第7話
―――― 文化祭も終わり、あとは「ちょっ! 文化祭終わってんじゃん! タイトル決めたの政姉ぇでしょ!?」……。
「うるさいねぇ、乙女心は虚ろい易いものなのよ。 いちいち突っ込まないの! 話が進まないでしょ」
……………………。
――――文化祭も終わり、あとは全校生徒による後夜祭だけとなった。
「――本当にやるの? 葉山先輩……」
体育館の舞台袖では足をカタカタと震わせ、眉をハの字にさせている少女がいる。
その少女を安心させるように柔らかな笑みで肩に手を置く人物。
「政子なら『えぇ!? 主役ぅ!? 本名!?』大じょ……」
ぎろり。
……………………。
「政子なら大丈夫。 練習通りにやれば皆の度肝抜くステージに絶対なるよ」
――――ここは私立彫腰学院。
未来の芸能人を育成することを理念とし、毎年日本中から見目麗しい男女がその門を叩く。
あたしは入学当初から居心地の悪さを感じていた。
いきなりだけど、あたしはおバカだ。
ここの普通科はかなり偏差値が低くて、あたしでも何とか引っ掛かることが出来たんだけど……まさかこんな事になるくらいなら不合格だった方が良かったよ……。
体育館の壇上では某イケメン集団事務所ばりの男の子達がクオリティの高いパフォーマンスを繰り広げている。
「やっぱり止めよう? あたしじゃ場違いだよ。 皆みたいに全然可愛くないし、そもそもあたし芸能科じゃないし、うん、止めよう!」
肩に置かれた手に力が入ってくる……痛っ、いだだだぁ!
「その才能を放置するなんて、僕が許すと思う?」
眉間に皺を寄せながら器用に笑顔を作る薫先輩。
――――葉山薫(はやまかおる)。
プロデュース科の3年男子。
芸能科も真っ青な程、超絶美形の敏腕プロデューサー。 彼は学生という身分でありながらテレビ局から既に引っ張りだこな天才だ。
彼との出会いは、赤点を取ったあたしが追試を受け、しょんぼりと家路についていた時。 沈んだ気持ちを少しでも上げるため、鼻唄を唄いながら学校近くの川沿いを歩いていた時に急に肩を掴まれた。
「き、君、うちの生徒!?」
目の前にはあたしと同じ学校の制服を着た超絶美形男子が慌てた顔であたしを見ている。
見たこともない美形が急に現れたことで、あぅあぅとしか言えないあたしに変な事を言い出した。
「君をプロデュースさせて欲しいっ」
有無を言わせず彼はあたしの腕を掴み、拉致られる。
気付けば戻りたくもない学校に戻っていた。 視聴覚室――と言う名前の最新設備を備えたレコーディングスタジオ。 なんて学校だ。
「君、何唄える? J-POPなら何でも揃っているから、何か唄ってくれるかな」
「あの、状況が掴めないんですけど……」
「あ、ごめん!僕は葉山薫と言って、ここのプロデュース科の3年。下校中に君の声をたまたま聞いて稲妻が走ったんだ!君の声には不思議な魅力がある!だから居ても立ってもいられず君を強引に連れてきた!」
息継ぎをせず一気に喋る超絶美形。 全然呼吸乱れてないし。 すごいなー。
いやいや、違う違う。
なんであたし? 不思議な魅力って……確かにあたしが唄うと、なぜか鳥だの猫だの犬だのが勝手にぞろぞろと集まってくるけど。 将来は調教師にでもなるか、なんてぼんやり考えてたくらい。
いやいや、そうじゃなくて。
「強引なのは謝る。 でもとにかく君の唄を聴かせて欲しいんだ」
美形の頼みを断れる訳もなく、仕方ないとため息をつく。
「……じゃあ、そこまで言うなら少しだけ。 曲はお任せします」
嬉しそうに曲の準備を始める葉山先輩。
流れてきたのは最近流行りの女性アイドルグループのデビュー曲だ。
何となく知っていたけど自信がないので、渡された歌詞カードを見ながらゆっくりと唄い始める。
――――――♪
――――――♪
――――――♪
「――やっぱり僕の耳に狂いはなかった……」
それからと言うものの、葉山先輩は毎日あたしにつきっきりでボイストレーニングを行う。
な、なんであたしがこんな事をしなければならないんだ……。
そしてある日。
「後夜祭、エントリーしといたから」
…………。
ギギギと首を葉山先輩の方に向けて一言。
「アタシ普通科、演ル側チガウ」
「ロボはロボらしく僕の言うことを聞いていればいいの」
こ、この人、口調は柔らかだけど真性のSだ!!
ぎゃーぎゃーやいのやいのしているうちに後夜祭当日になってしまった。
そして冒頭となる。
壇上ではお笑い芸人よろしくな男女の2人組みが観客を煽っている。
「ありがとうございましたー! いやー、某イケメン集団事務所のやつらよりずっと素晴らしいパフォーマンスでしたねー!」
「コラコラ、イケメン集団事務所から叩かれるような発言しないっ」
わはははと盛り上る観客。
「さて、お次は……あの、あの葉山薫がテレビ局の仕事を断ってまでプロデュースした謎の普通科美少女ですっ」
ざわざわと騒ぎが起こる中、観客席から一際甲高い声があがる。
「普通科の分際で薫さまのプロデュースを受けるなどと、わたくしは許しませんわ!」
……あぁ、ボイトレ始めたあたりからやけにあたしを目の敵にした芸能科2年の神堂マリ『何コレ!? マリアはそんなこと言わないっ! 勝手に僕の設定使うなっ!』アだ……。
『名前決めるのめんどい』
『じゃあこんなキャラ作んなっ』
『じゃあ、こんなんでいいや』
……あぁ、ボイトレ始めたあたりからやけにあたしを目の敵にした芸能科2年の進藤マリだ。
『なら良し』
『……あんたの尺度が分からん』
ざわざわとざわめきが収まらず、おたおた慌てる司会者を見ると、葉山先輩はスッと舞台袖から出ていく。
「キャー! 葉山せんぱーい!」
そこかしこから黄色い歓声が上がる。
葉山先輩は司会者からマイクを受け取ると
自然に周囲が静かになる。
「……進藤マリ君、だったかな?」
「はいっ! 薫さま! こちらに!」
恍惚な表情で葉山先輩を見つめる進藤マリ。
「君の唄、聴いたことがある。 なかなか悪くはない。 けど、これから出てくる彼女の唄を聴いたら君に足りないものがみえてくるはずだ。 大人しく聴いてはもらえないかな?」
しん――と静まり返る体育館。
「薫さまがそこまで仰るなら……わたくし、心から真剣に聴かせて頂きますわ」
葉山先輩はにこりと笑うと「さあ、奇跡の始まりだ」と舞台袖のあたしの方へ手をあげる。
――――む、む、む、無理ぃぃぃぃ!
何してくれてんねん!? めっちゃハードル上げとるやないかっ!
あたしの唄なんか精々動物向けで、とても人様に聴いて頂けるようなもんじゃないのにぃぃぃぃぃ!
――――♪
無慈悲にイントロが流れてくる。 この日の為に葉山先輩か書き下ろしてくれた曲だ。
えぇい、女は度胸!
やっ「まさこー、ちょっと台所手伝ってくれるー?」てやるー!!
「……………クライマックスなのに」
「ほらバ……、母さん呼んでるよ。 行ってきなって」
「はぁ、仕方ない。 この続きは後でね」
バタン。
……にやり。
えぇい、女は度胸!
やってやるー!!!
――――♪
――ズンドコドコズンドコドコ!!
スローテンポなバラード調から一転、どこかの民族音楽のような音に変わる。
――ズンドコドコズンドコドコ!!
「ひーはーっ! ふぉーふぉーっ!」
――ズンドコドコズンドコドコ!!
「だーっしゃ! あんだーっしゃ!!」
――ズンドコドコズンドコドコ!!
「……なんですのコレ? 薫さまがコレを? 斬新と言えば斬新ですが……」
場内は唖然とした空気に包まれる。
実は彼、葉山薫はあまりの多忙な毎日のせいで精神を病んでいた。
その事を知らず、敏腕天才プロデューサーという実績と超絶美形の顔を信じた政子は「斬新……? でも天才が考えるものだし……」と無理やり納得したのだ。
舞台上で奇声を発する政子。
満足そうに舞台袖で腕を組む薫。
観客席で棒立ちのマリ。
――――――混沌(カオス)だ。
ごしゃっ。
「いい度胸してんね、和男」
ごきゃ。
「あたしの、「メキッ」居ない、「ボキッ」間に、「クチャッ」何してくれてんねん!!」
ちゃんちゃん。
姉も高一だけど厨二。
でも異世界嫌い。