後編
全く同じ姿かたちの「六人」の女性。これは妖怪の仕業だ、きっとあの時食べたのは毒交じりのものに違いない、仏様どうかお助けを……なんて恐怖を覚えながら膝をガクガク震わせる男でしたが、女性たちの通り過ぎた村の様子を恐る恐る見た時、ある事に気がつきました。例の光の正体が何なのか、分かったのです。信じられないかもしれませんが、あちこちに生えていたり、家の軒先に植えられている「竹」の節々がピカピカと点滅しているのです。見たことも無い光景にびっくりたまげた男でしたが、逆に好奇心が沸いてきました。改めて見ると、光の点滅はまるで波のようになっていて、そこを歩く人……こちらの場合は例の「女性」ですが、彼らを遠くへと導いているようです。ここで止めればよかったのに、結局この男は完全に約束を破って、光の方向へとこっそりと歩き始めてしまったのです。とは言え……
「こりゃ一体どうなってるんだ……」
その言葉も無理はありません。物陰にまるで忍者のように隠れながらこそこそと点滅にしたがって動く男の目に映る人々は、先程からずっとあの「女性」しかいません。みんな美人であるのが救いかもしれないですが、全く同じ人間が何十人も連なって歩き続ける光景は、心臓に冷や汗が流れそうな光景でした。しかも、女性のほうは全然この状況を普通にとらえているようで、余裕の笑い声まで見せています。
「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」「うふふ」「おほほ」……
次第に怖い気持ちが薄れ、逆に男は無数の笑い声にうっとりしかけるほどの余裕を取り戻していました。そして、そのまま家の立ち並ぶ中心部を抜け、物音を立てないようにこっそりと女性の大群の後ろからついていきました。
十字路や辻道を過ぎるにつれ、女性の数はさらに増していきました。どうやら、この村の女性自体が全員全く同じ姿、同じ顔のようです。ただの人間ではない、という事実は男には嫌でも分かりました。それでも、一体何が起こっているのかという興味だけは尽きることは無かったのです。そして……
「あれ、あそこは……確か?」
月の光を隠すように一際明るく輝く場所、そこに向けて何十……いや何百人もの女性が吸い込まれるように入っていきました。確か夕暮れの村を歩いていたときに見たあそこは、単なる竹やぶだったはず。ですが、夜になるとあのように節々が光る竹が大量にあるとは一切予想が出来ませんでした。間違いなく、あそこで秘密の「何か」が起きているはず。それを確かめて覗き見すれば、これから向かう場所でよい話の種になるかもしれない、何せあんなべっぴんさんがうじゃうじゃ集まっている場所だ……などと頭の中で妄想を膨らませながらも、慎重に慎重に、男は女性の声が響き渡る竹やぶに近づきました。女湯を覗き見するみたいなスケベ根性もあったかもしれないですね……まあ、この時点で既にやめるには手遅れだったのですが。
足元に気をつけながら、そっと竹やぶの中に入り、立ち並ぶ竹をうまく避けながら進む男。よく見れば、竹全体が光っているという訳ではなく、それぞれ別の場所が光り輝いていたり、点滅速度も遅かったり早かったりと様々です。今ならモールス信号か何かじゃないか、なんて思う人も居るかもしれないですが、残念ながらここは江戸時代。その光の点滅が何を意味するのかなんて男にはさっぱり分かりませんでした。そんな中で、光っておらずあまり眩しくない節と節の隙間を見つけた男は、そこからじっと中の様子を覗きました。そして、目に映った光景に「男」は一番驚いたのです。
「あはは」「あはは」「うふふ」「うふふ」「あはは」「あはは」「うふふ」「うふふ」「あはは」「あはは」「うふふ」「うふふ」……
何百何千本もの竹に包まれてぽっかり空いた空間……まるで雪でできたかまくらの中のような場所には、規則正しく竹が伸び、その傍には先程の女性が何人も立ち並んでいました。全員とも、何かを楽しみに待っているようです。しばらく経った時、突然それらの竹の節が月の光を思わせる白色に輝いたのです。今まで男が見てきたものとは違ってそれはずっと輝きを保ち続けていました。その時です、突然光の中に、黒い「影」のようなものが現れたのは。ただの影ではありません、現在で言う映写機のように、立体的な黒い何かが形作られ始めたのです。次第に「影」は人間の女性のような形となり、そして足元からまるでモザイクが解けていくかのように色がつき始め……
「うふふ♪」
影ができてから数十秒、それは一人の女性……男を村へと導き、お世話をしてくれた女性の姿となっていました。
一人だけではありません、男の視界に見える限りでもあちこちの竹から同じように影が現れ、新たな「女性」となっています。まるで昔話のお姫様のように、竹の中から「人間」の姿をした何かが生まれているのです。しかもそれは一度ではありません。何度も何度も竹の節々は点滅を続け、その度に新たな彼女が生まれ続けているのです。あっという間にあたり一面おそろいの着物や顔を持つ「女性」だらけになってしまいました。
「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」「うふふ」「あはは」……
今や男の視線や脳内は、次々に増える女性のことばかり。このような幻想的な光景、今まで一度も見たことがありません。一言で言い表せば、まさに桃源郷……と考えていたとき、ふと足元に何か固い感触が触れました。転ぶことは無かったのですが、竹の節から差す明るい光に照らされたそれを良く見ると、一本の竹の子でした。外の世界では、ちょうど収穫時の大きさですが、ここではそのまま放置しておくようです。食事のときはずっと不思議がっていましたが、今の男ならその理由は分かります。そして、脳内に一つの欲が芽生えてしまいました。
(これを持って帰ってどこかに埋めれば……あの女が生えてくる「竹」が自分のものに!)
……そう、調子に乗った彼は、この竹の子に手を出してしまったのです。最初に言ったとおり、竹は地下茎で繋がっているので沿う簡単には抜けません。それはこの不思議な竹の子も同様、いくら力を入れて持ち上げようともびくともせず、あせった男は力を振り絞り、思いっきり引っ張ろうとして……
……大きな音を立てて尻餅をついてしまったのです。偶然その拍子に凄い力が加わったのか、竹の子は奇跡的にそのまますっぽ抜けてしまいました。しかし、男の掌にその竹の子が握られた瞬間。
「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」「誰!?」……
女性全員に気づかれてしまったのです!
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さあ、大変な事になりました。秘密を知ってしまったばかりか、竹の子まで勝手に持ち去ろうとした男。慌てふためきながらも何とか道端に駆け出し、そのまま一気に逃げ出そうとしたのですが、一瞬後ろを振り返ってみたとき、彼の口から悲鳴が上がりました。
「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」……
当然ですが、女性は全員とも怒りの声を上げて追いかけてきました。ですが、長い山道で鍛えた男の足には追いつけるほど早く走ることは出来ません。しかし、その代わりに彼女の「怒り」を示すかのように、先程何とか脱出した竹やぶからは、まるで現在で言うカメラのフラッシュ連発のように、物凄い頻度で光の点滅が起きていたのです。一体どういうことなのか、嫌でも彼は察知せざるを得ませんでした。あの竹やぶから追いかけてくる女性の数は、それこそねずみ算を追い越すかの勢いで延々と増え続けていました。何千本もの「竹」が、大事な宝物を取り戻さんと、次々に追っ手を増産し続けているのです!
もう後ろの女性の大群は道からあふれ出し、辺りの畑まで覆い尽くしてしまいそうなほどの数になっています。それでも何とか足の速さを生かして男は振り切り続けていたのですが、この方面の道と村の中心部の境となる十字路に辿り着いたとき、男の顔はさらに真っ青になりました。先にも言いましたが、この村に生えている竹はあそこだけではありません。家の傍や商店の近く、各地に点在する竹やぶ……それが一斉に眩い点滅を何度も始めていたのです。その結果……
「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」「こらー!」……
「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」「ドロボー!」……
村はもう至る所怒りの声を上げて追いかけてくる「女性」だらけ。みんな着物をたくし上げ、約束を破った盗人を捕まえんとこちらへ向かってきます。既にその数は数千はおろか万単位にもなっているでしょう。山をも埋め尽くしかねないほどの恐ろしい光景に、とうとう男は村に戻るのを諦め、残された最後の道……村から逃げる方向へと走り出しました。これさえ振り切れば、何とかこのお化けの竹が支配する村から逃げだすことが出来る、と。
しかし、その希望も叶うことはありませんでした。男が必死に走る道の両側が、次々に盛り上がったと思うと、なんとそこから竹の子がまるで現在のガードレールのように次々に生えてきたのです!
「ひいいいいいいっ!!」
走って逃げてもそれを追いかけるようにどんどん道の両側にタケノコは生え続け、そしてぐんぐんと成長していきます。たった数秒で数メートルの巨大な竹に変貌し、そしてその節々が一斉に輝きだし、道端に新たな「影」を延々と作り続け……
「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」「待てー!」……
そして、とうとう男の行く道は、何十本もの竹で塞がれてしまったのです。村から脱出する一本道を封鎖され、しかもその竹からも次々に怒り心頭の女性が何十、何百と現れ続け、さらには追いかけてきたほかの大量の女性たちも追いついてしまい……
「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」「返せ!」……
既に男の視線には、同じ髪型、同じ着物、そして同じ怒りの声の女性しか見えません。月明かりを隠すかのように辺りは大量の光の点滅で覆い尽くされ、群集はますます大きくなり……。
「ひ、ひいいいいいい許してくれええええええ!こ、これは返します!だから命だけはお助けええええええ!!」
とうとう男は観念し、土手座をしてひれ伏しながら手に持っていた竹の子を近くに居た女性の一人の目の前に置きました。それを受けて、次第に点滅は弱くなり、やがてぼんやりと暖かい月明かりへと夜道を照らす役割を託していきました。彼女……いえ、この一帯の「竹」の怒りが鎮まったのを表すかのように。
別の女性が、怯える彼の元に荷物を置いていきました。村の家に置き忘れた、彼の商売道具などです。
「貴方は秘密を破りました。申し訳ありませんが、この村に居ることはできません」
すぐに立ち去ってください。そう女性が静かに、そして少し悲しそうに言うや否や、男は乱暴にその荷物を取り上げ、いつの間にか竹が消えて通り抜けられるようになった村の出口へ繋がる道を一目散に駆け出していきました。お助けくだせえ、という大きな山彦を村や近くの山一帯に響かせながら。
そして、恐る恐る振り返った彼がこの村で見た一番最後の光景は、あちこちに点在する竹やぶ、家や納屋などの建造物、そしてそれ以外のスペースを覆うまでに増え続けた「女性」の姿でした……。
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この後、彼がどうなったのか、無事に山道を渡りきったのかは私にもよく分かりません。ただ、一つだけ間違いないのはこの村の話を誰かに言いふらしたことでしょう。とは言え、特にそう言う事を情報漏えいしたからといってペナルティは無かったみたいです。それ以前に、このお話自体が全然広まっていないところを見る限り、彼の話を信じたり面白がる人は残念ながら少なかったようですからね。