第12話
――――彼……飛燕の事を尾行して数日、いろいろと分かったことがある。
まず、彼の名前は田中和男。
ま、世を忍ぶ仮の名前だろうけどな。
これは郵便物を漁った成果だ。
良い子は真似すんなよ!
最寄りのバス停よりバスで15分程の公立中学に通う普通の中学2年生。
家族構成は公務員の父、専業主婦の母、漫画描いてそうな高校1年生の姉、そして彼の4人家族。
皆、一様にブs……個性的な顔立ちだ。
そのせいか、飛燕はビジュアルを裏切らない形でしっかりとイジメを受けている。
バス停までの道のりで頭をはたかれる事、3回。
大柄な男子に飛び蹴りをくらう事、1回。
「キモい」系の言葉を女子から言われる事、4回。
……不憫で仕方ない。
飛燕は何かを独りごちていたので、そっと近づき聞き耳を立てる。 勿論変装はしているのでバレることはない。
「報われないものだな……」
やだ、なんか格好いい……。
なぜかドヤ顔しているけど。
あ、また蹴られた。
――――飛燕と出会って今日で3週間。
いまだに女神が言っていた『彼を守る』というシチュエーションにはなっていない。
いじめは……ねぇ?
今回の件とは関係ないし、なんやかんやで精神が図太そうだから問題ないでしょ。
たぶん。
あと1週間守りきること(今のところ何もしてないけど)が出来れば、飛燕は力を取り戻し、本当の彼になるのだろうか……。
現在のビジュアルが残念な分、過剰に期待してしまっている感が否めない。
光に包まれて変身美少女戦士みたいな感じで本来の姿に戻るイメージを勝手に持っている。
何だか恋する乙女のような俺。
はっ、いかんいかん。
ぼんやりと眺めていると、飛燕は最寄りのバス停に着き、誰かに手を降って合図を送っていた。
友達居たのか。
いつも1人でいるから友達がいないのかと思ってた。
少し安心。
見た目は……まぁ同類だなとすぐ分かる感じのオタクくん。
制服が違うから別の学校の生徒だな。
よし、メガネをかけてるからメガネくんと呼ぶことにしよう。
飛燕と合流したメガネくんはポータブルゲーム機に目線を落としつつ、実況中継さながらにベラベラと喋りまくる。
「魔女の森のダークネスボア、マジ経験値うまうま~!!」
だの、
「この短時間でRH-クラスまで登り詰めたぜ! 残念賞まであとひとーっつ!!」
だの。
うん。
なんだろう。
凄くイライラする。
声が無駄にでかいし。
『お前、既に残念だぞ』と言ってやりたい。
一緒にバスを待つ金髪に近い茶髪の女子高生はあからさまに不快オーラを出している。
あなたもこういう人種、嫌いなんですね。
わかります。
飛燕もメガネくんの声量が気になるのか、他人の振りをしている。
今更だろー。
「飛燕っ! 聞いているのかっ! そんな事だからヌシはいまだに獄天までしか封印解除出来ないのだっ」
――――なっ!?
こいつ……こんなナリして、飛燕の事を知っているのか!?
しかも俺なんかより事情通って感じだ。
口振りからしてみると、飛燕よりも実力が上のようにも思える……。
「……止めてよ、他の人に迷惑だってば……それにその事は僕らだけの秘密ってあれほど……」
眉毛をハの字にしてぼそぼそとうつむく飛燕。
「わらわの主となったヌシのそんな顔は見とうないぞっ!」
…………わらわ?
え、なにコイツ女なの?
何こいつ。
飛燕の召喚獣的なヤツなの?
制服のズボンをこれでもかとハイウエストで穿いてるせいで、引っ張られ過ぎてケツがピチピチになってる残念なやつだぞ?
「……キモいんだけど」
いきなり茶髪女子高生の先制攻撃。
急にマネキンの様に固まるオタク2人。
どうやら女子高生の攻撃には麻痺の効果があるようだ。
こうかはばつぐんだ。
「特にメガネ、聞きたくもない妄想話をさも堂々とよく口に出来るよね。 まじキモいんだけど。 そういうのは秋葉原にでも行った時だけにしろっつーの。 豚が」
不快であることを全面に出し、まさに下賤な豚を見ているかのような茶髪女子高生。
わかります。
最後のはちょっと言い過ぎでしょ、とも思うけどわかります。
わなわなと震え、麻痺の効果から逃れたメガネくんの反撃。
「何なんですか、あなたは……」
ミス、ダメージを与えられない。
「急に口調変わってるし。 ウケる~、でもキモ~い」
メガネは82のダメージをくらった。
飛燕は身を守っている。
「だいたいさぁアンタら毎朝っ毎朝っゲーム、ゲームでたまに喋る内容は異次元トーク、いやスピークか。 そっちのニキビは喋らせて貰えない感じだもんね。 オタクの世界ですら底辺て救いようが無いね、アンタ」
つうこんの一撃。【ガードクラッシュ効果発動】
飛燕は213のダメージをくらった。
飛燕は混乱している。
「そんなに毎朝わら……ぼくらの事を見てたんですか? 悪いけどぼくらはあなたの事なんて視界にすら入っていませんが(笑)」
メガネの攻撃。
女子高生に45のダメージを与えた。
「はぁ!? そのビジュアルで上から目線!? しかもアンタ今『わらわ』って言いそうなのを言い直したよね!? 自分でも恥ずかしい事言ってる認識あるんじゃねーか!」
ミス、メガネはひらりとかわした。
「『じゃねーか』ですって(笑)……今どきの女は言葉遣いが汚いですな~田中氏ぃ」
飛燕は突然座り込み、仲間と思われないように目を泳がせている。
そして飛燕は悲しそうに去って「たぁなぁかぁしぃぃぃ」
しかし、まわりこまれてしまった!
「田中氏、いや飛燕!コイツはどうやら組織の人間じゃぞ! ヌシの力が封印状態である事をどこぞで知って、差し向けられたアサシンじゃろうて!」
――――な、なんだと!?
若干、メガネがドヤ顔なのが気になるが、まさに今、俺が飛燕を守らなければならないシチュエーションじゃないか!
よし!
飛燕から貰った力を今、役立てる時が来た!
バス停の列の一番後ろ(といっても俺を含めて4人しか居ないけど)に居た俺は颯爽と現れ……ん?
飛燕が何かをつぶやいている。
な、なんだ!?
呪文詠唱か!?
あの身体でも力を行使出来るのか!?
「こ、こんな積極的な人、初めてだ。
で、でも初めての彼女が年上って……
いや待てよ、リードしてもらえるから
逆に有りっちゃ有りなのか?
僕みたいなタイプはぐいぐい引っ張って
くれるお姉さまタイプがお似合いか?
僕好みではないけど、マリアみたいな
人が3次元に居る訳ないし、妥協も
必要かもしれないな……。
しかし、よくよく見るとこのお姉さん
口は悪いけど結構可愛いじゃない。
む、胸も割と大きい。
前に見たEカップ程じゃないにせよ
Dはありそう。
僕も大人の階段昇ることになるのか?
初めての時って男も痛いのかな……
このお姉さん優しくしてくれるかな……
逆に『実はあたしも初めてなの……』
なんて言われたらどうしよう?
いや、それはそれでギャップ萌えだ。
不甲斐ない感じにだけはなりたくないな。
……その手の本を買って勉強しなきゃ」
変わった呪文だな。
俺に聞こえるくらいだ。
女子高生とメガネくんにも聞こえてるはず。
あれ、居ないぞ?
あ、2人ともバスに乗ってるし。
あーぁ、行っちゃったよ。
「でも、マニュアル通りのエッチなんかで
お姉さんが満足してくれるか分からない
じゃないか。
でも僕に出来る事と言えばそれくらい
しか無いし……。
くそっ、僕の人生で最大のピンチだ。
誰か助けてくれ!
僕はどうしたらいいんだ!?」
「オナニーでもして寝なさい」
こうして俺は飛燕のピンチを救い、彼を守りきったのだった。
新聞配達員の力。
『冷静』