文章を書くのは「詰将棋」に似ている。
比喩である。
筆者は将棋をしない。
だが、雰囲気くらいは知っている。
だから、今回は喩える。
エッセイを書く時、大抵の場合、先に「結論」があり、そこに向かって走り出す。何手詰めとなるかは分からないが、「投了」へと思考を巡らす。―― 「何手詰めになるかは分からない」と言っている時点で、論理破綻だが、このままいく。
文章を書く上で、重要なのは「ゴール」である。
エッセイでいえば、漠然とした「訴えたいこと」がそこに置かれ、それに肉付けをしていく作業が、手順となる。
こちらの手に対し、読者がどのような反応をするのかをある程度、予測しながらの指し回し。将棋などのボードゲームとも、よく似ている。「あたりをつけたゴール地点」への合理的なルート設定が、勝利の鍵となる。
さて、物語である。
筆者は、これまで「オチを決めずに」物語を書いてきた。
これは筆者自身も、物語の世界を泳ぐための、いわば遊びである。しかし、ゴール(=オチ)のぼやけた作品は、なかなか読者にも刺さらない。「強力なオチ」ありきで書き始めるのが、本来の正解であるが、クラシックよりもジャズを愉しむことを、自身の創作では優先してきた。
―― だが、プロは違う。
完璧な設計を組むためには、必ず「完成のラフスケッチ」を先に用意する必要がある。しかも、それを詰将棋のような手数ではなく、対局、何なら七番勝負のような長丁場を想定し、初めから設計する。
……果てしない手順である。
とりあえず、誰か、筆者の学習用のドリルでも作ってくれ(何だ、このオチ)。




