勇者よ、テンプレートをなぞらないとは何事だ
とある王国、とある一室。
この世に再び現れた魔王を討伐するための勇者が選ばれようとしている。
勇者に選ばれるものは王国に封印されている剣を引き抜くことができるという言い伝えのもと、その一室にある剣に手を伸ばすのだ。
「!」
周りが歓声に包まれる。
どうやら剣を引き抜くことができた者が現れたらしい。
剣を引き抜いたのは王宮騎士団のディファイドだった。
彼の剣の腕は騎士団の中でもずば抜けている。若干16にして団長・副団長にも引けをとらない。
その彼が剣を引き抜くことができたのは必然でもあるのかもしれない。
「ディファイドよ。この剣を持って魔王討伐に向かってくれるか?」
王は問う。問うのは形式だけだ。無論、否の答えは存在しない。
「お断りします」
「そうか、では早速…………って、え」
先ほども申したが、否の答えは存在しない。いや、存在してはいけない。
だが、彼は否の答えを示した。
ざわめく周囲。
当然だ。ここは剣を引き抜いた時点で魔王討伐へ向かうことはテンプレートとして成り立っているのだから。
「君、なんで断るの?」
戸惑う王。初めての展開に動揺を隠せない。
「行きたくないからです」
はっきりと告げられ、さらに王は戸惑う。
「いや、ね、ここはね、剣を引き抜いた時点で魔王討伐に向かう設定でしょ?一応、断ってもいい風に聞いてるけど、ここは断っちゃだめだから」
「私の意思で剣を引き抜こうとしたわけではありませんから。私は行きません」
「じゃあ誰が魔王を倒すの?」
「私ではないですね」
「でも君、伝説の剣引き抜いたじゃない?」
「引き抜けたから勇者にするというのは個人の人権無視ではありませんか?先ほど王はおっしゃいました。「魔王討伐に向かってくれるか?」と。その答えとしては否の答えがあってもいいはずですよね?」
「いや、あれは形式上だから。断る想定してないよ」
「だったら「魔王討伐に行け」と命じるべきではないのですか?ああいう風に聞かれたら行かなくてもいいとも取れます」
「えー」
王は困った。大いに困った。今までこんなこと言って勇者を断る人物がいただろうか?
なぜ、自分の治める時代に魔王が現れたのか?
なぜ、伝説の剣を引き抜いた者が行きたがってくれないのか?
テンプレートなら、引き抜いた時点で使命感に燃え、魔王討伐に向かい、数々の困難にぶち当たり乗り越え、魔王を倒す。
そして姫と結婚ではないのか?
王は頭を抱えたくなった。
今までのような素直な勇者は過去の存在なのか。
「私は剣は引き抜きましたが、魔王討伐には向かいません。よってこの剣はお返しします」
ディファイドは剣を王へ差し出す。
「えーちょっと待って。困るよー。私は魔王討伐へ行かないんだから渡されてもいらないよー」
王はあくまでも魔王討伐へは向かわない。
王は勇者の無事の案じつつ、政務をこなし、勇者が魔王を倒して戻ってきたとき歓喜して姫を差し出すのが役目なのだ。
王が魔王を倒すのはテンプレートではない。
「ではこの剣は私ではないほかの誰かに渡してください」
ディファイドは剣を王に差し出したまま。自分のものにするつもりはないらしい。
「いや、引き抜いた人が行くっていうのがルールだから、ディファイド、君が行きなさい」
「何度も申しますが、私の意思で引き抜いたわけではありませんから行きません。さらに言うなら、私が引き抜く段階でもう引き抜けるように細工してありましたよね?」
「えーバレちゃってるよ、大臣。ちゃんとバレないように細工してって言ったじゃない」
王は困ったように周囲を見回すと、中から小太りの汗っかきなおっさんがでてきた。額からハンカチを手放さない。
着ている服が高価なことから彼が大臣だろう。
「申し訳ございません、陛下。何分魔王が打ち合わせより早く現れてしまいまして……」
「それは魔王に言って。こっちには関係ないよ。どうするの、バレちゃったら今までのこと全部ぱぁじゃない」
そうなのだ。
魔王が現れ、伝説の剣を引き抜いた者が勇者となって魔王を討伐するというのは、昔から決まったテンプレート。
しかし、前回の魔王が消えてから新しい魔王が現れるのが遅かった。
そのため伝説の剣は錆つき、引き抜くことは困難、使うことはもってのほかという状態になってしまった。
伝説の剣と言っても所詮ただの剣。使われることもなく手入れもされなければ錆びる。
王や大臣は焦った。
剣が使用不可の状態になったのに魔王は現れたのだから。
王は魔王に使者を送った。
伝説の剣が錆びついて使えない状態だからしばらく大人しくしててと。
魔王もそれに従った。
なぜなら魔王は世界を混沌の恐怖に包み、伝説の剣を持った勇者に倒されるのが役目だから。
勇者が伝説の剣が使えない状態で暴れても意味がない。
それはテンプレートを無視する結果になってしまう。
魔王も自分の役目をよく理解していた。
魔王は活動予定を王の使いに託した。
王はそれに合わせ、伝説の剣を作り替えることを大臣に命じたのだ。
大臣はその命を受け、まず錆びた剣を大人10人がかりで引き抜き、国の名匠に頼み、伝説の剣を作り替えた。
剣も勇者に引き抜かれ魔王を倒すのに用いられることが役割なのだが、自身が錆びて使えない状態になっていたので大臣が引き抜くとき素直に言うことを聞いた。
伝説の剣はそれは美しい輝きを取り戻し、伝説にふさわしいものになった。
あとはこの伝説の剣を元あった場所に戻すのみ。
しかし、ここでも問題が発生。
剣は錆びついたまま刺さっていたため、もとの位置に戻しても隙間ができてしまうのだ。
王と大臣は考えた。
考えた結果、隙間をきつく埋めることにした。
隙間を埋めても、剣は簡単に抜くことができる状態だった。
そこで剣に頼んだ。
勇者と認める者が引き抜こうとするまで、抜けないように踏ん張ってと。
剣もそれに従った。
そして引き抜こうとするが引き抜けない役割をする者にも伝えた。
剣は今ちょっと誰でも引き抜ける状態だから、あんまり力入れて引っ張らないでと。
引き抜こうとして引き抜けない者たちもそれに従った。
彼らは引き抜こうとするが引き抜けず勇者が引き抜くところを目撃するのが役割である。
役割を無視して引き抜いてしまったら、ほかの役割の者になじられる。
そう、これは勇者以外全てのものが知っている事実。
知らないのは勇者の役割を持ったディファイドのみ。
勇者にはテンプレートを何も知らずに役目を全うしてもらわなければならないのだ。
何代か前、テンプレートが存在し、その通りに自分が行動していると知った勇者が逃亡を謀って以来、勇者には内緒でことが進められるようになった。
勇者は何も知らず、テンプレートをなぞる。魔王を倒し、世界を救い、姫を娶る。
これは決まったこと。テンプレートなのだ。
「ディファイド、よく考えて。君が今回勇者の役割を持ってるの。これもう決定事項なの。だから勇者として魔王討伐に行って」
「何度も申しましたが、お断りします」
「大丈夫。瀕死の状態になることは何度かあるけど、絶対死ぬことないから」
「そういう問題じゃありません」
「魔王倒したら、姫と結婚させてあげるから」
「私は姫を自分の妻にしたいと思ってませんから」
「もう魔王も準備始めて待ってるから~」
お願いお願いと王は何度も懇願するが、ディファイドは決して是と言わない。
「勇者がいないと物語は始まらないんだよ~」
「私には関係ありませんから。失礼します」
退室しようとするディファイドの足に王は縋り付く。もうなりふり構っていられない。
「お願いだから行って~」
「嫌です」
この押し問答があと小一時間続き、ついにディファイドは折れた。
王の粘り勝ちである。
様子を見ていた周囲の者も一安心。
自分たちの役目が終わったのだから。
こうして不本意ながらディファイドは勇者として旅立つ。
手には伝説の剣と『勇者としての役割~勇者のテンプレート~』と書かれた小冊子が握られていた。
突発的に書いた作品です。
久しぶりに書いたのでかなりぐだぐだ(いつもぐだぐだ)ですが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。