかな甘みが夏の暑さと面倒な事を一瞬だけ忘れさせてくれる。
「ん! 美味しいよ!」
やっぱ夏はスイカだよね! と言おうとしたけれど、僕の口はもう夢中で二口目へと進んでいた。今度は黒い種のある層に達したらしく、コリという異物感と舌先で格闘する。
「でっしょー? お母さんがね、今年のスイカの出来は最高だって言ってたし」
僕が勢いよく食べる様子に満足したのか、ユウナも熟れた夏の野菜に唇を寄せた。
汗ばんだ幼なじみの横顔と、夏の日差しに光る綺麗な束ね髪に、秘かに目を奪われる。
「そ、そだね」
太陽の光と熱を集めて濃縮したような緑の宝石は、思い切り、遠慮も無しに食べてしまえる夏の味だ。
ジージー鳴く蝉、夏の盛りも過ぎたはずなのに、相変わらずの青空と真っ白な入道雲。そして全力で天を目指すひまわりの黄色――。
庭ではオレンジに赤や黄色のグラジオラス、甘い芳香を漂わせるピンクの花魁草、そして空色の朝顔が鮮やかで賑やかな彩を添えている。
時折奏でる風鈴の音が、いくつかの記憶を呼び起こす。
僕とユウナは小学生の頃から夏休みになると、互いの家で宿題を写したり一緒にスイカを食べたり、そんな時間を過ごしてきた。
ぷっと縁側から口に含んだタネを飛ばす。
それは意味もなく飛距離を競ったり、散弾のように散らしたりする縁側オリンピックの恒例競技だ。
「いくらでも食べていいからね!」
無防備で飾り気のない素の笑顔が透明で、まぶしい。
「ユウナ、あのさ……ありがたいんだけど、いくらなんでも……限界ってもんが……」
「まぁまぁそういわずに。この前のアイスのお礼も兼ねて」
「兼ねるなよ!?」
忘れなてないぞ、この前、僕のアイス食った件な?
スイカでチャラにするなんて、ずるい。
「アキラは男なんだからさ、細かいこと言わずに食べなって!」
ユウナの勢いに気おされて、二つ目のスイカを頬張る。
「う……むぐ」
6分の1でカットした半月スイカを二つ目ってキツくない?
僕はスイカ越しに庭先を眺めた。
ユウナの家の前庭は畑になっていて、見慣れた茄子やピーマン 、トマト等の夏野菜の他に、絡み合った蔓植物が繁茂している。
カボチャよりも細く繊細で、少し白みがかった緑色の葉の隙間からは、深緑色の球体に黒い縞模様が入った物体……つまりは『スイカ』がゴロゴロと転がっているのが見えた。
そう。ユウナの家は『スイカ食べ放題』の庭があるのだ。
『――喜べアキラ! 今年は我が家でもスイカが育った! 好きなだけ食わせてやるからなっ!』
豪快な笑顔で僕の頭をワシワシと撫でながら、ユウナの母の詩織さんが育て始めたのは5年ぐらい前の夏だったか。
僕はそのときは何も疑わず「やったー!」と喜んだけれど……。
美味しい話には必ず罠がある。
『アキラ、スイカ奢るから庭の草むしりを手伝ってくれ』
『駅までユウナの迎えを頼むな、スイカ食わすから』
『家の電球が切れた。スイカあげるから……』
――僕への報酬は全てスイカとなった。
どうやら僕ん家とユウん家の夏の基軸通貨はスイカと庭で取れるトマトやナス、ピーマンといった野菜らしい。
大人って……女って怖い。
「そういえばユウん家では何でスイカなんて育て始めたの?」
僕はすこし呆れ顔で尋ねた。
頼みごとなら、スイカなんてくれなくても手伝うのに。
いつも奢ってもらって嬉しいのだけれど、こんなに多くっちゃ食べきれない。
スイカが余るなら『道の駅』や『産直販売センター』みたいな所に売れば結構な小遣いぐらいにはなるだろう。
「な、なな……、なんでって」
「なんで?」
僕が首をひねりながら視線を向けると、ユウナが慌ててタネを噴き出した。
ぷぽぽ、と黒い粒々が焼けた地面に転がってゆく。
「アキラはスイカ……好きでしょ?」
「え? あ、うん」
確かにすきだよ。ていうか大抵好きだと思うけど。
「だからそのねお母さんが、アキラがいつも家に来て沢山食べれるようにって……」
「僕の……ため?」
僕のためにユウナのお母さんはスイカを育て始めた……てこと?
思わずはっとして、傍らの鳶色の瞳を覗きこむ。
ユウナは夏の熱気のせいか赤らんだ顔を赤い果肉に押し付けて、
「これからもずっと……食べに来ていいからね! ……ハガガガ!」
突然、志村〇んの持ち芸みたいに高速でスイカを口で掘削しはじめた。
顔を左右に振ってスイカの果肉を食い散らかす。
「ちょおま!? うそ速ッ!?」
赤い果肉は削られて皮だけになってゆく。
わずか2秒――。
半月のスイカを食い終えたユウナがハァハァと肩で息をしている。
僕は呆然としながら、汁と種にまみれた幼なじみの顔を眺めて、納得する。
「その芸を極める為にスイカが必要だったんじゃないの?」
「えへへ。……アキラもやってみる?」
ユウナが汁でベタベタの顔でいたずらっぽく笑う。
それはずっと昔から変わらない、こどもじみた表情。僕はただただ可笑しくて、おなかを抱えて笑った。
「あははは、やる! 僕も」
夏はもうすぐ終わってしまうけれど――。
それでも来年もこうして好きなだけスイカを食べられるのなら、それはきっと嬉しくて、素敵で楽しいことなんだ。
【◆8月の夏休み スイカ食べ放題の庭で 了】
【さくしゃより】
暑い日が続きますが、夏もそろそろ息切れですね。
どこか力の抜けた本作ですが、「スイカの庭」のイラストは
おそらく今までで一番製作時間の掛かった作品です。。。
(夏の縁側ですが、向こうに見える赤い屋根の平屋がアキラの家です)
スイカなんてもう描かねーぞ!
※次回連載は8月23日(日)となります♪




