【54話】辞める人、辞めない人
彼は、辞めたいと言った。
感情的ではなかった。
声も荒れていない。
ただ、
事実を報告するような言い方だった。
「……もう、無理です」
想定内。
私の労働に耐えられる人間は、少ない。
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「別に、無理しなくていいわ」
私は淡々と返した。
「ここにいても、
ポイントがもらえるわけでもない」
「治し人に憧れて
残っている人は多いけれど」
「治るか、壊れるか分からない
モンスターやプレイヤーを
“直そうとしているだけ”」
「あなたに、得はない」
修行といっても、
私は先生ではない。
ただ、針を投げる。
あなたは避ける。
無理なら、壊れる。
辞めても、
何も問題はない。
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彼は、少し考えてから言った。
「……今日の分だけ、
やっていってもいいですか」
私は肩をすくめた。
「好きにしなさい」
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夜。
最後の修行。
私は、いつも通り針を投げた。
急所を狙う。
彼は避ける。
間に合わない。
刺さる。
膝をつく。
いつも通り。
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正直に言えば、
私は少し期待していた。
ワンを倒したと聞いていた。
ショーヘイも評価している。
「何かあるのかもしれない」
ほんの一瞬だが、
そう考えた。
だが——
何もなかった。
針は見えていない。
反応は遅い。
判断も普通。
めちゃくちゃ、普通だった。
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それでも、
一つだけ違和感があった。
ほんのひとつだけ、
彼は、
毎日同じ時間に来た。
どれだけ疲れていても。
眠そうな顔で。
「おはようございます」
理由は分からない。
この病院で、
この修行を受けて。
寝坊しないのは、珍しい。
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だが、
それだけだ。
評価するほどではない。
ただ、
無視するには少し気になる。
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最後の針を投げる。
彼は、
ほんの一瞬だけ体をずらした。
避けた、とは言えない。
ただ、
少しズレただけ。
そして、普通に次の針に当たる
。
膝が落ちる
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翌朝。
彼は来なかった。
それだけ。
誰も騒がない。
誰も困らない。
彼は、
普通に辞めていった。
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修行とは、
教えることではない。
残るか、
消えるか。
彼は、消えた。
ただ、それだけ。
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私はいつも通り、
病院の業務をする。
〜つづく〜




