第13話
フラグ回収話です。
忌まわしき名。
呪われた名。
その呪いを受けた者は他者に直接名を呼ばれる事で、自らだけでなくその周囲に壊滅的な呪いを振り撒く。
――――カタストロフの大侵攻。
2年前、魔族帝国カタストロフは王都グランデロンに対し、大規模侵攻を掛けてきた。
結論から言えば、グランデロンの騎士団と高ランク冒険者の活躍により、その迎撃に成功。
中でも取り分け厄介で、こちらの陣営に大きな被害をもたらした『最凶の呪術師』ルーファウス=オキーナを激戦の末、聖マリアンヌ騎士団副団長である私自らがその首を討ち取った。
しかしその時、ヤツは呪いの言葉をもたらした。
「くっくっく、わしを討つとは敵ながらあっぱれと言うべきかのぉ……しかし、わしはただでは死なんよ。 貴様にとっておきの贈り物をしようぞ。 この呪いは貴様が誰かに直接名を呼ばれた時に発動する。 効果は発動してからのお楽しみじゃ。 くっくっく……ごふっ……」
――――――――。
私はこの時、自ら命を断つつもりでいた。
しかし、団長や仲間達に説得され、しばらく身を隠すことにした。
その間に団長が私の存命の為に国王様へ直談判したと聞いた時には焦ったが。
その結果、国王様は危険な因子をもつ私を寛大な処置で見逃してくれた。
あの日、聖マリアンヌ騎士団副団長の私は死んだ。
死んだことにしたのだ。
シナリオはこうだ。
聖マリアンヌ騎士団副団長は帝国に内通していた裏切り者だった。
いち早く気づいた聖モヒカンヌ騎士団が聖マリアンヌ騎士団副団長を粛清。
王国としては稀代の裏切り者に対し、一切の存在を抹消し、国民には彼の者の名を呼ぶことすら許さないといった法を作った。
破ったものには死刑に処すと大々的に御触れを出し、私の呪いが発動することを抑えることとした。
そして私は名を変え、顔も変えた。
今の私の名はデューク。
竜人族で、ただのしがない冒険者だ……。
――――いかん、いかん。
あまりに暇なもので余計なことを考えてしまったようだ。
今は任務中だ。
依頼人の事だけを考えなければ。
私は今、護衛任務をギルドから受注し、亜人都市シャイニングから王都グランデロンへ向かう商人を馬車に乗せ、御者席で馬の手綱を握っている。
あと数時間でグランデロンに着くといったところまで来たが、魔獣のまの字も出てきやしない拍子抜けな行程だった。
依頼人も安心しきって、荷台でぐぉーぐぉーといびきをかいて寝ている。
こんなんで依頼料を貰って良いのだろうかと考えていたが、馬車の操作までやってるのだからいいかと思い直す。
もうすぐグランデロンか。
騎士団を辞め、ふらふらと世界を2年ほど放浪していたが、団での生活を昨日のことのように思い出せる。
団長は元気だろうか……。
――――聖マリアンヌ騎士団。
王都グランデロンに数ある騎士団の中でも特殊な分類に位置する。
人族の都でありながら、人族以外の種族のみを集めた少数精鋭の武闘派集団で、その総数は250人程。
しかし他の騎士団とは比べ物にならないくらいの功績を挙げ、反亜人派の貴族達の反発を押し退け、今や騎士団の中でも上位を意味する『聖』の字を冠する騎士団となった。
グランデロンにある騎士団の殆どは人族の屈強な男だけで構成され、はっきり言ってむさ苦しい集団だ。
しかし聖マリアンヌ騎士団は団長が女性であり、男女比が5:5という驚異的な比率で構成されている。
その理由として人族と違い、亜人は性別による身体能力の差が殆ど無いということが挙げられる。
また、マリアンヌ騎士団創設当初から団長は女性であり、団員の選定は団長が行うことから、女性の登用が平等に行われているのだ。
そして現在の聖マリアンヌ騎士団団長の名は――――。
ローラ=ブライト。
そう。
彼女はマリアンヌ騎士団の創設者であり、
『伝説の冒険者』ヒエン=イカルガ、
『深淵の魔術師』ジーサン=ルールルー
と並び賞される、
『慈愛の精霊騎士』サラ=ブライトの娘なのだ。
しばらくするとグランデロンの正門が見えてきた。
結局護衛らしいことは何もせず、依頼達成になってしまうなと苦笑しつつ、荷台で寝ている依頼人を起こす。
「マーカス殿、グランデロンに着きましたよ」
むにゃむにゃと寝ぼけまなこでボンヤリとこちらを見る依頼人。
「おぉ……結局魔獣には襲われずじまいでしたか。 これも普段の行いの賜物ですかねぇ」
「普段のマーカス殿がどんなかは分かりませんが、そうかもしれませんね」
お互い顔を見合せ笑う。
「しかし、デュークさんは冒険者にしては珍しく礼儀正しい方ですなぁ。 まるで王国騎士のようですよ」
内心ぎくりとするが、平静を保つ。
「そ、そうで…そうか? わ、俺はギルドでも荒くれ者で有名なんだぜ……?」
いかん、保ててないっ。
「はっはっは、無理に荒々しくなる必要などないですよ、デュークどのっ」
からからと笑う依頼人に苦笑を返す以外に何も出来なかった。
依頼人から依頼完了の証文を受け取り、正門の前で別れる。
ギルドに依頼完了の報告でもしに行くかと歩き始めると、正門の前でちょこんと座っている少女が見える。
まさか……。
少女は私の存在に気付くと可憐な百合の華を思わせる笑顔で私に駆け寄って来た。
「デュラ……デューク!!」
真正面から私の首元に抱き付き、にゃははと笑いながら子供のようにぶらぶらとぶら下がる少女。
エルフの特徴である尖った耳をぴこぴこと動かし、どう見ても10代前半の美少女は私の胸に顔を押し付けている。
「会いたかったよぉ、デュラ……デュークぅ」
「だ、団長……」
そう。
この美少女が聖マリアンヌ騎士団団長のローラ=ブライト。
私が名を変え、顔を変えた事を知る数少ない人間のひとりだ。
「私がグランデロンに訪れる事を知っていたのですか?」
「デュラ……デュークの事なら何でも分かっちゃうのさ!」
えへへと笑う団長。
傍目から見ると父親に抱き付く娘のように
見えているのだろうか。
こう見えて団長はエルフと人族の血を持つハーフエルフでその齢は150歳。ちなみに私は89歳で、団長よりも年下なのだが……。
「団長、さっきから危ないですよ……何なら『お前』でも『貴様』でもいいので私の呼び方をお気を付け下さい」
「うー、気を付けてるつもりなんだけど、ついつい出ちゃうんだよー」
「『つい』で呪いを振り撒いては、御温情を賜った国王様に申し訳が立ちませんよ?」
「うぅ、気を付けます……」
地面に『の』の字を書いていじける振りをする団長。
懐かしいな、団長は相変わらずのようだ。
「そんな事より! でゅ、デュークはグランデロン久しぶりでしょう? ボクが案内をしてあげるよっ! グランデロンもこの2年で随分と様変わりしたんだからー」
確かに2年振りに来たグランデロンは大きく様変わりしたようだった。
以前は亜人が数える程しか居なかった街道だったが、今ではたくさんの亜人で街道は溢れている。
種族差別の激しかったグランデロンとは思えない光景である。
「ふっふー、驚いた? カタストロフの大侵攻の時、亜人の冒険者達がかなり活躍してくれたじゃない? あの後も街の復興のためにかなりの亜人が手を貸してくれてさ、街の皆も好意的になってくれたって訳っ」
街では鍛冶屋と見られるドワーフや商人風のホビット達が元気に商売している姿が見え、人族達もそれらを気にする事なく普通に客となり、笑顔も見ることが出来る。
「素晴らしい光景ですね……」
「ふふっ、まだまだ頭の固い貴族は居るけど、我らが聖マリアンヌ騎士団も王宮内でようやく市民権を得られたって感じだし!」
「そうですか……良かった。 あの呪いとシナリオのせいで聖マリアンヌ騎士団には不名誉を与えてしまうことになり、大変申し訳なく思っていたのですが……」
稀代の裏切り者。
あの大侵攻以来、聖マリアンヌ騎士団は裏切り者が居た組織ということで、かなりの風当たりがあったはずだ。
私は天涯孤独の身であり、家族や親戚などは居なかった為、身内が辛い想いをするといった事はなかったが、聖マリアンヌ騎士団の事だけが気掛かりだった。
「何言ってるのさ! でゅ、デュークはルーファウスを討ったんだよ? 誉められこそすれ、謝らなければならない事なんてひとつも無いんだから!」
「しかし……」
「大丈夫! 国王様が我々をしっかり守ってくれたし、国の重鎮の殆どは真実を知っているんだもん。 何の心配もいらないよ?」
うつむく私をふわりとやさしい笑顔で抱き締める団長。
「だから……『おかえり』デュークっ」
胸に熱いものが込み上げる。
「……ありがとうございます、団長。 しかし私がここに長く滞在することは、グランデロンにとって危機以外の何物でもありません。 ギルドの用事を済ませたら、すぐにここから去ります」
「でゅ、デューク……」
「団長に会えて嬉しかったです……。 またいつか酒でも酌み交わしましょう」
赤く染まった頬を見られるのが恥ずかしいのでマントを翻し、ギルドの方向へ早足で歩く。
後ろからは「うん! 絶対だからねー! でゅ、デュークのツンデレー!」なんて声が聞こえてくる。
苦笑しつつ、いつか果たされる約束を楽しみに、私は今日も気楽な冒険者家業を続ける。
さて、ギルドに報告したら次はどこに行くかな。
「おぉ!? ラインハルトさんじゃねーか! いつ王都に来たんだい?」
呪い発動。
うそーん!?
誰この人ぉぉぉぉぉぉ!?
本名、デュラン=ラインハルトはこの日、半径25キロに呪いを振り撒いた。
魔族の秘術『エヌ・ピー・シー』の補足
①対象者を不老不死にし、自我を破壊する
②決まったセリフしか話せなくなる
③一定の範囲しか移動出来なくなる
④話し掛けられた、もしくは話し掛けた者の名前が分かる(New)
オッサンはルーファウス翁の罠でしたw
ちなみに呪いの効果は――
『いろいろヘンテコにする』でした。
後付けとか言っちゃ嫌。