手紙
初投稿です。
ある男の子と女の子の話をしようか。
男の子は僕、女の子は君だよ。
僕と君は気づけば、ずっと一緒だった。
僕はいつだって鈍く、愚かだった。地味で、どんなことも上手く行った試しがなかった。
もちろん、努力をしないわけじゃない。いつだって、人一倍の努力をする。だけど、辿り着いた場所はいつだってみんなと同じ場所だった。
そんな僕と比べて、いつも一緒にいてくれた君はすごいんだ。
笑顔がとても綺麗で、いつもみんなの人気者だった。どんなことをしたって上手くいく。少しやる気を出せば、たちまちみんなを置いて先に行っちゃうんだ。おまけに、とても優しい。
そんな正反対な僕らにも、共通する点があったんだ。
嫌いなものがたくさんあること。
でも、僕は自分の意見をあまり口にしない。何だか、口にしたら申し訳ない気がしてしまうから。自分に、何かに対し意見したりする権利があるのかどうかさえ、考えてしまうんだ。
そうやって、自分をどこかに溜め込んできてしまう癖がついてしまったんだ。そうしなければ、みんなに、そして、いつも一緒にいてくれる君に、気に入ってもらえないんじゃないか、とか思ってる。
やっぱり、僕はどうしようもなく、愚かなんだな。
それに対して、君は何に対しても無邪気で、素直で、真っ直ぐに捉える。
曲がっていることが嫌いで、何よりも自分らしくないことが嫌いだった。
僕はそんな君を美しいと思った。あんな風に生きていけたら、どんなに幸せなのかなって。
他の人達の顔色がわからないわけじゃないけど、それでも自分を曲げないでいられるって、それだけで良いよね。
そんなことを言ったら、君はきっと怒るだろうな。
日差しが眩しい、ある日のことだった。
都会から遠く離れたここでは、天を遮るものなんかなくて、いつも太陽の光が眩しく降り注いでいた。
僕の隣で歩いている君は言った。
「わたしは太陽が嫌いなの。いいえ、もしかしたら太陽がわたしを嫌いなのかも。どっちでもいいわね。いつもキラキラ輝いて、勝手に熱くなって、何がしたいのかしら」
君は、金糸のような美しい髪を持っていた。
君の髪は、太陽のような髪だね、って言ったら、君はきっと怒るだろう。
僕と君は、向日葵畑にいた。一面の向日葵畑だった。絨毯みたい、なんて、洒落ているのか、月並みなのかわからない言葉でしか言い表せなかった。
ここに来たのはただの偶然。何気なく歩いていた僕が迷い込んで来ただけだった。そんな僕を君は追い掛けて、面倒臭がりながらも、ちゃんと面倒を見てくれていたんだ。
僕はいつも同じような服装をしていた。君もいつもと同じ服装だ。
なのに、僕だけが質素に見えてしまうのは何でだろうね。
君はまた、口を開いた。
「わたしは向日葵って花が嫌いなの。いつも太陽の方を追い掛けなきゃいけないのって、何だかつまらないわ。どうしてそんなに光を見たがるのかしら」
太陽の光で反射して、黄色が眩しい向日葵たち。
君の笑顔は、向日葵みたいだね、なんて言ったら、君はきっと怒るだろう。
「ねえ、あなたは太陽と向日葵、どっちなの?」
その質問は意地悪だよ、って言いたかった。
だけど僕は、少し捻くれているから、皮肉みたいに言ってしまった。
「君が輝いているうちは、僕は向日葵でしかいられないじゃないか」
僕がそう言うと、僕の予想を裏切って、君は怒ったりなんかはしなかった。
その代わりに君は、少しだけ寂しそうな顔をした。
「わたしにだって、向日葵になることがあるのよ?」
ちょっとだけ拗ねるように言った。その顔は君に負けたときの僕によく似ていた。
「嫌いな向日葵でいたいときもね」
君は最後に、そう付け加えた。
どういう意味か、なんて聞いたら、君はきっと怒るだろう。
愚鈍な僕でも、それくらいはわかっているつもり。
あくまでつもりだけど。
気がついたら、夜になっていた。
でも、辺りは真っ暗にはならない。
都会から離れたここは、ビルの明かりも、繁華街のネオンもない。
だけど、月と星の輝きで、歩くのには困らないぐらい明るかった。
僕と女の子は、何となく外に出たくなって、行ってきますと言って、外に出た。
原っぱの真ん中で、何気なく座ると、女の子も隣に座った。
君はまた、笑顔で言った。
「わたしは月が嫌いなの。あれって太陽のおかげで輝いているんでしょ? わたしだったらそんなのゴメンだわ」
それはとても君らしい理由であり、言い方だった。
君の優しいところが、眩しすぎない月明かりに似てるね、なんて言ったら、君はきっと怒るだろう。
満月の夜を見上げた。空の真ん中に昇るまではまだまだ時間があるけど、そんな時間まで起きていたらきっとお父さんとお母さんに叱られてしまうだろう。
すると君は、唇を尖らせた。
「そんなこと考えるなんて、失礼しちゃうわ」
僕の心を読んだようなことを、君は言った。
そんなに僕の表情って、わかりやすいのかな。
そんな焦っているように、見えたのかな。
そして、何が失礼だったのかな。
でも、やっぱり口にできなかった。
見上げると、たくさんの星が見える。空気の澄んでいるこの辺りでは、星がたくさん見える。
でも、今日は満月のせいで、いつもほどたくさんは見えない。
空を見上げた君が言った。
「わたしは星が嫌いなの。何だか、集まってなきゃ何にもできないみたいで、嫌だわ」
はあ、とため息をつきながら。
君の瞳はいつも輝いていて、まるで星みたいだね、なんて言ったら、君はきっと怒るだろう。
「ねぇ、あなたは月と星、どっちがマシだと思う?」
その質問は意地悪だよ、って言いたかった。
でも、このときは何も言わなかった。言ったら、何かが変わるような気がして。
あっ、と呟き、何かを思いついたような顔を君は僕に向けてきた。
「もう、いっそのこと真っ暗なら良い。そうしたら何も見ないで済むわ。そうね、そうしましょう。ねぇ、良いと思わない?」
屈託のない笑顔だった。
そんなこと、人間にはとうていできないと言うのに。
だって、太陽も向日葵も月も星も、神様が作ったんだ。僕たちだって、神様に作られたんだ。きっとそこには、意味があるはずなんだから。
どんなに科学が発展したって、僕はそう思っている。
いや、一つだけできることがある。
目を瞑ることだ。
すべてから目を背けることだ。
「思わないよ」
はっきりと言うことができた。
僕が珍しく、ちゃんとした、それでいてはっきりと自分の意見を言ったことに、君は驚いた顔をしていた。
「どうして?」
首を傾げ、女の子は聞いてきた。
そして、繰り返し言った。
「どうして、思わないの?」
「君は聞いたね。太陽か向日葵か、月か星かって」
こんなことを言える義理じゃないかも知れないけど、って僕は先に断った。
君は首を振って、いいから続けて、って言った。
「僕は僕だよ。太陽でもないし、向日葵でもないし、月でも星でもない。もしかしたら一人でも輝けるかもしれないし、光に憧れているのかもしれない。誰かに照らされてるのかもしれないし、集まって光っているのかもしれないけどね」
珍しく饒舌な僕を、君は不思議そうな顔で見ていた。
呆れているわけでもなく、これからの言葉を楽しみにしているような顔だった。
長く話すのに慣れてない僕は、途中、大きく息を吸った。
「でもね、一つだけ彼らに感謝することがあるとすれば、君がいまここにいて、どんな顔をしてるのかわかるってことだよ。君が嫌いなもので、それがわかるっていうのはどうしようもない皮肉だよね。でも、きっとそれがこの世界なんじゃないかな」
それを聞いていた君は、今度は満足そうな笑みだった。
僕も釣られて笑顔になる。久しぶりに、自分が笑ったって、わかった。それくらい笑った。
「もうちょっと、この世界を好きになろうよ」
この女の子とずっと一緒にいた、僕にはわかる。この子は賢い。でも、いや、だからこそ、少し悲観的なんだ。諦める癖があるんだ。
そんな君を含めて、君なんだろうけれども。
僕の言葉を聞いた君は、愉快そうに笑った。
「ふふふ、そうね。それも良いわね」
口元を押さえて、まるでどこかの貴族のように、気品のある笑い方をした。
誰の真似なんだろう、と思ったら、すぐに思い当たった。僕のおばあちゃんの真似だ。
ふと、君は僕の鼻先に指を当てる。
「それにしても、何でも知っているような言い方が、何だか生意気」
その言い方に、また笑ってしまった。負けず嫌いなのかな、新しい君を見た気がして、少し嬉しかった。
「僕が知ってるのは、君が見た世界だけだよ。ずっと一緒にいたんだから、当然だろう?」
「あら、じゃああなたは知らないのね。輝いているものが見えないのは、自分の輝きなのよ?」
「だったら、僕は僕を、君は君を知らないんだね」
「ええ、そうかもしれないわ」
そう言って、二人で笑いあった。
それから僕と君は、たくさんのものを好きになった。
僕も、君と一緒にたくさんのものを見た。
たくさんのものを好きになり、同じ数だけ嫌いになった。
もう寂しくなんてなかった。
この世界に嫌いなものばかりだった僕たちは、同じ数だけ好きになれることを知ったんだ。
君は楽しかったかい?
なんて聞いたら、君は怒ったね。
いつのどんな手紙か、いろいろな推測を友人からはいただきましたが、答えは言いません。というか、ありません。