死神
死神と人間の関係は単に、同じ日に生まれて同じ日に死ぬということだけ。
それなのになぜ、こんなにも愛しい。
親愛とも情愛とも違う愛しさよ、それは死を共有しているからかもしれない。
昔々、ドイルという青年がアイリーンという少女に恋をしました。
しかしドイルの死神もまた、彼女に恋をしていたのです。
三人はいつも一緒だったし、これからも一緒にいたいと思っていました。
僕はアイリーンもドイルも好きだ。でも僕は、アイリーンを殊更愛していた。これは親愛の情ではない、深く結ばれたいという性愛の情である。
アイリーンを心から愛していた死神はある日、ドイルを殺してしまいました。
目の前に横たわる、未だ温もりの残った肉塊に死神はキスをする。憎しみと嬉しさと、殺してしまった哀しみが混雑した感情を籠めて。
ところがアイリーンは、ドイルと相思相愛だったのです。ドイルの死に嘆き悲しんだアイリーンは自ら死を選びました。
独り残された死神は、死ぬことも許されず生きることの楽しさも失い、抜け殻のようだった。
「アイリーン、僕は君を愛してるよ。」
「私もあなたを愛しているわ、でも恋人にはなれないのよ。」
「どうして、僕が、死神だから?」
「だってあなたは女の子だもの、テレサ。」
男女が交際をする目的は『子孫繁栄』だ。だがもし本当にキャベツ畑で子供がとれたり、コウノトリが子供を連れてきたりするとすれば伴侶が異性である必要はまったくない。つまり子供を必要としなければ例え同性であろうとも恋愛は成立する。同性同士で愛を育むことはまったくもって問題はない。
そんなに人は、自分と違うものを否定したいのか。
神サマは彼女を女性に生み出したのに、男性を愛することを教えてくれなかった。




