【70話】ポロっと
それから、何ヶ月かバイトの日々が続く
辞める奴、続く奴、いろんな奴がいる。
そんなある日。
ほんまに、
急に。
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ポロっと。
何かが、
剥がれた感じがした。
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足を止める。
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周りを見る。
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誰も、
何も感じてない。
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店内は、
いつも通り。
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忙しくもない。
暇でもない。
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ただ——
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誰にも、
冷たい目で見られてない。
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もちろん人気者じゃないし。
仕事がめっちゃ出来る様にもなってない。
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ミスも、まだする。
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でも。
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一人ひとり、
同僚の顔を見る。
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昨日の話。
意味のない雑談。
よく分からん笑い。
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「あれどうなったん?」
「いや知らん笑」
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そんな会話。
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ただそれだけで。
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胸の奥が、
ふっと軽くなる。
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(……あ)
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(これか)
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心の中で、
一瞬だけ思う。
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(カツヤ様)
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休憩時間。
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俺は、
急いでトイレに向かった。
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個室。
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鍵。
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足元を見る。
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……ない。
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もう一回見る。
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……おらん。
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(……え)
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あの。
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【使えない】
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どこにも、
おらん。
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剥がれた。
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いつの間にか。
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理由も、
タイミングも分からん。
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ただ。
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「おらん」
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それだけ。
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俺は、
手を洗って。
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鏡を見る。
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いつもの顔。
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でも。
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ちょっとだけ、
立ってる気がした。
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トイレを出る。
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仕事に戻る。
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今日も、普通の日や。
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その日の夜
河原。
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「……なぁ」
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俺は、
足元を指差した。
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「おらんくなった」
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カツヤ、
一瞬だけ見てから。
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ニヤ。
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「やろな」
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「ほな」
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「次、何するか」
「分かっとるな?」
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「……魔王」
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カツヤ、
首を横に振る。
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「いや」
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「それはもちろんやけどな」
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「先に」
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「バイト先」
「ケジメつけてこい」
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「……え?」
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「そっちの方が大事や」
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「次」
「いつ行けるか分からんねんから」
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「逃げるみたいに」
「消えるな」
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「胸張って」
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「ちゃんと」
「辞めてこんかい」
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(……こいつ)
(もしかして)
(めっちゃええ奴なんか?)
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次のバイトの日。
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忙しい時間が、
少し落ち着いた頃。
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「……店長」
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「すみません」
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「ちょっと」
「いいですか?」
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店長。
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「はい?」
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「どうしましたか?」
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俺は、
一度だけ息を吸って。
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「すみません」
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「バイト」
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「辞めます」
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…
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「……はぁ?」
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「ちょっと待って」
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「もうシフト組んどるやろ!」
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「なんでこのタイミングなん!」
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「意味分からんわ!」
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「理由!」
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「理由なんやねん!!」
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正直。
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何を言われたか、
半分も覚えてない。
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ただ。
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ちゃんと立って、
聞いた。
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「……すみませんでした」
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「今まで」
「ありがとうございました」
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店長は、
最後まで険しい顔やった。
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それでいい。
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俺は、
制服を返して。
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静かに、
店を出た。
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夜風。
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少し、
冷たい。
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店の前。
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いた。
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カツヤ。
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ニコニコ。
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手を振ってる。
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「おー」
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「ちゃんと」
「怒られてきたか?」
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「……めっちゃ」
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「よし」
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「それでええ」
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カツヤ、
くるっと背中を向ける。
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「じゃ」
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「いこか」
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「……どこ?」
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振り返りもせず。
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「決まっとるやろ」
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「魔王や」
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俺は、
一度だけ店を振り返って。
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もう一度、
前を向いた。
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滲み編、【完】




