【56話】普通の話
病院を出た朝。
とても、気持ちがよかった。
今日から、
あの労働地獄をしなくていい。
それだけで、世界が少し明るく見えた。
⸻
ただ。
全然、強くなれなかった。
ショーヘイに何かを教わったわけでもない。
キョウコには、
ただ針を投げられ続けただけ。
モンスターとプレイヤーの闇——
何かを見た気はする。
……でも、
もうほとんど覚えていない。
⸻
「……やっぱ、無理なんかな」
助けたい、とは思ってる。
でも、
どうやって?
ほとんど運動もしてないのに、
急にオリンピックを目指します、みたいな話だ。
無茶にもほどがある。
⸻
「……まぁ」
「とりあえず、ログアウトやな」
深く考えるのをやめる。
「ログアウト」
⸻
気づいたら、
現実世界だった。
何日経ったのかは、分からない。
一瞬だった気もするし、
妙に長かった気もする。
両親には、
怖くて聞けなかった。
⸻
「……こんな時は」
「風呂やな」
いや、
もっといい場所がある。
「温泉、行こ」
⸻
ガラガラ。
いつもの温泉。
たまに来る。
人が少なくて、
ほぼ貸切みたいなところ。
やっぱり、
温泉は最高だ。
ぽちゃん。
⸻
「はぁ〜……」
湯に浸かる。
頭の中が、
ぐちゃぐちゃに回り始める。
(助けたい、とは思ってる)
(でも無理?)
(RINA、YUTA……)
(そもそも、助けられるんか?)
(ポイント貯めるとか、
そういう次元ちゃうやろ……)
考えが、
同じところをぐるぐる回る。
⸻
パァン。
自分のほっぺたを叩いた。
……。
横を見ると、
知らない人が、めっちゃ見ていた。
そらそうか。
⸻
「ちょっと、お兄さん?」
声がする。
「なかなか悩んでる顔してるじゃない」
振り向く。
そこにいたのは——
とんでもなくデカい?人だった。
湯船から出てる部分が多い、
明らかににデカイ。
そして
……多分、オカマだ。
顔が物語ってる。
デカイタイプのオカマだ。
⸻
「私でよかったら、話聞くわよ?」
「……いや、大丈夫です」
一瞬そう言ったけど。
「……あ、やっぱ聞いてもらっていいですか」
⸻
「いーわよぉ」
そう言って、
オカマはザバァっと湯船から出た。
(思ってたよりデカかった、
2mはありそうな体、異様な筋肉量)
「相談事はね、
やっぱサウナよ」
⸻
サウナ。
二人きり。
熱い。
⸻
「で?」
「何があったの?」
⸻
正直に言うわけにはいかない。
だから、
かなり濁して話した。
目標が、
果てしなく遠いこと。
自分が今、
何をしたらいいのか分からないこと。
強くなろうとしているけど、
全然うまくいかないこと。
⸻
オカマは、
黙って聞いていた。
汗をかきながら、
前を向いたまま。
⸻
少しして、
ぽつりと喋り出す。
⸻
「私の目標はね」
「誰よりも可愛い女になることよ」
⸻
「はたから見たら、
とても無理に見えるでしょうね」
「応援なんて、
誰もしてくれない時もあるわ」
⸻
「でもね」
「私は今、
最高に楽しいのよ」
⸻
「無理かも、って悩むのも」
「誰にも分かってもらえないのも」
「全部ひっくるめて、
楽しいの」
⸻
「だからね」
「楽しみなさい」
「その悩みさえも」
⸻
「私は、
そうやって生きてるわ」
⸻
……。
意味は、
正直よく分からなかった。
⸻
「……え?」
そう言いかけた時。
オカマは、
もう立ち上がっていた。
「さて」
「私は出るわ」
⸻
サウナの扉が閉まる。
⸻
一人になる。
⸻
熱さと、
湯気と、
意味の分からない言葉だけが残る。
⸻
「……なんやねん」
思わず、
笑ってしまった。
⸻
答えは、
何も出ていない。
でも——
なぜか、
さっきより前向きにはなれた。
⸻
外に出る。
空は、
いつも通りだった。
⸻
何も解決していない。
それでも。
——今日は、
ちょっとだけ、
悪くない日だった。




